無軌道な小集団
皆で出ていく時間を決めているわけでもないのだろうに、まるで不揃いな軍隊のように冒険者達はめいめいの方向へ固まって進んでいく。バルパ達はその中で、少なくとも現段階でもっとも探索が進んでいないであろう諸国連合の騎士団の右側にいる軍団を選んで後をついていくことにした。その理由は単純で、彼らが途中で別の進路を行ったときに最も気付かれない可能性が高い場所がここだったからである。左側にいるのもまともに連携が取れていない諸国混成軍であるために足もつきにくいだろう。
冒険者達の中でリーダー格らしい人間が声を張り上げて今から進む旨を伝えていた。それに追従しようとする幾つかのパーティーが、それらの漁夫の利を得ようとするパーティーが……と団子状になってかなりの人間が魔物の領域に出発していく。
朝になるとどのグループも各々で出発し、それに冒険者や傭兵達がついていくという情報は事前に得ていたためこれでも少し急いでいたつもりだったのだが、どうやら自分達が到着したのはかなりギリギリだったらしい。バルパは荷物運びの子供を連れて計七人になったパーティーの尻を追うようにミーナと魔物の領域とリンプフェルトを分けている柵を乗り越えていった。
「こんな簡素なものでは魔物の進撃は止まらないだろう」
バルパは自分が大股で歩けば越えられる木の柵に疑問を浮かべながら振り返るが、後ろでミーナは柵を越えられずに立ち往生してしまっていた。その腰を持ってからぐいと体を持ち上げてやり柵を越えさせてから少し間隔の空いたパーティー達の後を追っていく。
「魔物の領域にいる魔物達は滅多なことがないとこっち側に攻めこんできたりはしないんだってよ、魔王様が居たときとかを除けばだけど」
「ふぅん、そうか」
「気のない声だなぁ」
「ミーナ、気を抜くなよ。ここからは常に気を張りつめておく必要が……」
「確かに騎士団さん達のいる場所と比べれば危ないと思うけど、今はまだそこまで危険視はしなくてもいいと思う」
ミーナが補足説明をしてくれた。
本当に一番危ないのはまだ完全に未開拓で魔物の一切の情報がない状態で前へ前へと進まねばならない最前線にいる者達で、今いる第二陣第三陣はある程度魔物が間引かれた状態の場所を行くためにその危険度は一段落ちるということだ。
「じゃなくちゃポーターなんて雇えないでしょ、あの前の人達もC級だからそこまで強いってわけでもないし」
「魔物の領域への侵攻はかなり進んでいるということなのか?」
「ねぇバルパ、この話今朝もしたけどね。魔物の領域ってすごい広いの、だから見た感じ安全な場所が広がってて開拓が進んでいるように見えても実際はこれっぽっちも終わってないんだって」
特に冒険者達がめいめいに進んでいるこの第三陣ではその傾向が顕著で、それぞれが好き勝手に狩りをしたり魔物を間引いてから土地を耕そうとしたりとずいぶん好き放題しているらしい。
「それもこれも国王様が魔物の領域をダンジョンに類するものと認めたからなんだけどね。言っちゃえば取ったもん勝ちってルールのせいでもう無茶苦茶なんだよ。だけど皆我欲がスゴいからこんな強引なやり方でも徐々に魔物の数は減ってるの」
リンプフェルトの街が一度入ってしまえば自由に魔物の領域に出入り出来るようになっているのには国王というヴァンスにいうことを聞かせることの出来る人間が関わっているらしい。国王は魔物の領域で何をしようが帝国と事前に取り決めた境界線さえ越えなければオッケーと思っているらしい。そんなことをしてもその人間にメリットがないように思えたが、戦争や小競り合いの人間のガス抜きと聞いて困惑は更に増した。
だからバルパは法や経済と言った自分が小手先の知識で対応すれば即座に食い破られてしまう分野ではなく、自分がしっかりと地力を発揮できる戦闘という部分に関して全体を俯瞰してみることにした。
