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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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魔物の領域

 ミリミリ族にとって幸運なことは、基本的に何事にも頓着しない魔物であるルーガルーに助けてもらえたことだった。そしてミリミリ族にとって不運なことは、ルーガルーが戦いの最中に人間の血肉の味を覚えてしまったことだった。

 ルーガルーはドラゴン達の空からの攻撃により弱体化してしまったミリミリ族に苦渋を強いた。魔物からすれば強者が弱者を食らうのは当然の事実だ、そうだとわかっていても、その話をスンファから聞いたときのバルパは心中穏やかではなかったという。

「そして結局ミリミリ族が途絶えてしまわないように数を制限しながら、ルーガルーは年に一度年若い者達を生け贄として献上される代わりに彼らを守る契約を結んだのだ。ミリミリ族はその契約を受け入れた。故に俺が彼らと遭遇した時、彼らは緩やかな衰退の道を進んでいた」

「……でもさっ、でもさ、バルパはそのなんとかっていう強い魔物を倒したんだろっ⁉ それならもうミリミリ族は平和に暮らしていけるんじゃないのか?」

「ああ、緩やかに滅んでいくのならば激動の渦中にあっても生き延びた方が良い。俺とスンファは、そういう所ではしっかりと意見が合ったからな」

 スンファはそんなミリミリ族の現状を憂う若者の一人だった。彼女はミリミリ族が守護神ルーガルーなどに頼らなくとも暮らしていけるだけの強さを得ようと日々躍起になっていた。そして戦士階級のトップ、戦士長になりミリミリ族の数少ない若者達を必死になって指導していたのだ。

 そんな折に現れスンファを倒してしまったバルパは、彼女からその全ての事情を聞き、そして苦戦の末にルーガルーを殺すことに成功した。

 だがその話をしている最中、バルパの顔色は決して良いものではなかった。ミーナがその理由を尋ねれば彼は返す。

「強者からの庇護がなくなればミリミリ族は以前よりも更に厳しい状況に置かれるだろう。そうすれば俺が今まで仲良くしてきた者達の命は奪われていく。もしかしたらルーガルーに滅ぼされるより早く全滅してしまうかもしれないし、こんなことになるならルーガルーの庇護下に甘んじていれば良かったと思う者も増えるだろう」

 バルパはスンファと意見を同じくし、そしてルーガルーを倒した。だがそれは長い年月をかけルーガルーに心を折られてしまったミリミリ族の皆からすれば異端の意見だっただろう。現に現状ではダメだと訴える彼女の意見は、族長からは否定されていた。森の道理に生きるのが我が一族の定め、それがたとえどのようなものであれ、今あるものを壊しては道理を破ってしまう。それが長い年月を魔物の領域という魔境で過ごし、自然と共に生きてきたミリミリ族達の総意だった。だがバルパは一族の面々の反対意見を無視し、スンファと共にルーガルーを討伐した。黙って死んでいくのなら、泥水をすすってでも生きて欲しいとそう思ったから。だが彼はそれと同時にこうも思ったのだ、ルーガルーを殺しミリミリ族を再び魔物の領域の過激な生存闘争に組み込むということは、相手の思いを踏みにじってまでやるべきことなのだろうか? 向こうがやらなくて良いと言っていることをこちらが正しいと思い断行する、そんな行為自体が間違っているのではないのか。 

 バルパは食事がやって来てもなお話を続けた。既にスープは覚め、煮込み料理からの臭いも減じてきているが二人が未だ料理に手をつける気配はない。

「強いものが正しい、それが魔物の基本的な考え方だ」

 魔物の知能にはかなりの程度の差があるが、それでも魔物という生き物は自らよりも強い相手に逆らおうとはしない。強いものに餌を取られても文句はつけないし、強いものに囮として扱われてもまぁそういうものかと納得する。その動物的な本能は、未だバルパの中に存在していた。

「そしてそれは人間も同様だ。強さの種類に違いはあれど、強いものはいつだって正しい」

 ヴァンスのすることは正しい、彼は絶対の強者だからである。故に貴族とかいう者であっても彼の行動を止めることは出来ないし、彼は好き勝手に生を謳歌することが出来ている。だが彼には家の中ではスースに負けるし、国王という人間はヴァンスに言うことを聞かせることが出来る。それはスースがとある点においてヴァンスよりも強いからだし、国王という人間が純粋な強さ以外の力でヴァンスを屈服させることが出来るからだ。

 力というものはいつだって正しい。それがこの世界の絶対にして唯一の摂理。

 だがバルパはこの考えに、物事を考えられるようになってからというもの執拗に頭をもたげてくるこの考え方について、かなり早い段階から疑問を持っていた。

 強いものは正しい、強さには種類があるとはいえその摂理からは何人たりとも逃れることは出来ない。強き者は弱き者を従え、弱者は強者に屈さざるを得ない。そんな当たり前を、バルパは当たり前だとは思いたくなかった。

