うまい
「え、魔法使えるんじゃないの? だって魔力感知使えるんでしょ?」
「使えるわけではない、なんとなくわかるだけだ」
「んー……まぁそういう事もあるのかな、剣士は一合打ち合わせただけで相手の全部を見抜くって考えたらそこまでおかしなことじゃない……か。良いよ、じゃあ……はい」
ミーナは掌を彼に向けて差し出した、何をすれば良いかわからない彼は盾をしまい自分の手をその上に置く。
「だーっ、そうじゃねぇって‼ 金子だよ金子、貰うもん貰わないとそんなこと出来ないっつってんの‼」
金子というものがなんなのか、彼にはさっぱりわからなかった。袋に手を当て金子と念じると五種類の物が出てくる。上から数が少ない順に並んでいるということがなんとなくわかる、その内真ん中にあるものを一つ取り出した。
左の手のひらを開いてみると、中から金色の丸い物体が現れた。ああ、これが金子なのかと彼は一人納得する。これもまた彼がまったく使い方の理解出来ない物品の一つだった。キラキラと輝く平たい物体は綺麗ではあるが使い道はない。脆くて指で簡単に潰せてしまうし精々が相手に見えるように投げて注意を逸らすくらいにしか使えないと思っていたのだ。こんなもので魔法が使えるようになるならいくらでも渡してやろうと名も無きゴブリンはそれを呆けたように自分を見つめているミーナの手に乗せた。袋の中にはこれがまだまだたくさんあったし、これより少ないものも多いものもたくさんあった。これが無くなったら他の金子を使えば良い。
「え、これ……金貨……?」
「む、それだと足りないか?」
「んなわけないじゃん‼ うわすっご、え、ホントにくれるの? 金貨? ……マジで⁉ 返せって言われてももう遅いぞ?」
跳び跳ねんばかりに喜んでいる彼女を見て名も無きゴブリンはやはり人間を完全に理解することは不可能なのではないかという気持ちになった。こんな薄くて平べったいものがどうやら彼女には大層価値のあるものらしい。これをあげれば大人しくしているのなら別に殺さなくても良いのではないかという気にもなってきた。魔法というものがそう簡単に使えるとは思えなかったからだ、使えないうちに殺してしまうより使えるようになるまで
この金子をやれば良い。これをあげたら目の前の人間は喜ぶのだから。
「いやぁ、やっぱ持つべきものはボンボンの友達ってか⁉ こんだけあればしばらく仕事せずに遊んでられる……」
彼女の声を遮ったのは、彼女の腹から出てきたぐぅという情けない音だった。
「あ、あのさ。ものは相談なんだけど……ご飯奢ってくれない? 収納箱持ちなんだろ、あんた。食事代はこの金貨から差っ引いて良いからさ」
金貨から引くというのが意味がわからなかったが、名残惜しそうな顔をするミーナが憐れだったので肉くらいなら出してやると言ってやると彼女の調子は元に戻った。肉など腐るほどある、というか有りすぎて実際腐っているかもしれない。食べるものを出すくらいならば問題はないだろうと自身お気に入りのアイスワイバーンのブロック肉を取り出す。
「うひょっ、肉じゃん肉‼ すっご、おっきぃなそれ‼ ていうかあれ、薫製じゃなくて生……ってことはそれ遅延機能持ちなんかよ‼ やっぱあんたえげつない金持ちだなぁ、肉なんて食べるといつぶりだろ。……なぁ、これ純粋な善意から言うんだけどあんたちょっと無防備過ぎるぜ? アタシが良い奴じゃなかったら徒党組んであんたの持ってる物奪いに来てるもん絶対」
「そんな素振りを見せたなら殺すだけだ、俺はお前より強い」
「うーん……面と向かってそう言われてもあんまり怖くないあたり、アタシもあんたに慣れてきたってことなのかなぁ……燃えるもんくれよ、魔力もある程度戻ってきたし焼くのはアタシがやるからさ」
