認識の違い
バルパの魔力感知で現在出来ることは魔力を持つもの、つまり生き物と魔法の品の正確な探知、そして識別。最後に魔法、及び魔撃の発動兆候の確認である。
彼の脳内では自分を中心とした半径数百歩分の円が描かれており、そこに入ってきた魔力が点として意識されるようになっている。魔力の大きさから生物の大体の強さは推し量ることが出来るが、出会ったばかりの頃のミーナのこともあるためこれを過信することは出来ない。
バルパは全開で魔力感知を発動させれば半径千歩を優に超える範囲での探知も可能だったが、流石にそれをやりながらだと行軍や奇襲への対応が遅れてしまうために今は範囲をほどほどに抑えている。また魔力の種類を識別する機能を付けるのにも追加で魔力を使用するためにこの機能は先ほどの冒険者達の戦闘を確認して以降は使っていない。冒険者同士の争いはご法度だがそんなルールは命のやり取りをする場面では有名無実化するに決まっている、バルパは今回ばかりは同業者相手にも慈悲を見せるつもりはなかった、故に魔物も人間も邪魔をすれば殺すと考え機能を絞り魔力を節約しているのである。
そんな彼の魔撃は、徐々に増えていく魔物の反応を確かに識別していた。
「前方二百五十歩ほどで冒険者一行が三匹の魔物と戦闘中、その右で冒険者パーティーが一匹の強力な魔物と戦闘中。二人の間に挟まれている形の五人組は間をすり抜けて更に進んでいる。それらの後方にいるやつらは怖じ気づいて後退ぎみだ、こちらに向かってくる様子はないがどこかで戦線が崩れれば俺たちにも飛び火してくる可能性がある」
「……」
バルパの言葉にミーナは黙って耳を傾けている、息を吸う間に無理矢理会話を挟み込んでくる彼女にしては珍しいことだ。軽口も気を紛らわすには必要だろうからある程度は黙認しようと思っていたバルパはアテが外れ一瞬魔力感知にこめる魔力を増やし過ぎた。するとあたりの樹木や岩石の裏の微少な昆虫にまで魔力感知が反応してしまいその情報量の多さに酔いそうになる。
「……どうかしたか?」
「いや、やっぱり魔力感知ってスゴいんだなって」
「それはそうだ、これがなければ俺は既に十回は死んでいる」
相槌を打ちながらも魔力感知を発動させ続けるバルパ。今度は前方に新たな反応が六、冒険者パーティーと距離が近付き、そのまま両者の足が止まった。二組とも動くつもりはない、そこで魔力感知の範囲を狭め機能を強化し種別を確認する。どうやら新たに遭遇した六つの反応は冒険者だったらしいとわかる。今度はその右に魔物の反応が五つ、合計十一の人間のうち五つが魔法を放つ挙動を見せている。彼らにばかり目を向けてはいられない、方角的に自分達に近づいてきている反応も三つほどある。魔力の大きさは小さいが、魔力の大きい無関係の敵より魔力の小さい自分達の遭遇する敵の方が当然重要だ。
「ミーナ、三匹来る。大体並列に並んでいる。右と真ん中は俺が落とす。左のをやれ」
「わかった」
魔力感知に反応する生き物が多すぎて処理が煩雑だ。もう少し距離を絞って使うべきだろうか。……いや、それでは駄目だ。少なくともドラゴンの竜言語魔法の大体の有効射程である三百歩分くらいは認識していないと足を掬われる可能性がある。バルパは魔撃の拡張を取り止め再び範囲を三百歩まで広げる。魔力感知を安定させ、再度使い直した時には魔物との距離は五十歩ほどにまで近づいていた。
木々の葉が繁り日陰が多く全体的な光量が少ないせいで視認性は著しく悪いが、それも魔力で視力を強化すれば解決する問題でしかない。
バルパとミーナの視界に自分達めがけてわさわさと足を動かす多足の魔物が見えてくる。
