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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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越えなければならぬ壁

 森を進むに連れ、先ほどまでの冒険者達の数は更に減っていく。探知の範囲外に行ってしまった者の足取りは終えては居なかったが、バルパが感じ取れたものだけでも少なくとも七つほどのパーティーが全滅の憂き目に遭っていた。そのほとんどは魔物にやられたものだったのだが、一つだけ人間にやられたらしいパーティーも有った。集団の動きが魔物らしくないと精度を上げどうやら人間同士の戦いらしいことがわかったのである。

 バルパは大回り過ぎるほどに遠回りをしてその争いの後に生き残った冒険者パーティーの片割れを避けて先へ進んだ。そのパーティーは奇襲をかけ先に襲いかかった方だったのだが、既に五人だったメンバーは二人にまで減っている。生きるための戦いだというのならまだ理解は出来るが、蛇蜘蛛の肉でも食えば死なずに済むこの場所で人間を襲う必要はなかったはずだ。バルパも以前何も知らなかった頃はとりあえずルルのパーティーの『暁』相手に斬り結んでみたりもしたが、人間界にある程度の居場所が出来た今はそんなことを理由もなくするつもりもない。欲に駆られ人を襲い、そして結果として仲間を失い死の危険に瀕する。自業自得だろう、自らの行動には自らが責任を持たなくてはならない。

 だがバルパはこうも考えた、少なくとも誰かから奪おうとする人間が命の危機に陥っていたとしても狩られるものに変わった時点で彼らは弱者に転じているのではないか、と。

 だがそれならばどうして自分は彼らを助けようと思う気持ちが湧いてこないのだろう、いくらミーナを守らねばならないとはいえ現段階で出てくる魔物相手には余裕を持てているというのに。

「……やはりどこまで行っても、俺は俺の好きなようにやるしかないのだろうな」

「どうかした?」

「いや、なんでも」

 自分はなんだか皆に平等に優しいというわりには人間びいきな神様のような全知全能の存在でもなければ勇者やヴァンスのように一人で盤面をひっくり返せてしまうような常識外の人物というわけでもない。

 今の自分に出来ることは人間亜人魔物を問わず、そのコミュニティの中で出来ることを最大限やることだけだ。

 人を幸せにするにはまず自分が幸せでなければならない、そんなことをルルが言っていたのを思い出す。戦いもそれと同じだ。人を助けるなら、自分が助けられずに済むほど戦えなければいけない。

 まずは自分の命、そしてその次にミーナの命。そこに余裕が出来て他の人間の命を守れば良い。優先順位というものがあってしかるべきだ、自分は皆が皆平等などという腐った戯れ言を信じてはいないのだから。


 バルパは百歩ほど先の上空に空を飛ぶ強力な魔物の気配を感じ、ミーナの腕を掴んで木に押し付けた。そのまま口を塞ぎ自分も木に体を押し付ける、すると自然二人は密着する形になる。ミーナが押さえられた口でうみゃうみゃと何かを言おうとするのでバルパは黙って顎をしゃくって彼女の視線を空へ向けさせた。彼女が魔物の姿を確認するのと同時、バルパは自分ごとミーナの体を闇の魔撃で包み込んだ。

Huruuuuuuuuuu!!

 舌を巻いて発音した裏声のように甲高い鳴き声が二人に届く。視界確保のために闇のカーテンをそっと開き視界を確保すると、ようやく魔物の領域が並々ならぬ場所であるという証拠が彼らの前に現れた。

 そこには一匹のドラゴンがいた。色は銀色、鳴き声はバルパが聞いたことのあるドラゴンよりもかなり高めで、縦に長く横に細い。縦の長さは百歩分近くあり、横の長さは二十歩ほどもない。細長く切れ味の鋭い刃物のようなドラゴンだ、というのがバルパの感じた第一印象だった。

 飾られる装飾品ではなく実際に戦闘にしようされる刀剣のような鈍い銀色の体色、頭には微妙に湾曲した一本の角があり、肉を刺せば容易に引き抜けなくなりそうなかえしがついている。腕には角の数倍の長さのある刃物のようなものがついていた。切っ先は鋭く、その刃渡りは腕の長さほどあるので大剣と呼ぶのも生ぬるいほどの大きさの斬撃武器である。

