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ギルメン、悪魔に微笑まれる

「やあ、やあ、皆元気かね?」


 いつものようにゴブリン討伐の依頼が入ったので準備をしていると、髭もじゃの爺さんが突然やってきた。


「あれ、誰だ?」


「前の支部長ですよ」


 近くにいた部下のガンマ君にこっそり聞くと、ひそひそと教えてくれた。


「あれが「噂の」か」


「一見穏やかに見えるあの笑顔こそ、不幸の元凶ですよ」


「なるほどねえ」


 部外者立入禁止のはずのメンバー待機場所にずけずけと入ってきた前支部長は、にこやかな笑顔を振りまきながら、さらに奥の部屋へと向かって行った。定年退職したはずなのにまだ関係者扱いを受けているようだ。

 彼が支部長時代にやったこと――それは支部員の残業禁止である。その効果は絶大で、我がギルドの伝説に残るほどの成果をもたらした。支部の年間残業実績ゼロを達成したのである。

 残業を禁止したところで、突然仕事が減るわけではない。これまで残業代を請求して働いていたところを全てサービスで行うことを強いられたということになる。考えなしに繰り出された結果生み出された残業ゼロの実績は、表向きだけでなく、裏向きにも伝説級の事態を招くことになったのである。

 ギルド全体でもなかなか残業が減らせない中、突如としてゼロとした前支部長は、人事部から大変評価されたらしい。そして、支部の人員は十分と判断され各部門の人数が軒並み減らされるという更なる悲劇を引き起こすことになったのだ。


「残業禁止を受けてほとんどのメンバーはサービス残業の道を選びましたが、中には……」


「シグマさんのようにやらない道を選んだ人もいたわけか。そう考えるとシグマさんもあながち悪者とも思えなくなってきたな」


「そうなんでしょうか?」


「残業はあくまで上司の命令があってやるものだからな。やるべき仕事があるのにやるよう指示を出さなかったというのならそれは上司の責任となるわけだ。そうなると必要な指示を出すことができない人間を上司として配置した奴も悪いことにもなる」


「突き詰めるとギルドマスターが悪いという結論が出そうですね」


「はは、違いないな。いずれ愛想が尽きて皆揃って出ていくときが来るかもしれん」


「そういえば、カナッタ支部のハンターが1人失踪したらしいですよ。最初は事故や事件も疑われたんですけど、近ごろ仕事がどんどん溜まっていたことと家に書置きがあったので、そう判断されたらしいです」


 カナッタ支部か。あそこも人員は手薄だったからな。他人事だとは思えない。


「何でも、討伐されたと報告されていたはずのモンスターがまだ悪さしているという苦情が後を絶たなかったとか。いなくなったハンターが討伐報告書を偽造して、虚偽の報告をしていたみたいですよ」


「そこまで追い詰められていたのか」


 同情はするが、文書偽造の話を聞くと支持できるものではない。カナッタ支部の残された人たちは大変な苦労を強いられることになるだろう。特に支部長は責任問題でもある。

 残念なことに、こういう話を聞いても別の部署の人間は大概「大変そうだね」で終わってしまう。大組織の弊害の一つである。


「流石に支部で人員の臨時募集はするんだろう?」


「しないというか、人事の決まりでできないらしいですよ。不祥事を起こした支部はその責任を取る意味合いも含めて、残された人員でカバーすることが強いられるんです」


「なんと……」


 返す言葉がない。人事部がまさかの逆走をしていた。


「それでは引き続き頑張ってくれたまえ」


 言葉を喉に詰まらせていると、他の部門で世間話を終えて、満足そうにニコニコしながら帰っていく前支部長の姿が見えた。俺も彼と目が合い、笑いかけられたので軽く会釈した。

 もしかしたら前支部長も自分のしたことに悪気はないのかもしれない。だが、それを被る人間からすれば故意か偶然かは問題とならない。歴史を後世の人々が評価するように、影響が続く限り前支部長の評価は、これからもずっと後任のギルメンたちによってされていくことになるだろう。

 息をするのと同じくらい自然に厄災をもたらす存在を人々は悪魔と呼ぶが、彼は悪魔ということになるのだろうか。あの柔らかい笑顔こそ悪魔の微笑みなのである。

 果たしてこのギルドには「悪魔」が何人潜んでいるのだろうか。




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