それは一見すると蛇のように見える奇妙な生き物だった、てらてらと光る緑色の皮膚には何か粘性の液体でも張られているのか葉っぱが引っ付いている。恐らくは葉や土を体に付け擬態する生態なのだろう。
そして蛇のようにうねうねと動く体の下にまるで蜘蛛の足のような足がびっしりと生えており、それらの一本一本が意志を持っているかのように前へ前へと動いている。足場が悪く動きにくいこの場所で蛇のように左右に蛇行しながらしっかりと自分達を目掛けて走ってこれているのは恐らくあの多脚のお陰なのだろう、前後左右の脚が交互に前へ前へと動くその様はまるで複数の生き物が我先にと動いているようで不気味だ。肌は緑色にもかかわらず足を動かす際にチラチラと見える腹の部分だけは異様に白く、それがまた魔物の不気味さを助長していた。
魔物は三びきで横一列に並びながらうねうねと動いている、多数の足のおかげで障害物も難なく乗り越え、木が邪魔な時など足を突き刺し無理やり登ってまでこちらとの距離をつめようとしてくる。魔力反応は少なくはないが、この距離で魔撃を放ってこないということは近接戦、もしくはなんらかの特殊能力に魔力を消費させるのだろう。
蛇のような見た目をしているから魔法毒という可能性もあるし、蜘蛛の足から考えると特殊な糸を吐くことも考えられる。
この三匹は間違いなく近づかれる前に仕留めるべきタイプであると判断したバルパは魔物の姿が見えると即座に反応し、最早熟練の域に達している雷の魔撃を発動させた。
前を進んでいた冒険者達が踏みしめて出来た獣道を使い一直線に自分に近づいてこようとしている真ん中の固体めがけて射出すると見事的中し動きが鈍った、だが一撃で仕留めきれてはいない。すぐさま二撃目を、今度は岩陰から飛び出してこようとしていた右の蛇蜘蛛に当てる、するとこちらの魔物は一撃を食らうだけで沈黙し接地している足をピクピクと痙攣させ始めた。バルパが二撃目を放つと同時、ミーナが炎の槍を一番左の木々を飛び越え飛び越えこちらにやって来ていた蛇蜘蛛にぶち当てる。すると蜘蛛は攻撃が当たると同時木から転げ落ち、そのままうぞうぞと動く足をこちらに無防備に曝したまま息絶えた。どうやら雷よりは火の方が効きが良さそうである。
動きを鈍らしながらもこちらを襲おうと頑なな真ん中の蛇蜘蛛にバルパは炎の槍を突き刺すとこちらもしっかりと絶命した。一応念のために小さめの火球を右の動かなくなった蜘蛛に当てる。どうやら死んだのではなく死んだふりをしていただけのようで、火球をなんとか避けようとしてそのまま右半身を火に曝した。擦過音を鳴らしながら呻き、そのまま今度はピクリとも動かなくなる。適当に石を拾って投げても反応はない、どうやら今度はしっかりと死んでいるらしい。
「……ふぅっ、ふぅっ」
戦闘が終わり魔物の素材を回収しようとするかどうか考えていたバルパは、魔法を一回使っただけなのにもかかわらず妙に疲れているミーナの方に視線をやった。
迷宮行で魔物相手の戦闘には慣れているはずだが、どうやら彼女にとって魔物の領域の探索というものは迷宮探索以上に神経を磨り減らすものであるらしい。
「魔物の素材は価値あるものと旨いもの以外は全て置いていく、良いな?」
「その辺はバルパに任せるって決めてるから、好きにしていいよ」
「よし、それでは行こう」
こまめに休憩を取る必要があるかもしれない、バルパはミーナにここでの戦闘に慣れさせつつ疲れを蓄積させないで済む方法はないだろうかと考えながら再び魔力感知を発動させた。
 




