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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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もう一度

「本当の意味での魔物の領域とは一体、どういう意味だ?」

「あ、うーんえっと…………バルパはさ、星光教のことってどれくらい知ってる?」

 星光教のことは以前ヴァンスから聞いていた。人間以外の全ての生物は魔物であると謳い、人間こそが至高であると言い伝えている宗教のことだと。宗教の意味はよくわからなかったが、人間を一番上に置こうとする教えのようなものがあるということは彼にも理解出来た。

 そう伝えるとミーナがうんと頷く。

「そうそう、大体そんな感じ。でさ、星光教の人間は海よりも深い溝(ノヴァーシュ)よりも東を全部魔物の領域って言ってて、国もその言い方を認めてるんだけど、でもそれって実は正しい分け方じゃないの」

 ミーナはバルパに噛み砕いてわかりやすく教えようと言葉を選んだ。

「本来の言い方だと海よりも深い溝のことだけを魔物の領域って呼ぶの。それでこの大きな境目を越えて亜人と魔物達が暮らす世界があって、そっちにはそっちで色んな名前が付けられてるんだ。バルパは星光教が魔物って一口に言ってるものにも種類があるのはわかる?」

「亜人、それから普通の魔物だろう」

 魔力感知の新たな能力が発現し本来の分類に違和感を感じるバルパではあったが、一般常識に従ってそう答える。

「そう、あとは魔物を二種類に分ければ完璧。つまり知恵のある魔物と、知恵のない魔物だね」

 ミーナが言うことには、海よりも深い溝、つまり魔物の領域は知恵のない魔物がそのほとんどを占めているが、そこを抜けてしまえばその先では三者が三様にしのぎを削る紛争地帯が広がっているのだという。亜人・知恵のある魔物が国や集落を作り、それを知恵のない魔物達が本能に任せて襲おうとする。魔物達の度重なる侵攻のせいで彼らはまともな文明を築くことが難しく、その生活はひどく質素なものであるらしい。その話を聞いてバルパはミリミリ族のあの侘しい生活のことを思い出した。

「だけどその内の二つ、亜人と知恵のある魔物を取りまとめて知恵のない魔物達を駆逐し、一個の大きな国を作った人がいたんだ。その魔物こそが魔王、まぁその辺りの詳しい情報は私も知らないんだけどね」

 今から少し前、自分が勇者を殺すよりも前に魔王は亜人と魔物達を総動員し人間界に攻めこもうとしたらしい。その企みを事前に察知し、魔王を直接叩こうとしたのが勇者スウィフトだった。そもそも向こうに出来た国は魔王のカリスマでもっているような所が大きく、魔王さえ殺せばあとは烏合の衆になると考えスウィフトは果敢にも単身で魔王の国、魔国へと攻めこんだ。そして彼は魔王をたった一人で倒してしまう。魔国はそのまま内部分裂を起こし今は各地で小規模な国家や部族が乱立している状態。そして勢いに乗る人間側は勇者という旗頭こそ失いはしたがまだまだ団結力も士気も高い。彼らは今現在進行形で魔物の領域を開拓し、その向こう側にいる亜人と知恵ある魔物達の場所へ向かおうとしている。敗戦国の国民となり、散り散りに別れることとなってしまった彼らから全てを奪うために。

「……そんなことになっているとは知らなかった。亜人を見たことがないのはそのせいだったのか」

 亜人についてはルルから良く聞いていた。森の中で精霊と共に生きる種族であるエルフ、活火山の麓で火と共に暮らす種族であるドワーフ、その見た目から星光教が血眼になって欲している一対の翼を持つ天使族等実に様々なものがいるらしい。子供を産んだらすぐに妻を殺したり、腹の中に宿る子供のために夫を殺して栄養を蓄えたりするようなものもおり、それらの生態は人間よりも寧ろ魔物に近いと彼女は言っていた。

 だが魔物に近かろうと彼らもまた日々を生きる生き物である点に変わりはない。少々風習が違おうが、こちらから見て非常識なことをしていようが、向こうとこちらを対等と思い接そうとはしないあたり星光教とは碌でもないものなのだなとバルパは宗教というものの印象を悪くした。

「亜人のいる場所まではまだあんまり行けてないから今ザガ王国にいる亜人の奴隷達はほとんど敗残兵だけど、一回魔物の領域を越える国や軍隊が出てきたらあとは速いと思う。多分全部の亜人が、男は技術や技能を無理矢理奪われ使わされ、女の子は酷い目に遭うことになる」

「奴隷とはなんだ?」

「うーん……無理矢理言うことを聞かせる魔法を体に入れられた人間のこと、かな?」

 そんなものが存在していいのかと彼は思わずミーナに食ってかかりそうになった。だがミーナはあくまで事実を伝えてくれただけだ、彼女に非は何一つない。

 奴隷は女の方が価値が高く、男の方が低いそうだ。バルパは小刻みに膝を震わせた。

 また金だ、価値が高いだの低いだのと人間は同じ生き物まで金を使ってなんとかしようとする。そもそも意志のある生き物を金でどうにかしようとする考え方自体がバルパにはひどくおぞましいように思えた。金でどうにかされる側の気持ちを考えはしないのだろうかとバルパは人間という生き物の業の深さを感じずにはいられない。

