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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第一巻2/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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常識

 久しぶりに見るリンプフェルトは、バルパには酷く文明的な都市に見えた。ミリミリ族が生活をしていたのは暮らしやすいように土魔法で拡張された洞穴だったため、日の光が浴びる場所で人が伸び伸びとしているというだけでどこか新鮮な趣がある。

「そいっ‼」

 ヴァンスがリンプフェルトの街に入るとすぐにバルパを投げた。

「ちょ……ヴァンスさん、何やってんの⁉」

「男を腕に持つの気持ち良くないんだもん、あいつなんか固いし」

「そんな理由で人を投げちゃ駄目でしょ普通‼」

「俺は普通じゃない、だから問題ない」

「そういう問題じゃ……ないっ‼」

 ふんがーと憤慨しているミーナを放置しながら徐々に降下し、そのまま地面に降りるヴァンス。その横に空を駆けながらやってきたバルパが降りてくる、ミーナはちょっとだけ嬉しそうな顔をした。

 降ろされた場所が中途半端な気がするとバルパがヴァンスに尋ねるような視線を向ける。別にどこで下ろされようとも構わなくはあるのだが、それでもあと少しで安らぎの香木亭につくと考えると少々妙な感じがする。

「ああ二人とも、んじゃ俺はここで別れっから」

 二人を下ろしたヴァンスはそのまま再び上昇し空からバルパ達を見下ろす。

「どこへ行くんだ?」

「そろそろまともに仕事しないと国王様から説教がきそうだからちょいと魔物滅ぼしてくる。まぁめんどいから適当にやって切り上げるけどよ、んじゃな」

 それだけ言うと先ほどまで自分が感じていたあの急加速でヴァンスはどこかへ飛んでいってしまった。あとにはポツンと取り残された二人とそれを遠巻きに興味深げな視線で見つめる街の人たちだけが残る。

「……今も同じ宿に泊まっているのか?」

「うん、ずっと祝福の宿り木亭だよ。スースさんにはお金出してあげるからもうちょいマシなところにしとけって言われたんだけど、広すぎるところだと落ち着かないし」

 ミーナがきょろきょろとあたりを確認してからバルパの手を握った。誰かに手を握られるというのも随分久しぶりな気がする。

「とりあえずまずは宿に戻ろうよ、つもる話もあるだろうし」

「俺には特にない」

「私があるのっ‼ 良いからほらっ、きびきび歩くっ‼」 

 バルパは強引に手を引かれながら彼女のあとについていった。魔力感知を発動させ人以外の存在がいないということに少々面食らい、いやそれが人里では普通なのだと思い直すターザン気分を味わいながら、二人は一週間ぶりに一緒になって祝福の宿り木亭の扉を叩いた。


 宿に入り臭い臭いと連呼されたバルパは再び宿を取り直し大人しく体を拭くことにした。元々不潔な生活に慣れていたということと、ミリミリ族の人間が体を清潔に保つというよりかは体をから獣臭さを抜くために草や葉を塗りたくる習慣を持っていたことの相乗効果により今のバルパの臭いはどんな時も笑顔をたやさない女将さんの顔をひきつらせるほどなのだが、鼻の曲がるような臭いになれているバルパは自分の体を嗅いでも異臭は嗅ぎとれなかった。だがこれだけ言われるということは自分は臭いということなのだろうと大人しく桶を無限収納から取り出しその中に足を入れる。水の魔撃を魔力少な目に発動させて体を濡らしてから乾かぬうちに布で体をごしごしと洗った。こめられた分の魔力が切れ消えていく水、あとには先ほどまで濡れていたとわからない桶だけが残る。桶をしまい今度は階段を下らずに食堂へ向かった。同じ宿泊料金ならば食堂に行く手間の分一階の方が楽チンだと思いながらいくつか設置されている丸テーブルを見ると、その中の一つにミーナが陣取っているものがあった。

