奴隷商店
「結局何があったんだ?」
「壊れかけの魔法の品が一つあっただけだった。ほとんど使えない状態だったから気付きにくくなってたんだ」
「そうなんだ」
バルパはミーナに自分が見たエルフの死体のことを言うか少しだけ迷って、隠す意味も無い気がしたので伝えてしまうことにした。
「それと、エルフの死体があった」
「……え?」
「死んでから大分経っていたな、なんでダンジョンの中に綺麗な状態で死体が残っていたのかはわからないが……」
「地下にそんなものがあるなんて、ダンジョンってホント良くわかんないね」
「そうだな、俺もダンジョンで産まれた訳だし」
「あ、やっぱりそうなんだ」
そういえば自分が翡翠の迷宮で産まれたことも伝えていなかったな、とバルパは実際に口に出してから思い出した。
「で、それから勇者を殺してあげたんでしょ?」
「…………ヴァンスに聞いたのか?」
一瞬息をするのを忘れ、一体どこからその情報を得たのだろうと考える。そしてそんなことを知っている人間が良く考えると一人しかいないことに気付き、すぐに情報漏洩の犯人を割り出した。
「……うん、毒で死にそうになってたのを殺してあげたんだって」
「その時の俺はそんなことを思ってはいなかった」
ミーナはおおよそのことしか知らないらしかった。どうせ知られてしまったのなら全て話してしまえとバルパはとりあえず自分なりに話をすることにした。この情報でミーナが危険に曝されると思い今までは隠していたのだが、ヴァンスが言ってしまったということはそれほど危険ではないということなのだろう。それなら全部言ってしまって、ミーナが幻滅して離れてくれれば儲けものだろうというくらいに考えながら階段への道を歩いていく。
「俺はただ勇者という強い存在を殺そうとしただけだ、そうすれば強くなれることを本能で理解していたからだ。そして結果として殺した時に彼が俺を認める形になり、無限収納を受け継ぐことになった。だから勇者の後継者などという言い方は正しくないし、俺もそんなものになるつもりはない。生き残ることで毎日がいっぱいいっぱいだからな」
「ふぅん……」
ミーナの反応は別段激しいものではない、それがバルパには不思議だった。この世界における英雄である勇者を殺したのだから、普通は憎しみや怨みでも向けられそうなものだ。
だが冷静に考えれば自分がミーナと一週間ぶりに再会したその瞬間、彼女は自分が勇者を殺したということを知っていた上で会いに来てくれたはずなのだ。そしてさっきまでも自分を勇者殺しだと知った上で一緒にダンジョンに入ることを選んだのだ。
やはり人間というものはよくわからない、バルパがそう思ったときだった。
「じゃあ私は、勇者様が死んだから生きてられるんだね」
「まぁ、そうなるかもしれないな。俺は勇者を殺さなければ今ごろ翡翠の迷宮で殺されていただろうからな。或いはミーナに殺されていたかもしれないし、ミーナを殺していたかも……」
「冗談でもそんなこと言っちゃダメだよ、バルパ」
「……すまん」
「……許す」
転移水晶に触れる前に、なんとなく二人で同じ段差に座った。少なくともこれが人目のある場所で話して良い内容でないことは流石のバルパと言えど理解できている。
そういえばエルフの死体の話は流されてしまったなと考えながら段差になっている石段にあった砂を拾い上げた。キメの細かい砂がサラサラと手からこぼれ落ちていく。
「それじゃあさ、今日一日休んで明日から行こうか? 魔物の領域」
「……ああ、それが良いだろう」
ミーナは結局最後までバルパのことを責めたり、別れようと切り出したりすることはなかった。ならばその詳細を聞くことは野暮だろうとバルパは黙って立ち上がり、ミーナに続いて転移水晶に触れた。
バルパはミーナと迷宮の外で別れ、気ままに散策をしてみることにした。基本的には同じ宿を取り同じ釜の飯を食う仲間とはいえ、たまにはこういう時間も必要だ。
以前ヴァンスに連れられて少しだけ歩いたのを除けばほとんど宿と迷宮に繋がる通用門とを往き来するだけだったバルパからすると、街の中にある店というのはどれもこれも新鮮に見える。
屋台で串焼きを買い歩きながら食べる。露店の使えそうにない品々を見ながら魔力感知を使っていると、銅貨一枚で売られている錆びた包丁からほんの少しだけ魔力を感じられた。鑑定をかけても出ないから売れ残っているのだろうと銅貨二枚ほどでそれを買い取る。ホントならもう少し払っても良かったのだが下手にお金をあげすぎるのは良くないと聞いていたためにほんの少し支払い料金を上乗せしただけだったのだが、売り手のおばあちゃんはそれでも喜んでいるようだった。
露店のある中心街を抜ければ高級そうな建物の街並みが見えてくる。先ほどまであばら屋や簡素な石造りの家だったのと比べる急に家のランクが上がっている。
バルパの目的地はそんな高級住宅街にあったため、執拗に巡回している衛兵を話と銀貨による交渉で納得させてから西側にある所謂貴族街というやつに足を踏み入れた。
錆びた包丁を買った露店のお婆ちゃんから聞いた場所はかなり一般区画に近い場所にあった。恐らく金を持った平民でも気兼ねなく利用できるような立地を選んで営業を行っているのだろう。
あまり探さずともすぐにわかったその店は、見た目は普通の商店となんら変わらない。だがここは奴隷商店、奴隷を金で売り買いするための店だ。
この中で一体どのようなことが行われているのだろう、バルパはそれを確かめに来たのである。色々考えたいこともあったから一人でやって来たバルパは、少し緊張の面持ちでドアノブを握った。目の前に掲げられている看板にはザガース奴隷商店とデカデカと書かれている。一度息を吸ってから、意を決してドアを開いた。
バルパは自らの好奇心と少しのやり場のない思いから、生まれて初めて奴隷商店の門を叩いた。ドアを開くと同時、店の中へと入ろうとする彼目掛けて人間がやってくる。
いや、人間ではない。自分へ向けて小走りで駆けてくる彼女は人間ではない、なぜならその首には奴隷であることを示す隷属の首輪が付けられているのだから。
バルパは怖気立ちながらも、彼女の勧めに従い店主のいる部屋へと向かうことにした。




