思っていたのと
「こちらです、どうぞ」
行きがけに名前をミランと教えてくれた奴隷が扉を開く、すると中の豪奢な様子がすぐに視界に入ってきた。
部屋の中は以前ヴァンス達が泊まっていた宿よりも少し広いくらいだった。馬の顔の剥製や顔を切り取った熊の全身の毛皮が壁に貼り付けられており、その向こうには羽ペンを動かしながら茶色い紙に何かをカリカリと書き続けている男の姿が見える。
彼が書き物をしているのは光沢のあるテーブルの上だった。少し黒ずんだ雰囲気のある逸品のそれには、見えにくいが薄いガラスのような透明なものが敷かれている。
男の年齢は若い、アラドよりは年上だろうがヴァンスよりは確実に年下だ。
「うぅーん……」
何やらぶつぶつと喋ったかと思えばうんうん唸り出したりしており、やってきたバルパとミランに気が付く様子は微塵もない。
バルパはとりあえず彼の執務室に入り込むと、テーブルに手を伸ばし男の持っている羽ペンと紙の間に手を差し込んだ。
「なるほど、つまりこれがこうであれがそれで……ふむふむ」
すると男はまるで気にした風もなくバルパの手に文字を書き始めた、バルパはそれをしばらくの間黙って受け入れる。
「なぁ、この男はいつもこうなのか?」
「……はっ、ちょっとティビー様っ⁉ お客様、お客様ですからーっ‼」
ミランがわちゃわちゃと慌てながらティビーの側面に回ろうと小走りになってかけた。その顔に自らの意思を誰かに踏みにじられることへの絶望は見えない。どうやらそこまで粗雑な扱いは受けていないようだった。
「ふむ、道理でここの税が少し少なくなってたはずだ……あれ、消えない?」
ティビーという男がバルパの手に書かれた文字を二重線で消そうとするのだが、バルパの手は紙ではないので当然全然消えなかった。
「どうして……あれどうしたのミラン、そんなに慌てて」
「ティビー様、ペン、ペンッ‼」
「ペン……あれ、なんか紙が肌色?」
「それは紙ではない、俺だ」
「へ? ………あれぇええええ⁉」
なんだか気が抜けたなと思いながら、バルパはなんとか主人のリカバリーをしようとしているミランに手をごしごしと拭かれた。
「いやぁ、お見苦しいところをお見せしました。恥ずかしながら集中すると周りが目に見えなくなるタイプでして……」
「いや問題ない、紙の気分を味わえたのは初めての経験だったからな」
「……あれ、これ僕大分遠回しにディスられてます?」
何を言っているのかよくわからないティビーの横ではミランがすみませんすみませんと頭をすごい勢いでブンブン振っていた、彼女から送られて風が少しバルパにもかかる。少しだけ良い臭いがした。
「奴隷を見せて欲しいんだが」
「あ、はい大丈夫ですよ。このままでは風聞が悪いですしお安くしときます」
「大丈夫だ、買うつもりはない」
「……え?」
ティビーは自分の横でブンブンと頭を上下させているミランに近づいた、主の接近を視認すると彼女はスッとティビーに顔を近付ける。
「ねぇミラン、これ僕バカにされてると思う?」
「浅学非才の身なのでわかりません」
「その言葉は何かあったときのために僕が教えたはずなのに、まさかそのキラーパスが僕目掛けて返ってくるとはなぁ……」
若干遠い目をしてからしっかりと意思を持った瞳でバルパを見つめるティビー。彼の黒い瞳がその黒髪と一緒になって揺れた。
「まぁ良くわかりませんけど……どんな奴隷がお好みですか?」
どうやら強化した聴覚で全ての話を聞いた感じ、奴隷商店にやって来たら奴隷を買わなくてはいけないようなルールがあるらしい。
「奴隷は買わなくてはいけないのか?」
「いえ、まぁそういう訳ではないですが……あ、もしかして奴隷のレンタルをお求めですか?」
奴隷は貸し借りも出来るものらしい、それを聞いて本当に物と同じなのだなと改めてバルパは少し物悲しい気分になった。だがそれならばどうして目の前のミランはそこまで悲壮な顔をしていないのだろう、バルパにはそれが気になった。
「話を聞かせてくれ、奴隷のことを色々知りたい。買うか買わないかを決めるのはそれからでも構わないか?」
「あぁ、初見さんだったんですか。納得です、僕に出来ることなら幾らでも話しますよ」
バルパはティビーに奴隷についてのあれこれを教えてもらうことにした。