 特に何も言わず対面に腰掛け、バルパがウェイトレスを呼ぶ。

「何が食べたい?」

「なんでも良いよ、お腹が溜まるなら」

 少しだけ会話をすると直ぐ様ウェイトレスがきびきびとした足取りで注文を取りに来る。汚れの気にならないように地味めの色染めがされているエプロンは生活感を感じさせるため、一部の男性客から好評であるらしいとはヴァンスの言だったか。バルパはよくわからない彼の小話を思い出しながらこの一週間で食べ慣れたメニューをいつもの癖で頼んだ。

「なら生肉を二つ、ブロックで頼む。血抜きがされてないなら尚良い」

「…………えぇ?」

 困惑そうな顔でバルパを見つめるウェイトレス、彼女は一瞬だけバルパを見たかと思うとすぐにそっぽを向いてしまった。一体なんなのだとミーナの方を見ると彼女はどうやら怒っているらしいとわかる。何故だ、バルパはお手上げだとばかりに両腕を上げた。

「どこに食堂で生肉を頼む奴がいるんだよ……」

「ああそうか、もうここでは肉を焼いて良いんだったな」

「バルパホント一週間でどんな生活してたの⁉」

 一週間ほとんど生肉と変な味の葉っぱしか食べていなかったバルパは一週間前に食べたメニューをなんとか思い出し、パンとスープと煮込み料理を頼んだ。

「お代はこれで良いか?」

 バルパが腰の袋から綺麗な石ころと数個の四角い銅を取り出すと、ミーナがバンと机を叩いた。

「良い訳ないだろっ⁉」

「何故だ、このスャラカ石は少なくともこちらから相手への敬意と共に長い間苦労をかけるという意味を持つ大変価値のある石なのだが?」

「……うわぁん、バルパが変になっちゃったぁあああああ‼」

 冗談とかではなく本気で泣き出したミーナを見てとりあえずスャラカ石をしまうバルパ、どうにもここではなく魔物の領域での常識で行動してしまいそうになるなと自嘲しながら今度はしっかりと銀貨をウェイトレスの少女に握らせた。

 ミーナを落ち着かせようと慣れないなりに彼女を宥め、喉が乾いたバルパはつい馬の生き血を啜ろうとしたが、流石に今度ばかりは実際にやる前にこれが常識から外れたものだと思い出せたので銅貨を支払い水を頼んだ。

 純粋な水を飲んだのは随分久しぶりな気がすると水を何杯もおかわりしているとミーナが奇妙なものを見るような目で彼を見る。

「ねぇバルパ、ホントに何があったの? なんか色々と、その……変わりすぎじゃない?」

「……そうかもしれない、自分では意識してなかったがこうやってリンプフェルトに帰ってくると戸惑いも強い」

 バルパはまだ生まれてからそれほどの時間が経っていない、それに実際に自意識が確立してからの時間は更に短い。齢一年未満、しっかりと物事を考えられるようになってから数ヵ月程度の彼にとって、一週間という期間は長すぎた。故に今彼の思考は魔物の領域、ひいてはミリミリ族のそれにより塗りつぶされかけてしまっているのだろう。そんな風に自分なりに状況を説明するとミーナが驚いた顔をする。

「バルパってそんな若かったんだ、ほとんど赤ちゃんじゃん」

 バルパは赤ちゃんという言葉の意味を聞き、確かにそうだなと頷く。それを見てからミーナが頬杖をつく、彼女の銀色の髪が顔の側面をさらさらと撫でた。

「まぁそれじゃあ仕方ないか、私がバルパをしっかり元のバルパに戻してやるからなっ‼」

 どうやら自分なりに考えをまとめテンションが戻ったらしいミーナはまずはバルパからこの一週間の話をしてくれと頼みこんだ。

否やのないバルパは、昔の記憶を掘り起こしながら魔物の領域での生活の話をポツポツと話すことにした。


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[一言] 価値観変わりすぎて読んでて吹き出しましたw
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