まず一番左の冒険者軍団、彼らは基本的に魔物の素材をそこまで重要視していないザガ王国騎士団のおこぼれに預かろうとする小集団だ。王国騎士団は精鋭揃いであり、他の二つと比べれば進軍が早く、つまり亜人を含む価値ある魔物達と遭遇する可能性が高い。基本的に成果物は発見したものに与えられるとはいえ、どさくさ紛れに奴隷にすることも簡単だろうし、それにこれほど広い場所に一国の騎士団が完全に目を光らせることなど不可能だからある程度は目こぼしをせざるをえないだろうという算段もあるに違いない。それについ先日ヴァンスがはっちゃけたおかげで滞り気味だった進軍が進んだということだから、先ほど見ていた感じ冒険者達のほとんどはこのグループについていっているようだった。
この集団に属している冒険者達は互いに素材を奪い合う険悪な関係の者が多く、また騎士団達による監視の目があるため集団から抜けようとする際に不測の事態に陥る可能性が高い。それゆえに彼らに同行するという選択肢はない。
では第二に諸国連合軍についていく冒険者達、彼らと同行するのならばどうか。彼らはザガ王国騎士団よりも進軍が遅く、魔物達の絶え間ない襲撃で数をどんどんと減らしているらしい。だが元々の数が一番多いのはここなので数の暴力によりなんとかやっているようだ。
リンプフェルトの街先や魔物の領域の手前の地域で待機していたり、進軍の準備を整えていたのが騎士団員の全てなはずはない。ザガ王国騎士団も、そして諸国連合騎士団もその本陣自体は一見して見えないほど遠くの場所にあるのだろう。彼らは大量に収納箱を持っているという話だがそれならどうしてあんなところで夜営をしている者達がいるのだろうか。考えてもわからないことは放っておくことにしてバルパは最後の一行、つまり自分達がその後を追いかけている冒険者達の寄せ集め連合の方を魔力感知で確認する。
三つ目、つまり自分達が最後尾を小走りになって追っているのは冒険者達の混成グループだ。騎士団達によって直進ルートを奪われたために右回りに迂回しながら進むことを余儀なくされているこの集団の目的は千差万別だ。
強力な魔物と戦うことを目的とする戦闘狂、あわよくば美人の亜人を手に入れようとする商人小飼の雇われ冒険者から魔物の領域で林業を始めようとする武道派樵まで実に多くの人間が無秩序に森へ入っては返り討ちにあっているらしい。
どうしてこんな現状を放置しているんだと不思議だったが、ミーナの話ではこんな無軌道な進軍でも各国の騎士団達に向かう魔物を減らすことは出来るらしいから放置されているとのことだ。バルパが魔力感知で探ってみた感じドラゴンやワイバーンが出てくるこの危険地帯を乗り越える実力に足ると判断できた人間は全体の一割もいなかったのだが、この場所が命の危険を冒してでも進む価値のあるフロンティアだと理解した上で命をベットしているのだろうと考えればまぁ納得は出来た。死んだらそれまでなのだから理解は出来なかったが。
そしてこんな無秩序で無軌道で、少し離れた場所に統一された規律も持っていない騎士団があるだけのこの集団の中ならば、途中ではぐれても何ら問題を抱かれないだろうと考え彼ら二人はこの第三のグループに入ることにしたのだ。もっとも思っていたよりも警備が緩く騎士団も冒険者の方など何か大事にでもならない限りは干渉しない様子だったので取り越し苦労であることは既に明らかなのだが、まぁこのグループが一番後腐れなく別れられるということは事実なのでそこまで落胆することもなかった。
魔物の領域に入るとすぐにジメっとした空気がやってきた、それはバルパの肌を衣服とべったりとくっつけて不快指数を上昇させる。だがその不快さが彼にミリミリ族と暮らした一週間弱の日々を思い出させた。柵を越えた段階で既に整備された街道は消え、その先に広がるのは荒れ放題伸び放題の大森林だった。
入り口付近ではいくつか伐採されている樹木もあったが、すぐ先では木々が繁っていたことから考えても伐採はあまり効率的なものではないと考えられたのだろう。
足元は全体的にぬかるんでいて、木々は密生しているというよりかは草や岩石の間に立ち並んでいると形容した方が相応しいようだ。
魔力感知はバルパに少なくとも冒険者以外の魔力持ちが探知範囲にいないことを教えてくれていた。たぶんもとはここにいた魔物達を先陣の冒険者達が間引いてくれた結果なのだろうが、どこまでこの安全が続くかはわからない。
バルパは魔力感知にこめる魔力を増やし探知範囲を拡げながら、前方で粘度の高い土に難儀しているらしい冒険者パーティーの後をゆっくりとついていった。




