ギルメン、赴任して早々に残業が確定する
俺の名前はラムダ・クラウン。大型ギルド「黒の混沌」の討伐Bランクハンターで、イナッカ支部のモンスター討伐部門で小隊長をしている。
俺がこのイナッカの地に赴いたのは2年と数か月前のことだ。ギルド加入当初、本部でモンスター討伐部隊に所属していた俺は、見習いであるFランクから順当に駆け上がり、Dランクとなっていた。そしてイナッカに赴任すると同時にCランクへと昇格したのだ。
昇格を伴った転勤ではあったが、元々俺はモンスター討伐事業には興味がなく、研究部門への配属を希望していたため、全く嬉しいものではなかった。唯一喜べたのは、イナッカという地が平安な地方であるということだ。モンスターの発生が少ないと言われていて、高難易度のモンスター発生事件もずっと起きていない。同僚からは、のんびり生活できそうでいいねと言われて送り出された。今では懐かしい思い出である。
※ ※ ※ ※ ※
「君がラムダ君か。本部から君の話はよく聞いているよ。頑張ってくれたまえ」
俺の前でふんぞり返りながら話すでっぷりとしたこの男こそ、イナッカ支部の支部長である。艶やかな肌と丸々と太った体は、このイナッカの綺麗な空気や水、そして良質な食べ物が育んだに違いない。
今はニコニコと機嫌も良いようだが、知り合いから聞いた情報によれば、この男に対する部下からの評価はいつも最低ランクらしい。何が悪いのかはまだ把握できていないが注意が必要なことは間違いない。
Cランクというと、一般的には小隊長級であり、上に部隊長がつくのが普通だ。ところが、我がイナッカ支部は弱小支部であるがゆえに、部隊長級のメンバーが配属されていなかった。従って、小隊長としての経験もない俺に部隊長としての働きも求められるのだ。まあ、隊員も少ないので何とかなるとは思うが。
さて、まずは現状の把握からだ。俺は前任の小隊長であるシグマさんの残した引継書や報告書に目を通していく。ちなみにシグマさんもこの支部ではCランクだったが、Bランク昇格と同時にソレナリ支部に転勤となった。
「ねえ、シータ。ホットスポットの確認記録が年3回しか残ってないんだけど、他はどうしてたのかな?」
モンスターは突如として自然発生することが知られているが、その原理は未だ解明されていない。世の中にはモンスターが特に発生しやすい地点があり、それらはホットスポットと呼ばれている。
「うーん。どうでしたかねー」
シータは首を傾げてみせた。彼女は、俺の下についている隊員の一人だ。この支部に3年以上いるのでここのやり方について教えてもらうには適任である。美人で愛想もいい年下の女性隊員なのだが、残念なことに既婚者だ。
これが物語なら転勤先に理想的なヒロインがいて、何かを契機に急速に距離を縮めていくのが鉄板なのだが、これは現実だ。そんな都合のいい女の子などいるはずがない。まあ、言い寄ってセクハラで訴えられて解雇されるわけにもいかないので、職場の同僚は異性として見ないように普段から心がけており、億が一にも間違いは起こらないはずだ。
「ええと、確か3回で合ってますよ。私の記憶が確かならそれだけしか行ってないと思います」
「そうなの?去年の年次計画では全部年1回巡回することになってて、本部にも全部行ったと報告してるみたいだけど」
ホットスポットは各地に点在しており、我がイナッカ支部の管轄内にも20ほどのスポットが確認されている。ホットスポットの力を弱める対策として、封印石を置き定期的に魔力を込めるという方法が取られているが、この地方でその作業は我が社の独占業務となっていた。つまり、昨年の記録だけでも20回分があるはずなのだが、明らかに数が足りていないのだ。
「どうでしょう。シグマさん1人で行っていたんですかねえ」
流石にそれはないだろう。行動は複数が基本で少なくとも2人からとなる。単独行動は、証言力に乏しく危険も伴うためギルド規則で禁止されているのだ。
おそらく本部への報告をごまかしていたのだろう。イナッカは、国中央から遠く離れており、本部メンバーが訪れることはあまりない。業務報告も毎年定型文を送れば事足りるので、偽りや誤りがないか確認する人間がいないのだ。
俺はすっかりシグマさんの仕事が信頼できなくなってしまっていた。これは色々と確認を急がないといけないな。
※ ※ ※ ※ ※
「なんだ、これ。封印石の魔力が規定量の半分しかないぞ」
ものは試しと、俺はシータと2人で支部から一番近いホットスポットの確認に訪れたのだが、いきなり問題が見つかった。
「1年や2年の放置ではここまで減らないはずなんだが、何年来てないんだろう」
「私が今の支部に来てから、このポイントに来たことはないですから、少なくとも3年はないかと思います」
「一番近いのにねえ……」
これは他も危なそうだな。
「確かモンスター発生数が毎年微増してただろう?絶対これが原因だよな」
そちらの原因調査も必要だと思ってはいたが、まさかこんなに早く判明するとは思ってもみなかった。
「でも魔力を注げば解決するんですよね?」
「いや、ここまで魔力が減ると封印術式にも綻びが生じるからな。注ぎ込める魔力量も大幅に減少するんだ。それに術式も経過観察しながら少しずつ直さないといけないんだ。下手すると魔力が暴走して爆発するからね。3か月置きの修繕を1年は続けないといけないかな」
サボるとツケが大きくなるいい例だ。
「きゃあ!オーガファイターがポップアップしましたよ!」
振り返ると、バキバキと指関節を鳴らす巨体が、不気味な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。オーガファイターはオーガと同じEランクモンスターだが、体術に秀でたオーガの上位種に当たる。
俺が剣を構えると、オーガの後ろに別のオーガがまたポップアップした。
「ち、明らかに封印力不足だな。いくぞ!」
残念ながら、赴任早々残業確定のようだ。
その後、各ホットスポットを巡回して確認したところ、封印石に込められた魔力が規定値以下にまで低下しているケースが多数発覚し、元の正常な状態に戻すには1年半以上の年月を要したのであった。