 彼はもとは弱い魔物だ、最弱の魔物と呼ばれるゴブリンがたまたま死にかけの勇者を殺し、たまたまその持ち物を拝借し、そして戦うだけの力を持った強き者へと変わった。

 自分は強者だ、弱き者から奪っても文句をつけられないルーガルーのような強き者だ。ヴァンスのように基本的には誰からの支配も受けず、受ける場合でもあくまで自分流にという無理を通せるだけの力が自分にはある。

 だがそれと同時、バルパは弱かった頃、まだ魔法使い見習いの少年に殺されかけていた時の記憶がある。自分がただ他のゴブリンよりもほんの少しだけ強かった頃、明日をも知らぬ毎日の中で日々死へと恐怖と闘争本能だけで生きていたあの頃の記憶は、薄らいではいてもまだ自分の中に残っている。

 だからバルパはこう考えるのだ、自然の摂理に従う者が、一匹ぐらい居ても良いのではないだろうかと。弱き者の側に立ち、彼らのために戦う者が居ても良いのではないかと。

 それは正しいことではないのかもしれない、少なくともミリミリ族の人間の多くにとっては自分がしたことは過ちとしか見られないだろう。バルパが自分勝手にもルーガルーを倒したのはそうしなければミリミリ族には未来がないと考えたからで、それは彼らの心情を無視し自らが正しいと思ったことを強引に彼らに押し付けただけだ。彼は弱き者のために立ち、未来を作るための手助けをしたつもりだが、それを彼らがどう取るかというのはまた自分の中での正誤とは別の話である。

 初めは弱く、工夫して、必死になって、命をかけて生き延びて強くなってきた自分は、強者の論理と弱者の心情、そして弱者が強者になるための術を心得ている。バルパは自分のことをそう評していた。彼自身ある程度の実力はあろうとも、自らは未だ人間社会の中ではか弱き存在だ。そういう意味では彼もまだまだ弱者なのだ。 

 なんとかして弱者達に機会を与えたい、這い上がるだけのチャンスが全ての者に与えてあげたい。それは与えるという意味では上から目線ではあったが、その根源にあるのはバルパもまたそうやって与えられた側の魔物であり、自分が貰っただけの機会を他の誰かにも分け与えてやりたいという考えだった。

 そのためになら弱き者を谷に突き落としもするし、彼らにとって正しくないことでも自らの力に飽かせて強制する。

 弱い者の視点と強い者の視点を併せ持つバルパだからこそ、強い者として生きることがどれだけ素晴らしいかを現実に感じている彼だからこそそうしたいと誰よりも強く思えた。弱いことが罪であるこの世界で、強きあることが正しさとされるこの世界で、弱者が奪われ、泣き寝入りするだけしか出来ないことなどあってはならないと。

 もちろん自分の考えが絶対に正しいなどとバルパは思っていない。経験に乏しい彼はこれからも間違え、その度に後悔し、そして成長するだろう。ミリミリ族の一件を全く後悔していないと言えば嘘になるし、そんなことがあってはならないとも思っている。

 色々考え、色々な物を見て、そして本当の意味で自分がやれることを見つけよう。そしてその時までは自分が殺されないように、自分が弱者とならないように、そして弱者がただただ全てを奪われてしまわないように心がけながら生きていこう。

 それが今の彼の、嘘偽りのない感情だった。

 独白のうちの幾ばくかをミーナに溢してから昼御飯を急いで食べきるバルパ。ミーナは何か考え事をしているようで、彼女の食事を進める手はいつもより遅い。

 バルパが食事を終えると、ミーナは半分ほど食べたパンの残りをポケットに入れてから彼の部屋に来たいと言った。バルパはおとなしくそれを受け入れ、彼女を自分の借りた部屋へと招く。

 ベッドの端に座るバルパと、そこから少し距離をとって枕のあるあたりの位置に腰かけるミーナ。彼女は少しばかり自分の指先を見つめてから真剣な面持ちでそっと呟くように言った。

「それだったらさ……やっぱりバルパはもう一度、魔物の領域に戻るべきなんじゃないかな。ううん、もっと先、海よりも深い溝(ノヴァーシュ)を越えたところにある本当の意味での魔物の領域に」

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[気になる点] 誤字報告 だからバルパはこう考えるのだ、自然の摂理に【従う】者が、一匹ぐらい居ても良いのではないだろうかと。 ↓ だからバルパはこう考えるのだ、自然の摂理に【逆らう】者が、一匹ぐらい…
[良い点] 正しさの不確かさの一例を見れてよかった。 [気になる点] 自然の摂理に従うもの一人くらいいてもいいのではないか、って逆じゃないかと。 [一言] まだ途中ですが面白く読ませてもらってます。
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