ギルメン、大型案件に正面から取り組み、さらに仕事を増やす
「シータ、去年ハザマ大森林でキラーローズクイーンが見つかった件だけど、ほとんど駆除が進捗してないのって何故かな?」
キラーローズクイーンは、Bランクのモンスターなので大した案件ではないのだが、「何も起こらない」と噂されるイナッカにおいては一番大きな案件となっていた。キラーローズクイーンは植物タイプの大型モンスターだが、大地に根を張っているため、移動することができない。したがって、緊急対処は必要ないので、悠長に討伐をしても問題とはならないのだ。
ただし、再生能力が非常に高く、体力が残った状態で本体を叩いてもいずれ再生してしまう。そこで、まずは周りに植生しているキラーローズなどを駆除してクイーンへの栄養供給を断ち、クイーンが弱ったところで叩くのだ。計画を立ててやればさほど難しいことではない。
「取り巻きのキラーローズの再生力が強いのでなかなか進まないとシグマさんが言っていました」
「発見から取り巻きの数が約2%しか減っていないから、相当再生力があるみたいだな。通常個体との報告を聞いているが、実は変位個体である可能性もあるぞ」
これは対策を急いだほうがいい。俺はすぐに小隊を引き連れて現地に赴くことにした。
現場に到着すると、辺り一面にキラーローズやキラープラントが蔓延っていた。単純な数からいってもかなりの規模だ。その中心部には、頭に大きなバラの花がついた人型の植物系モンスターが立っているのが見える。
「あの遠くに見えるのがクイーンです」
取り巻きのモンスターが半径100m以上に渡り繁殖していることから、この1年だけでもクイーンが相当の力を蓄えていることが推定される。
「クイーンの攻撃はここまで届かないな。ひとまずこれまでと同じように駆除してみようか。雑魚モンスターの攻撃には十分注意してね」
キラーローズはEランクモンスターだ。魔法で距離をおいて攻撃できるのであれば、棘の蔓攻撃が届かず簡単に倒すことができる。俺が合図すると、隊員たちはそれぞれ【ファイア】を唱えて外側のモンスターから1体ずつ順次焼き払っていった。俺は豪快に焼き払っていくのをイメージしてたんだが、思っていたやり方とは違ったようだ。
「なあ、どうしてそんなちまちまやってんだ?弱い魔法だと魔力効率が悪いし、時間もかかるだろうに」
俺が疑問に思ったことを口にすると、その理由をシータが教えてくれた。
「シグマさん曰く、強力な魔法は制御が難しいので危険で、森の中だと山火事も起こるからやらないほうがいいらしいです」
「そうか?こういうやり方もあるぞ。【エリアボーダライズ】!」
目の前に半径10mほどの円形の結界が現れた。続けて延焼魔法を行使する。
「【バーニング】!」
突如として結界内に大きな炎が出現し、瞬く間にモンスターを焼き払っていく。結界に守られて炎はそこで止まるので、暫くするとそこにはきれいな円形の焼け跡ができた。
「すごいです!こんなやり方があるんですね!」
シータが嬉々としてそんなことを言う。いや、この程度なら現場経験1年ほどで誰でもできるようになることなんだが。逆に何故できないのかと聞きたいぐらいだ。
「シグマさんは、このやり方を教えてくれなかったのか?」
「そうですね。私たちが【ファイア】で少しずつ焼いているのを見ているだけでした」
「そうか」
シグマさんは、モンスター討伐の経験が長く、俺よりも多くの現場対応知識を持っているはずだ。結界で範囲を限定するという初歩的な手法を知らないとは思えない。まして、シグマさんレベルともなれば、結界がなくとも延焼範囲を限定して山火事など十分防止できるだろうし、万が一周囲に燃え移ってもすぐに水魔法で消すことができるはずだ。また俺の中でシグマさんの評価が下がった。
何をするにしても個人としての力量がものをいうが、ギルドの中で仕事をする以上、それ以外の要素も重要になってくる。シグマさんは中堅メンバーとして新人メンバーの教育指導をすべきだったが、それをしなかった。そのツケが今に現れているのだ。メンバー教育には手間暇がかかるが、その見返りは組織力の向上であり、投資の価値があるものだ。最終的には自分を助けてくれるものでもある。情けは人のためならずというように。
