ミリミリ族の悪魔
基本的にそれほど話が上手い訳でもなく、そもそも相手が会話に求めているものがなんなのかもわからないバルパが話すため、必然その形式はミーナの質問にバルパが答えるという形になった。
「ミリミリ族って人達があのスンファって女のいる亜人のグループなんだよね?」
「ちょっと待て、亜人とはなんだ?」
「人じゃないけど人みたいなかっこしてる生き物のことだよ、彼らのことは人の亜種だから亜人って言うの。あんまり良い呼び名じゃないんだけど、他に適当なものもないしね」
「なるほど……それなら俺は亜人なのか?」
「……うーん、わかんない。少なくとも私はバルパみたいな例は他に聞いたことがないし。そういうことはスースさんにでも聞いてよ、まぁしばらくは帰ってこないみたいだけど」
「そうなのか?」
「うん、さっきヴァンスさんが飛んでいっちゃったでしょ。二人と『紅』の四人は魔物の領域の魔物達を根こそぎ狩るように偉い人から頼まれてるんだってさ」
「ふぅん、ヴァンスなら嫌がりそうな話だな」
自分より弱い者と戦うのはつまらんと言っていた彼の後ろ姿を思い出すバルパ、彼の発言にミーナはうんと頷きを一つ。
「そうだよ、だから何度も何度も頼まれても断ってたらしいの。だけど今回は王様経由で話をされたせいで断れないように根回しされたんだって」
「よくわからないな、言うことを聞かせられるということは王様とはヴァンスよりも強いのか?」
「……うーん、そういうことではないんだけど……ってねぇ、気付けば私が質問を受ける側になっちゃってない? 私まだスンファのこと聞いてないんだけど」
「そうか、では好きに聞いてくれ」
いらっしゃいませというウェイトレスの声が響き、隣のテーブルに仕事終わりの大男のグループが座り込んだ。酒を注文しながらガヤガヤと騒ぎ立てる彼らにつられてミーナは声量を上げた。
「魔物の領域であのスンファさん達のいるグループと会ったのってどれくらい前?」
「ヴァンスに放り出されてから一日経ってからだから、多分二日目だな」
「で、なんであんな感じに尊敬されてたの?」
「それはさっきも言っただろう、彼らに定期的な生け贄を要求していたス・ルーガルー・スーを倒したからだ」
それからバルパはことのあらましを語った。彼が魔力感知をより効率的使えるようにと魔力の網の目をより細かく繊細にと訓練をしながら魔物を避け続けていると、彼の範囲の延びた魔力感知に五つほどの魔力反応があった。一対四で戦っているらしいそれが、一人の人間と四匹の魔物の戦闘であることがバルパにはわかった。
「なんでそんなことがわかったの? 一匹と魔物と四匹の魔物かもしれないし、五人の人間のいさかいかもしれないじゃん」
「それが俺が森にこもって新たに獲得した力の一つだ。魔力を大量に込めてからしっかりと意識をすれば、それが魔物なのか人間なのかがはっきりとわかるようになった」
「それは……魔力感知を使える人なら誰でも使えるもんなのかな。ダンジョンの中とかだと凄い便利そうだけど」
「そんなに有用な物というわけでもない。この力を使おうとすればその対象の周囲の魔力しか感知出来なくなるし、一度使うだけでもかなりの魔力を食う。魔力回復ポーションが使えるようになったとはいえ、バカスカと使うような魔撃でないのは確かだ」
「あれ、魔力感知は能力なんじゃ……ってまぁそれは良いか。で、それがあのスンファって子だったって訳だね?」
「全然違う、俺が助けたのはヨボヨボの老人だった」
「ありゃ?」
バルパはその老人を助け、そして彼の勧めに従い魔物の領域で細々と暮らすミリミリ族の暮らす集落へ向かい入れられ、戦士階級の代表であるらしいスンファと戦うことになったと伝える。
「いやいやいや、なんでいきなり戦うことになるのさ?」
「部外者を呼び込むのは掟に抵触すると彼女が言い張ったからな。それから実際に戦うことになり、そして俺が勝った。掟に従い俺のお嫁さんになろうとしたスンファが……」
「ストップ‼ ストオオオップ‼ 飛んだ、今五段階くらい飛んだ‼ お嫁さんって言った‼」
「だが俺が旦那様にはならないと言ったらそれが受け入れられた、ミリミリ族は強き者を絶対視する。ヴァンスがあそこに入ったらたちまち女は全員虜になってしまうだろうな」
ミリミリ族の人はリンプフェルトとは随分違った。皆がかなりの魔力量を持ち、息を吸うように魔法を使う。そして戦士階級と呼ばれる一定量以上の実力を持つ者達の狩猟と採取によって暮らしていて、その暮らしはこの街と比べると質素なことこの上ない。実際暮らしている間、何度今の自分に無限収納があればと思ったことかと語るバルパの姿は、ミーナに彼が魔物の領域でどれほど大切な経験をしたのかを想像させるに十分なものだった。
その後、ミーナはじっとして彼の話を聞いた。
人間よりはるかに強い彼らがそれでも忍んで暮らしていかねばならぬのは、今彼らが暮らす場所こそが彼らの絶対にして唯一の故郷であるからだということ。そしてそれ故に彼らは一族が全滅の憂き目に会おうが、最後の最後までそこで暮らしているだろうということ。ミーナは死ぬなら今すぐにでも出ていけば良いんだとバルパに訴えた、すると彼も自分も同じ思いだと伝えた。それを聞いてミーナは、彼の中に葛藤のような何かがあるのを確かに見た。
人間の暮らしとは一線を画す彼らの生活様式にミーナはあるときは度肝を抜き、あるときは嫌そうな顔をし、またあるときは憤慨した。彼女を怒らせたその原因というのが、ミリミリ族の守護神であるス・ルーガルー・スーに端を発している彼らの歴史であった。
ミリミリ族は強い、しかしその強さはあくまでも人間と比べればという話でしかなく、魔物の領域に生息する凶悪な魔物達と比べるとやはり見劣りせざるを得ない。まだスンファが生まれるより前のこと、ミリミリ族はレッドドラゴンを怒らせてしまった。まだ孵化する前の卵を部族の子供が盗み、それがドラゴンの逆鱗に触れてしまったのだという。レッドドラゴンは自らが従えるワイバーン達を連れミリミリ族の集落を襲った。彼らは強いが、空からの奇襲にはなす術もなくやられてしまったらしい。そしてあわや全滅かと言ったところで現れドラゴン達を蹴散らしてくれたのがス・ルーガルー・スーという大型の狸の魔物だった。そいつはレッドドラゴン相手に互角の戦いを行い、ミリミリ族の死体の散らばる集落でワイバーンを肉塊に変えながら奮戦したらしい。
そして戦いを終わらせミリミリ族を助けたその魔物は、ある程度の知能を有するユニークモンスターだった。そしてそいつは言葉が通じないなりにミリミリ族に自らの意思を伝え、彼らに助けた分の見返りを求めた。その内容というのが……女子供を年に一度ルーガルーに捧げるという悪魔の契約だったのだ。
 




