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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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堂々巡り

 バルパは宿に戻り、そして自室でこれからのことを少しだけ考えてみることにした。彼には翡翠の迷宮から出てからというもの、自分の思うように進むことを周りによって阻まれているという感覚があった。それら全てが悪いものというわけではなかったが、だがそれで本来の目的を忘れ死んでしまっては元も子もない。バルパはベッドに体を横たわらせ、天井を見ながら原点に立ち返ってみることにした。

 まず自分の一番の目的、それは殺されないということ、生きるということだ。何においても最も重要なのはあくまでもここだ。バルパはここ最近の戦いが、生きるために強くなるというよりかは周りの環境のせいで半ば強制された戦いであることを思い出す。ミーナを獄蓮の迷宮に連れていったのは彼女が自分と別れても死なないよう最低限の実力をつけさせるためだったし、ヴァンスと戦うことになったのは彼にそう強制されたからだ。魔物の領域での戦いは悪いものではなかったし、魔力の効率的運用や魔力感知の機能の向上というべき点は強くなるという目的に合致していたが自分が自らを強く出来たと認識出来たのは迷宮から出てからというものあの一週間くらいなものだ。バルパは自分が何故だか弱くなってしまっている気がした。そしてどうしてそんなことを考えるのだろうと思い、そしてすぐに答えを出した。それは自分が色々な人間と関わるようになったせいだ。

 元はミーナの同行を拒否できなかったから、それからはなし崩し的に『紅』とヴァンス、スースという知り合いが増えてしまい、必然本来通り凌ぎを削り一分一秒を惜しみ戦闘し続けるということがなくなってしまった。そしてそれをそこまで悪いとも思っていない自分が嫌だった、そういえば少し前にミーナとどこかで暮らして……などと考えてもいたなと自分のバカさ加減を笑う。

 魔物と人間は本質的に相容れない、それは人間の住む場所に来て良くわかった。人間である亜人すら許容出来ないような人間が、一体どうして魔物などという異形の化け物を認めるというのだ。

 バルパは強い、この辺りにいる人間のほとんどは彼に対抗できない。しっかりと人間の実力を確かめ、人間と生活をしてきた彼には自分の強さがはっきりと理解できている。

 だが人間はしつこく、そして純粋な強さとはまた違った強さで人を従えようとする。奴隷、その存在がバルパの頭の中にしつこく残っていた。

 ただ強いだけではダメだ、仲間を揃える必要もある。バルパは以前自分がそう考えていたことを思い出す。それは決して間違ってはいないが、あくまでも自分が人間達の中で人間に対抗しようというある種矛盾を孕んだものを求めたが故の意見だ。そもそも強大な敵と戦わずに済む迷宮のような場所で暮らすならばそんな選択を取る必要はない。 

 バルパはミリミリ族という、戦闘能力が何よりも尊ばれる部族の存在を知った。彼らに自分がゴブリンであることを伝えはしなかったが、おそらく彼らなら自分がゴブリンであるとしてもなんら抵抗なくそれを受け入れるだろう。

 彼らのような部族が、元魔国である海よりも深い溝の先にはたくさんいるのだという。そんな場所で自らを研鑽しながら、自らと肩を並べられる者達と共闘する。戦っていけばミーナやルルの時のような絆も出来るだろうし、そうすれば仲間を作るということも可能になる。仲間は居なくても構わないと考えるバルパが魔国で仲間を作るのが正しいのではないか、そう考える理由は亜人と人間の間のわだかまりにあった。

 人間は勝った、つまり強者だ。亜人と魔物は負けた、つまり弱者だ。だがその関係はいつまでも続くものだとは限らない。弱いものが弱いままでいなければいけないなどというルールは存在しないのだ、そんなものがあれば自分はとっくのとうに死んでいる。

 バルパは正直なところ人間があまり好きではない、自分が殺されかけたのは魔物より人間の攻撃であることの方が多かったし、人を人とも思わぬ考え方や亜人への対応なども見るとその気持ちはより強くなった。人から学ばねば強くなれぬとわかっていたから学んでいただけなのだ。

 亜人や魔物を助けたい、とは思う。だが弱者の救済は彼の将来的な目標ではあるがそれにかまけて死んでしまっては目も当てられない。だが放置していれば彼らはどんどん人間の好き放題にされ、殺され、全てを奪われてしまう。

 問題は亜人だけではない。ミーナの問題もある。彼女を連れることはもう曲げないつもりではあるが、彼女を守りきるには強さがいる。もっと、もっと強くならなくてはならないのだ。ある程度強くなった自分が更に強くなるのには、それだけの時間と強敵が必要だ。

 ヴァンスとの関係もある。人間に正体をバレないようにしなければならないという懸念も残っている。

 考えなければならないことが多すぎた。バルパは全てを投げ出したい衝動から思わず上体を起こす。

 迷宮の中にいるときはもっとシンプルだった。自分以外の魔物が殺されようがなぶられようが知ったことではなかった。ああ、迷宮の弱肉強食の理が懐かしい。あそこならば群の強さや人間のような複雑な強さなどない。重要なのは個の武勇であり、勝てば強さを、負ければ死をという非常に簡単な結果だけが得られた。

 それと比べて今の自分はどうだろうか。

 強くならなければいけない。

 ミーナを守らなければいけない。だがミーナをゴブリンである自分が守るということ自体が危険を誘発してしまうためこれには非常な困難を伴う。全てを守るには更なる強さが必要だ。もし二人でのんびりと暮らしをするのなら、それはきっと自分がヴァンスよりも強くなってからのことになるだろう。

 亜人を助けたい。

 人間の暴挙を止めたい。

 バルパはマルチタスクというものが著しく苦手だった。何かに集中しようとすればそれにばかり傾注してしまい他が疎かになる。

 なんとかこれら全てを満たせるようなものはないだろうか。そう考えて真っ先に思い浮かんだのはミーナの実力が更に伸び、自分と肩を並べられるくらいになり、二人で強くなり続けてから亜人達を助けるということだ。彼らを助ける前提として自分達の命を守ることもあるが、圧倒できるだけの力を得ていればそこは気にする必要がない。

 だがそもそも自分がヴァンスほど強くなるには、そしてミーナも同様に強くなるには莫大な時間がかかる。その間に自分の存在が世界にバレるかもしれないし、その間にも人間達は亜人と魔物を攻め立てているだろう。 

「……堂々巡りだな」

 再びベッドに横になり枕の位置を調整する。究極的には答えはシンプルなはずなのだ。自分が最強になって全部を守れば良い。だが時間、そこへ至るまでの行程、全てがバルパの足取りを鈍らせる。

 考えてみても答えは出ない。

 それならばやはり当初の予定通りミーナと共に魔物の領域へ行き、そこで色々なものを見聞きしながら強くなるのがマシかとバルパは最終的な判断を保留にしてそのまま目を瞑った。

 自分は人間の数という強さを得ようとも思っていた。だが自分は数の力となりうるたくさんの人間と出会い、数の強さとは即ち弱さでもあるということを理解した。数が増えれば揉め事は増え、考えねばならないことは増え、そして自分の行動は制限されてしまう。数の強さはそういったデメリットを全て甘受して初めて得られるものなのだ。自分はデメリットを受けるばかりで、メリットはヴァンスとスースという強者を味方の側につけられたことぐらいだ。そこはぐらいという言葉では片付けられないほどに大きいこともわかっていたが、彼らを味方にしても自分の強さが上がる訳ではないのだから彼としては内心複雑なものがあった。

 バルパは今日も一日、自分とミーナが死なずに済んだことに安堵を覚えながら再び休息兼思考の時間を再開した。

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