「よし、皆も同じようにやってみようか。【エリアボーダライズ】!」
俺は新しい結界をまた前方へと展開した。
「まずはシータから、あの結界の中に【バーニング】を放ってみて。ただし、範囲を調整する練習も兼ねて、炎の大きさが結界よりも少し小さくなるように意識してみてね」
いきなり複数の魔法を使わせると失敗する確率が高いため、まずは俺が結界を用意して1つの魔法に集中できる条件を整える。何事もステップアップが重要だ。
「はい、やってみます。【バーニング】!」
結界の中に炎が現れた。結界の大きさからすると随分炎が小さかったが、初めてなら上出来といえるだろう。
「おお、なかなかやるじゃないか」
「はい!」
シータも褒められて嬉しそうに大きな声で俺に応えた。
「次、いくぞ!」
こうして1時間後には、クイーンの取り巻きが半径50mにまで駆除された。単純に考えても8割は駆除できた計算になる。
「ラムダさんはすごいです!前は半径80mまでいけばいい方でしたよ」
「え?それを月1回のペースで?」
「そうですけど」
シグマさん、本気でさぼってたんだな。道理で駆除が進んでいないわけだ。現場確認の結果、キラーローズクイーンは通常の個体だと再確認できた。1年経っても駆除が進んでいなかったのは、単純に適切な対応を怠っていたためだ。
この事態を早期に把握できたのは不幸中の幸いだった。もし俺の引継ぎがあと半年遅れていたら、キラーローズの中からキラーローズプリンセスに進化した個体が確認される事態となったかもしれない。あれは新たな植生地を求めて移動する習性があるので、ある意味クイーンよりも厄介なのだ。
「帰り道に備えて魔力を使いきるわけにもいかないし、取り巻きの駆除はここまでだな。あとはこいつで仕上げだ。【ファイアアロー】!」
ギョエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェーーーーーー
俺の指先から放たれた炎の矢は、クイーンの胸部を貫き、クイーンは断末魔ような金切り声を上げながら燃焼し、炭と化した。
「すごい!たった1日で討伐完了なんて!」
「いや、あれは見かけだけさ。来月またここにきたら殆ど元通りに再生しているはずだ」
正確には95%ほどまで再生できるだろうな。
「そうなんですね……」
「続きはまた来月だ。帰るとしよう」
再生力が強いモンスターは再生する前に叩くのが基本だ。この案件だって、半月に一度のペースでやればもっと早く駆除ができるはずだ。それをしないのは、イナッカ支部の人員が極端に少ないからだ。
緊急性という観点からは、移動できないキラーローズクイーンよりも、村々を襲撃するゴブリンの方が優先度が高いくらいで、通常はゴブリンやオーガなどの発生報告を受けてその対応に追われているのだ。優先順位の高いものから処理していくと、この案件は月1回のペースでコツコツと進めていくのが限界だ。
まあ、実際には他にもやり方はあるのだが、それには予算と本部の力が必要だ。事前に支部長に確認したところ、首を縦には振ってくれなかったので実現は無理だろう。支部長は元よりモンスター討伐事業には大して興味を示さなかったので、期待はしていなかったのだが。
そんなわけで、この件がいまだに解決していないのは半分シグマさんのせいであり、もう半分は支部長のせいである。俺はそんな自己中心的な結論をつけながらも、地道に駆除を続け、1年後にはクイーンの勢力を半分にまで削ぐことができた。
今まで進まなかった案件が急速に解決に向かったということで、本部からもお褒めの言葉を頂くに至ったが、それほど嬉しくはなかった。やっていなかったものをやり始めたら何か結果が出るのは当たり前だし、残業を増やして労力を注いでいるのだから成果なしでは皆燃え尽きてしまうだろう。
評価する気があるなら、希望の職場に転勤させてくれ、俺が願うのはそれだけだ。