燃えるということがどういうことなのかは火の玉や火の蛇を見て知っていたために、名も無きゴブリンは袋から以前一度だけ着た革鎧を取り出した。
「これを使え」
「馬鹿じゃないの⁉ 燃えるもんって言われてなんで鎧を出すのさ⁉ いや確かに燃えるけども‼」
「一つでは足りないと言うことか?」
彼は袋から五つほど革鎧を取り出して全部燃やして良いとミーナの方に押しやった。
「だぁ違うって‼ なんで一個じゃ足りないって発想になるのさ、こんな高いもん勿体無いって‼ 布と枯れた木の枝があれば十分だって‼」
袋に手を当てて枯れた木の枝と念じると頼りなさそうな槍が出てくる。ミーナの方を見るとそうそうそれで良いという顔をしたのでそのまま十本ほど取り出し全部彼女にやった。突き返された革鎧を袋に入れ直し、これも燃えるだろうにと不思議な気持ちになりながら適当に布を取り出した。グルグル巻きになった白い槍のようなものが出てくる。使えと渡そうとするとミーナは大きく息を吸った。
「絹の反物を燃やすなんて出来るわけないだろうが‼ 馬鹿‼ 考えなし‼ スカポンタン‼ ボロくてどこにでもあるような布だよ、ここまで言われなくちゃわかんないのか⁉ ていうか木の枝で良いよ、あんたは木の枝だけ出して‼ このままじゃ魔法の品燃やすとか言い出しそうで怖いから‼」
彼女に木の枝をポイポイと放り投げてから見守っていると、枝を一ヶ所に集めて小さな山を作った。枝から少し離れると指先から火を出し枝に飛ばす。
以前見たものとは違うが、あれも間違いなく魔法の一つだ。枝が燃えたのを確認すると彼の手から肉をひったくり、それをどこからか取り出したナイフで小さく切って燃やさずにとっておいた枝に刺していく。
それを火の近くに置いてから時々枝の位置を動かしたり火の勢いを強めたりしている彼女の顔は真剣だった。名も無きゴブリンはすることもなかったので段差に腰掛け、その様子をじっと見つめていた。オレンジ色の光が反射していつのまにかフードを下ろしていた彼女の銀の髪が薄紅に光る。何をしているのかはわからなかったが、良い匂いがしてくるとそんなことはどうでも良くなった。食べたいという気持ちで思わず立ち上がり、火の前にまで歩いていく。串を手に取ろうとするとピシャリと手を叩かれた。
「まだ焼けてねぇよせっかちだな。……あ、そうだ、塩あるか?」
塩の入った袋を取り出し渡す、するとミーナはすまなそうな顔でそれを受け取る。
「……なんかゴメンな、頼りっぱなしで」
「魔法を教えろ、あれは強くなるために必要だ」
「そんな金のかかる装備して、色んなものいっぱい持ってて、それでも強くなりたいのか……あんたみたいなのがホントに強い人ってやつなんだろうね。アタシとは大違いだ」
「なぁ、もう良いか?」
「……もうちょっと待ってなって、生焼けで食べても血の味ばっかで美味しくないんだからさ」
もう良いか、まだダメというやり取りを幾度か続けてから彼女に良判定をもらった串を受け取り口に含んだ。
まずくない、とってもまずくない。そう思った。血の味も悪くないが、この口の中をピリピリと走るような味もまずくはない。
「うまっ‼ これめっちゃうまい‼ もしかして牛肉だったりする⁉ うわぁすっごい良いもん食べちゃったなぁ、舌が肥えちゃいそうで怖いよ」
これをうまいと言うのを知った、まずくないという言葉を使うよりもそっちの方が適切である気がした。
「うまい」
「お、あんたもそう思うか? ……って、あんたが出してくれた肉なんだから当たり前か」
「ああ、うまい。まずくないから、うまい」
「なんだそれ、あんたやっぱり変な奴だな」
二人は串に刺さった肉を食べきってはまた新たに肉を刺し塩を振り、そして焼いた。刺しては焼き刺しては焼き、気がつけば手に収まらないほどの大きさの肉は跡形もなく消えてしまっていた。