三つの集団
次の日、二人は慣れ親しんだ食事に旨いとも不味いとも言わずに口をつけてから今までやって来ることのほとんどなかった東門へとやって来ていた。
冒険者ギルドと通用門を繋ぐ大通りには出店や出張店舗が立ち並び道の左右はギチギチになっている。人が多すぎるせいかまともに前に進むのにも時間がかかり、途中でめんどうになったバルパはミーナの手を引きながらずんずんと先へ進んだ。冒険者達が働き始める時間と被ったからこれほど人が多いのだろうか、これだけ人がいれば魔物の領域などすぐに人間で埋め尽くされてしまいそうなものなのに。もしかしたら既に人間はかなり亜人達へ近づいているのかもしれない。そんな気持ちを抑えながらミーナの方を向く。
「どうやら今はピークらしいな」
「あれだよ、私も昨日聞いて知ったんだけどヴァンスさんのおかげで開拓が一気に進んだんだってさ」
あの人のせいで亜人へ辿り着く可能性が増えてしまっているのかと考えると少し気が滅入ったが良く考えればその見当はおかしなことに気付く。
自分も魔物の領域に滞在していたからわかるが、恐らくヴァンスならば一日で目に見える領域程度なら魔物を殲滅させることすら容易だろう。というかそれを言えばあの人ならば単身で元魔国の小国軍を従えてこちらがわと道を繋ぐための開墾と街道建設に従事させることも可能なはずだ。それをしないということそれ自体が、彼があまり亜人と魔物達を痛め付けるのを好ましくは思っていないという証拠だ。
恐らくは怪しまれない程度に、もしくは叱られないくらいに加減して魔物を狩ったのだろう。そんな彼なりの手加減した戦闘ですら冒険者やら騎士団やらが活発化してしまう原因になるのだから、相変わらず規格外にもほどがある。
ようやく通用門が見えてくるが、人の波は収まるどころか大きくなる一方だ。
「おいどこ見てんだ‼」
バルパの鎧の肩当てにぶつかったらしい冒険者の男が文句を言おうとするが、彼の声はそれに倍する大声で発される革製品の修繕の売り込みに掻き消された。そして中年の商人らしき男が良く通る声で盾を売っている横で、それに負けじと靴磨きの宣伝をしている若い少年が居た。
汗くさい男の臭い、消毒のためのアルコールや薬草のツンとする香り、一稼ぎして腹を空かした冒険者達の懐から一銭でも多く抜こうとする串焼き屋のタレの匂い。色々な臭いが渾然一体となってバルパは思わず顔をしかめた。右後ろでわっぷわっぷと変な声をあげながら必死になってついてくるミーナには彼の話を聞けるような余裕はなさそうだ。
こんなに狭い通路ならどうしてももっと広いものに拡張しないのだろう、不思議に思いながらも人を押し退け押し退けなんとか通用門へと辿り着く。
今は既に一人一人の素性を吟味したりするような余裕はないらしく、閂を入れる鉤状の木材は何も持たずにどこか淋しそうだ。門は左右目一杯に広げられており、その蝶番の耐久性が少し心配される。門を抜けると冒険者達の声が聞こえてくる。
「魔法使いを募集中だ‼ 報酬は均等に五等分して渡す‼ 誰かいないかっ⁉」
「ウチは完全歩合制だ、報酬は基本給にその日の稼ぎの八分まで出す。実力があるやつは歓迎するぜ」
門を抜けると視線の先には未だ森が広がっていたが、それを遮るように人の林が広がっている。冒険者達が放射状に広がりながら良い人材を確保しようと必死に呼び込みをしていた。
開拓が進んでいると言ってもどうやら魔物の領域が既にリンプフェルトのような街になっているというわけではないらしい。少なくともここにいる人間は全員が武装しているように見えるし、平和ボケしていそうな者や老人はいない。
人の群れは大きく分けて二つに別れていた。まず一つ目は今バルパが見ているように戦力を求めていたり、出発の準備をしたりしている冒険者達。そして二つ目はその向こうで隊列を乱さずに夜営をしているらしい妙に豪奢な鎧を着た一団だ。連日ここにいるせいか既に鎧はくすみが目立ち、中には冒険者と変わらぬ革鎧姿の者もいるようだ。おそらく彼らはこのザガ王国か、もしくは他国の騎士団なのだろう。
今リンプフェルトの街は魔王を勇者に単独で討伐されてしまったことで大して勲功を上げることの出来なかった貴族達と成り上がりを狙う騎士、冒険者、そして傭兵達で賑わっている。それら全てがごちゃごちゃに混じり合い、門を抜けてすぐのまだ街道が続いているあたりは人に酔うレベルだ。
だが冒険者と騎士団の中にも幾つかのグループがあり、冒険者達は皆奥にいる騎士団の皆様方の出発の時期を見計らっているようだった。
バルパの集めた情報から彼らの向かう先は大きく分けて三つある。
まず一つ目はザガ王国騎士団達の軍勢。これが一番進軍を進めており、隊員を減らしながらも着実に歩を進めているらしい。ヴァンスが加勢したのもここらしいから、今一番侵攻を進めているのは間違いなくここだろう。彼が来る前も他の二グループよりは進んでいたらしいから大きく他を突き放した形になる。騎士団員達の顔もどこか誇らしげで、彼らの出発を今か今かと待ちわびている冒険者達が大量にいるのがわかった。騎士団はしっかりとグループごとに別れているからわかりやすいのだが、冒険者達はパーティーごとにまとまっているためその動向がわかりづらい。だが強化した聴力で情報を得たところおそらくザガ王国騎士団のおこぼれに預かろうとする者達が多いらしいことがわかった。騎士団員達は冒険者達をあしらうでもなく、寧ろ彼らが自分達に追従してくるのを奨励しているような節もある。その理由がバルパにはわからなかったが、おそらく肉壁にでも使うのだろうと考えて視線を右にずらす。
そこにいるのは第二のグループ、同盟国の連合騎士団だ。幾つの国が混ざっているのかはわからないが、見ただけでも意匠の違う模様が五つほどある。
彼らは対魔王に結成された同盟の構成国の騎士団であり、戦争が終わった際に魔物の領域の分割統治するという約定を果たすために気張っている。
だがザガ王国と強調する気はないのか、ザガ王国騎士団が門を抜け真っ直ぐに進んでいるのよりも少し右のあたりを独自に侵攻していた。多国籍軍という形をとっているせいか進みは遅いらしいが、数が多いために補充が利き魔物相手にも結構な奮戦をしているらしい。
そして三つ目が彼らより更に右側、そしてザガ王国騎士団よりも左側に位置している冒険者達の軍団だ。
彼らは無制限に解放されている魔物の領域で狩りを行いつつ、亜人等の副次的な利益を得ようとしてる者達である。貴族や騎士と行動を共にすればかなり割りを食うとわかっているために危険を覚悟しながら進もうとする彼らは、なるほど冒険者であると認めざるを得ない。当然前方を騎士団に保護されている訳でもなく、てんでバラバラな方へ進むためまったく魔物の領域を越えられる可能性は皆無だろうが、なかには徒党を組んで騎士団達を出し抜き自らの国を建国しようと野心に燃えている者達もいるという。
色々な者達が我先にと進んでいるこのリンプフェルトの鼻先は、人間というものの欲望のるつぼだ。バルパは事前にミーナと決めていた通りに、三つ目の小集団の群れである冒険者達の後を追うことにした。
 