ドラゴンの前進を覆う鱗の一枚一枚は微妙に剥がれかけており、毛羽だった羽毛のように反り返っているため鱗の一つ一つが鋭利な刃物のように見える。

 それ自身が遠目で見れば一本の刃物のようであり、しっかりと確認すれば前進が刃物であることがわかる。正しく刃という言葉を具現化したかのような存在の出現にバルパの心は踊った。

 あれを殺せば前進の鱗は投擲用の武器に、腕の刃物は加工して大剣に、角は刺突剣として使えそうだとバルパはあれと戦って倒したいという衝動に駆られそうになる。

 魔力感知で感じ取れる魔力の大きさや自分やミーナよりも大きくレッドカーディナルドラゴンと比べれば小さいという程度で、ドラゴンの等級としてはエレメントドラゴンに分類されるだろうと類推できた。

 ドラゴンは悠々と空を飛び、ハミングのように高い鳴き声で歌いながら地上で戦闘を行っていた魔物と冒険者目掛けて急降下していく。傷付きながらも魔物に痛打を与えていた冒険者パーティーのうちローブを付けた魔法使いの女がドラゴンの角の餌食となり、腹に刺突を受けた。血飛沫を撒き散らしながら女を頭に突き刺し再びドラゴンが上昇する。冒険者達は魔物への攻撃を一時取り止め、ドラゴンへ攻撃をいれようとする。前衛の男の大振りの一撃が上昇しかけていたドラゴンの腹に当たった。鱗と大剣がキンと互いを打ち合わせ、そして攻撃を受けた周囲の鱗が男目掛けて降り注いだ。一撃を入れることに全力をこめていたのか男は自らに飛来する数十の鱗の攻撃をもろに受け、顔と鎧がベコベコに陥没していく。

 メンバーが二人減り実働戦力が減ったパーティーを気を取り直したオーガが襲った。冒険者達が叫び声をあげながらなんとか奮戦しようとする様子を、ドラゴンが中空にふよふよと浮かびながら物見遊山に見物している。気づけばドラゴンの頭からは女の姿が消えており、口元は赤く染まっていた。

 ドラゴンはこの魔物の領域の生態系の頂点の一角を占めている、それはバルパが一週間ほどここで過ごした経験からの実感である。

 ドラゴンは自ら進んで獲物を追う必要などない。適当に大地を駆けている魔物や人間達が必死になって戦っている横からするっと餌だけを取っていけば良い。巨体に見合わぬ燃費の良さを持つドラゴンは人間一人分の肉があれば一週間は動けるのだという。

 あの刃物のドラゴンにはレッドカーディナルドラゴンのように魔力感知の能力はないらしく、ひとしきり戦闘を観戦してから小さくあくびをして再び空の旅へと戻っていった。

 跡にはボロボロになった二匹のオーガと、男か女かわからなくなるまで鉄の棍棒で殴り倒された四つの死体が残っていた。

 バルパはその戦闘とも呼べない蹂躙のすべてを、しっかりとミーナに見せた。今は余裕があるかもしれないが、あのような化け物もこの領域には住んでいるのだということを。

 ミーナの喋りには自分の緊張を落ち着けたり、考えを整理したりする意味合いもあるのだろうが、下手に声を出していてはああなるかもしれないぞという警告をこめて。

 そして俺たちは魔物の領域を渡るなら、エレメントドラゴン相当であるあれを相手取る必要があるのだということをはっきりと理解させるために。

 ミーナは黙って空を飛びながら体を震わせるドラゴンの背中を見つめていた。

 刃物のドラゴンは自らが見られていることも知らず、尻尾をふりふりしながら上機嫌で二人の視界から消えていった。

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[気になる点] 誤字報告 飾られる装飾品ではなく実際に戦闘に【しようされる】刀剣のような鈍い銀色の体色、  ↓ 飾られる装飾品ではなく実際に戦闘に【使用される】刀剣のような鈍い銀色の体色、
[気になる点] それ自身が遠目で見れば一本の刃物のようであり、しっかりと確認すれば前進が刃物であることがわかる。正しく刃という言葉を具現化したかのような存在の出現にバルパの心は踊った。 →前身  あ…
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