ギルメン、人事部の無能ぶりを垣間見る
「今回、転勤対象者はなしだ。引き続きよろしく頼む」
討伐部に足を運んだ支部長がそう宣言して立ち去っていく。隊員からはため息が漏れた。皆、今の職場待遇に不満を持っており、各々が転勤を希望していることをお互いに知っているのだ。
我が社「黒の混沌」には、転勤を願い出る制度があり、半年に一度希望を書いた書類を提出する機会が与えられている。慣れた場所と仕事から離れたくないとの理由で、同じ職場に居座る者の方がどちらかといえば多いが、地方支部の場合は中央に戻るために希望を出し続けるメンバーも珍しくはない。イナッカ支部も例外ではなかった。
俺も毎回転勤の希望をしているのは同じだが、それとは少し事情が違っていた。俺が転勤の希望をする理由は、魔導開発部門に移って錬金術の研究の仕事をしたいからだ。
俺が魔術学園の生徒だった頃、錬金術の成績は常にトップで右に出る者はいなかった。俺には錬金術の才能がある。他人がそう思っているかは定かではないが、少なくとも俺自身はそう自負していた。ちゃんと希望を書いてエントリーしたのにどうしてこうなったのか。
今いるモンスター討伐部門でもそれなりに実績は上げているわけだが、実のところは興味の欠片もない。仕事としてギルドからやるように命じられているからやっているだけの話なのだ。
「ああそうだ。言い忘れていたが、またシータが戻ってくる。育児の都合もあるため、遅出早退の変則勤務になるが配慮してやってくれ」
昨年はあのシータ隊員の妊娠が突然発覚し、あまり準備がないまま急遽産休に入るというちょっとした事件が発生した。運良く人事が派遣職員をすぐ補充してくれたので、欠員という最悪の事態は回避することができた。だが、派遣で配属される隊員は、正規メンバーのような厳格な採用試験を突破しているわけではないため、質が保証されていないのである。即戦力となる人が来ることもあれば、ほぼ何も期待できない人である場合もあり得るのだ。ここで、大体予想がつくかもしれないが、配属されるのは圧倒的に後者である確率の方が高い。
期待を裏切らず今回もそういう結果になったわけだが、それでも俺たちはなんとか耐えきった。小隊の仕事には、経験がなくてもできるものも含まれている。それを分担し直すことで乗り切ることが可能となるのだ。
シータは産後の経過も良好で、養育費を稼ぐべくすぐの復帰を希望したのだそうだ。
「あの、支部長、シータの勤務時間が半減するわけですが、その分の補充は?」
「あるわけがないだろう。当然君たちでカバーするんだよ!」
勤務時間が多かろうが少なかろうが、人事部は隊員数「1」としてカウントしているらしい。細やかな配慮など期待できるはずもない。まあ、俺も期待はしていなかったが。
支部長の言葉は、暗に残業せよという指示だ。ちなみに我が部署は前々から慢性的な人員不足に陥っているため、残業は当然のように常態化しているがさらにそれを増やせということになる。
他のギルドを見ると、我がギルドのように産休や育児就業などの制度すらないところの方が多く、ここの制度は「先進的」だということはできる。ただ、残されたメンバーへの配慮が足りていないため、時にその不満がこれらの制度を利用した女性メンバーに向けられることもあるのだ。結果として、退職を余儀なくされるメンバーもいると聞く。折角の祝い事なのにこのような事態を招いてしまうのは、明らかに制度上の欠陥である。人事部も何故この問題の対策に乗り出さないのか不思議でならないくらいだ。まさか把握できないほどに無能とは思いたくはないが……。
「皆のランクなどを考えると次の時期に小隊全員が転勤の頃合いを迎えるよな?それを見越して誰か早めに出ていくことになると見込んでいたんだが」
同じ時期にごっそり入れ替わるとそれだけで組織として立ちいかなくなる。こういう場合、分散するのが得策なのだが。
「本部や他の支部でも彼らは何も考えていないとよく言われていますよ。期待しても無駄です」
「そうなのか。大型ギルドとはいえ、そこまで機械的な作業しかしてないとなると末端ほど困るな」
今は何とか持ち堪えているが、本当に何も考えていないのだとしたら、10年後の我がギルドは存続すら危ぶまれる。単なる下っ端メンバーなら目の前の仕事さえこなしていれば問題とならないだろうが、人事部は10年、20年先を読んでいかなければならない部署だ。ギルドメンバーの採用や育成を含めて、100年先まで考えなければ今のような大型ギルドとして生き残っていくことは困難だ。
「一般的に人事はエリートで出世コースだろ?何故こうなる」
「出世コースであることは間違いないでしょうけど、エリートでしょうかねえ。仲のいい連中を連れてきてるらしいですし」
このギルド本当にヤバイのかもしれない。