 なぜ女の方が価値が高いのだろう、そう考えてバルパは女は時として死すら生ぬるいと感じる拷問を食らうことがあるとルルに聞いたことを思い出した。もしもスンファが死よりも辛い目に遭うのなら……そう考えると気分が落ちこんだ。

 ミーナから更に事情を聞くバルパ。彼女の言葉とルルから仕入れた知識、それからヴァンスの偏見を吟味しながら情報を取捨選択していく。

 魔物の領域と直に接している国はザガ王国だけではない。海よりも深い溝が国土と接している国にはもう一つ、ゲフュロス帝国と呼ばれる国もある。今はこの二国が率先して魔物の領域を開拓し、そして更にその先にある亜人と魔物が築き上げてきたものの全てを狙っているらしい。対魔王で同盟関係を結び戦後の取り決めとして入植を条件としていた他国、一旗揚げようと領土の切り取りや建国を狙う冒険者、そしてまだ見ぬ技術や物品を奪わんと集る技術者や商人達。魔物の領域は今や彼らにとってフロンティア、自らの欲望の全てを満たしてくれる最前線なのだ。ミーナの言葉だけでは完全に事情が飲み込めたとは言いがたいが、それでもかなりの情報を得ることが出来た。そもそも歴史に全く興味の無かった彼女がここまで知識を得ているということは、スースから学んだに違いない。だとすればそれはきっと、ミーナが自分のしたいと思っていることを理解してくれていたが故の行動だろう。

「……」

 バルパは自分の足を見ながら考える、今彼女が教えてくれた値千金の情報の意味を。亜人というものがミリミリ族のような者達のことを言うのなら、亜人と人間は本質的には同じ種類の人間であるはずだ。バルパの魔力感知は人間と魔物を区別する。そのバルパの力は彼に、ミリミリ族は歴とした人間であるという事実を教えてくれた。この能力はリンプフェルトに帰ってきてから普通の人間相手にも何回か使いその能力把握は終えているために疑念はゼロとは言わずともほとんどない。

 同じ人間が、同じ人間同士を食い物にしようとしている。それだけでは飽きたらず魔物と、彼らが暮らすその土地、そこへ続く領域すら彼らの欲の対象だ。少なくとも元魔国の者達は物、場所、そして生命そのものといった生き物にとっての全てがいつ人間達に蹂躙されるかわからない危険な状態にあるのだ。

 魔国が戦いに負け、人間が戦いに勝った。そう考えればこの現状は納得の行くものなのかもしれない。だがそこに、自分が求めるものはあるのだろうか? ただ虐げられ全てを奪われる未来に、掴み取るべきチャンスなどというものが転がっているのだろうか?

 彼にはわからない、何が正しいのかも、何が間違っているのかも。 

 顔を横にズラす、すると先ほどからずっと自分を見つめていたらしいミーナの顔が正面に見えた。

 どうして彼女はこんな残酷な事実を自分に教えてくれたのだろう、そんな考えるまでもないことを改めて考えるバルパ。だが考えなくてもその理由はわかった。目の前のミーナという少女は、自分のことを少しばかり美化し過ぎているきらいがある。心優しい彼女は自分に何を求めているのだろうか。弱きを助け強きを挫く、そんなどこぞの勇者のように自分を英雄視しているのだろうか。

 だとすればとんだお笑い草だ。自分がしていることは弱気に強くあることを求め、自らと同格かほんの少し強きものに辛勝を得ることなのだから。弱者に救済を、バルパがそう考えるのはきっと自分もまた絶望の淵から勇者スウィフトにより引き上げられた者だからだ。断じてそれはセンチメンタリズムではないし、弱き者に無条件で手を差しのべるような優しさではない。

 だがミーナがバルパを見る目は輝いている、まるで彼が何をしようとしているかなどお見通しだとでも言いたげに。

 バルパは上を向いた、だがそこにあるのは天井だけで、はるかな青い空などどこにもない。ミーナもいずれ気付くだろう、自分が全てを覆う快晴の空ではなく小さく周囲を閉鎖する天井でしかないことを。

 だが今は、彼女が自分のために努力を重ね、慣れない勉強まで頑張り、そして健気に自分のことをおもってくれている今の間は、彼女の理想の騎士様になるというのも悪くないように思えた。彼女の見ている自分と本来の自分には相違点もあるが、それ以上に共通点も多い。

 これからの旅路で彼女に現実を理解させ、自分は自分でしっかりと芯のようなものを見つけることが出来ればそれが最良であるようにバルパには思えた。

 握りしめていたベッドのシーツを放してから立ち上げる。そのまま数歩ほど前進し、しまっていたボロ剣を取り出した。左手に緑砲女王を構え戦いの準備を万端整えてからくるりと後ろを振り返る。

「色々と考えることはある、が……まずはミーナの力を見よう。魔物の領域に入ることが出来るだけの実力があるかどうかを……な」

「…………っ、うんっ‼」

 ミーナがバルパの後に続いた。それを確認してからバルパは一週間ぶりにとある迷宮を目指すことにした。

 ミーナが己の無力を噛み締め、バルパがミーナと別れることを決めたあの獄蓮の迷宮へ向けて……二人は歩き出した。

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