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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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再会に伴う別れ

「バルパァアアアアアアア‼」

 一週間ほどの時間が経過し、肉体だけでなく精神も逞しくなったバルパは聞き慣れた声が自分を呼んでいる声を聞いた。

「なんだあれは、新しい魔物か?」

「いや、俺の師匠と仲間だ」

「強き者か、ならば問題はあるまい」

 バルパは自分達目掛けて高速で飛来してくる男がニヤニヤと笑っているのを強化した視力で確認する、このままだと自分が砂煙を被りそうに思えたので三歩ほど後ろに下がり彼らの到着を待った。

「おいーっす」

 ヴァンスが彼の予想通りに派手に土を巻き上げながら着地する、すると間髪入れずにミーナがヴァンスの拘束から逃れてバルパの方に走り寄ってきた。

「バルパッ‼」

「おっととっ……」

 自分に抱き付いてきた彼女を抱えると、二人の視線が交差した。一週間ぶりに見たミーナの姿はまったく変わらない。だがそれも当たり前かとも思った、一週間合わないだけで別人になっていたらその方が怖いだろう。

「ふぅ…………って、バルパが蛮族の王みたいになってるっ⁉」

 ミーナが再会の感動から立ち直り、そっと地面に下ろされてから自分のほっぺを手のひらでぎゅっと潰した。そんなに驚くことだろうかとバルパは改めて自分の格好を確認してみた。

 以前殺した風虎シュトルムティーガーの皮で出来たローブに暴れ黒耀と呼ばれる火魔法を使う馬型の魔物のコードバンで作られた腰ミノという出で立ちは、なるほど少しだけ野味が過ぎている感じもする。ローブは素肌の上に直に着ているからチラチラと素肌が見えているが、他の者達と比べればこれでも露出は少ない方なのだが、それはあくまでも現地人の側に立ちすぎた考え方である。

「ていうか現地妻‼ 現地妻っ‼」

 ミーナが指をビシッとバルパの隣の女性に向けた、何かを言われたとは理解したらしい彼女は、しかし何を言われているかはわからないようだった。バルパは首に付けた翻訳の首飾りにそっと触れ、そのありがたみを噛み締めながらミーナの言葉を隣にいるスンファに伝える。

 彼女の格好はミーナからすると露出過多であった。胸に当てている布は緑色の蔦で固定をしているだけ、腰布は辛うじて局部を守っているだけ、そして魔物の領域という危険な場所にもかかわらず傷一つ見えない褐色の柔肌。ミーナは彼女の胸を見て、それから自分の胸を見て小さく溜め息を吐いた。色気か、やはり色気の問題なのか。男はやはり色気に弱いというのは人間のみならずゴブリンにも通じるのか? 彼女の頭はもうおっぱいでいっぱいいっぱいである。

「現地妻、とはなんだ?」

 ミーナが急に黙りこくったのを良い機会と捉えたのか、黙っていたスンファが口を開く。その話題は先ほど翻訳した現地妻なる言葉の意味についてである。

「お嫁さんのこと、だろうな」

「お嫁さん、とはなんだろうか?」

「男に守られる女のことだと思う、だが逆に守ることもあるようだ」

「共に戦い背中を預ける私は、お前にとっての現地妻ということだな?」

「それは……どうなんだろうか?」

「おいバルパッ、通訳するんだっ‼ それと今すぐに事情を説明しろっ‼」

「彼女はスンファ、俺が今着ている物の数々を仕立ててくれた女だ」

「バルパにそんな服を着せやがって‼ ああ、でもちょっと悪くないかもと思っちゃう自分が悔しい……」

「スンファ、彼女はミーナ。俺の仲間だ」

「スンファだ、よろしく頼む」

 ペコリと頭を下げるスンファを見てなんとなくミーナも少し頭を下げた。そのおかげか先ほどまでの剣幕は少しは弱まったのでバルパは自分の話をすることが出来た。

 一週間の間ここで生活をしているうちに現地人と思わしき集団に遭遇したこと。彼女達は人間からは亜人と称されるグループに属していること、一見すると人間にしか見えないが腰骨とあたりに小さな尻尾が生えていること等スンファ達の一族であるミリミリ族についての説明を早足で終わらせる。

「てことは見たのか⁉ そんなところに生えている尻尾を」

「久しぶりだな、ヴァンス」

「無視すんなこらぁ‼」

 ミーナがわちゃわちゃし始めた時からずっと木陰に佇み目を閉じていたヴァンスが首をかくっと動かした。

「すぅ……むにゃむにゃ」

「こんな場所で寝るなぁ‼ 早く私達をリンプフェルトに帰せぇ‼」 

「んあ……ああ、おはよう」

 どうやら目を覚ましたらしいヴァンスが首をゴキゴキと鳴らしながら肩を回していると、スンファがそっとバルパに耳打ちをする。

「戻るのか、バルパ」

「ああ」

「そうか、健闘を祈る」

「ああ、お前もな」

 元々言葉少ななバルパはそんな少ない言葉のやり取りだけをしてミーナの方へ歩いていく。

「え……ちょ、そんな簡単に別れちゃって良いのかよ?」 

 やはり根が良い子だからか、なんだか素っ気ないように見える別れのやり取りに物申すミーナ。彼は構わんとだけ伝えヴァンスの元へと歩いていく。

「どうだい、少しは強くなったか?」

 自分の目を見て尋ねてくるヴァンスに静かに答えた。

「まぁ、ほどほどにはな」

「そうか、ドラゴンワンパンくらいはいけるようになったか?」

「無理だ、あの剣ではドラゴンを倒す前に俺の腕が壊れる」

「かあっ、情けねぇなぁ‼」

 文句を言いたそうな顔をしながらヴァンスが腰に着けていた巾着袋を取り外し、バルパへ渡す。バルパはそれを腰ミノのポケットに入れ、そして僅か一週間前のことを懐かしみながら念じた。

 次の瞬間にはバルパの頭と体はリヴァイアサンの鱗と皮膜を惜しみ無く使い作られた魔法の武器(マジックウェポン)、潮騒静夜に覆われる。右手には握ると吸い付くように手に馴染むボロ剣が、左手には自らの主の帰還を喜ぶように表面の浮きだった赤い筋を脈動させる緑砲女王が装着される。足にはこの一週間にあれがあればと何度考えたかわからないスレイブニルの靴を履き、少しばかり枯渇気味な魔力を補充するために魔力回復ポーションの丸薬を取りだし、口にいれ噛み砕いた。

「どうだい、少しは武器に張り合えるくらい強くはなれたか?」

「それはまだまだだな」

「そうか、頼りにならん男だなお前は。……ていうかさ、お前実はそんなに戦ってないだろ。あんま感覚が前と変わらんぞ?」

「いかに戦わず、戦うときはいかに効率良く戦えるかを追求したからな。命の安全マージンを考えれば自然戦闘回数は減る。だが魔力感知に関してだけ言えば抜群に上手くなったし、魔力効率と身体強化に関しては以前の比にならないくらい向上したぞ?」

「魔力感知を使えんのは同格までだから俺様には使えんし、身体強化も俺の方が上手いけどな。……そんじゃさっさと帰るかぞ、こんな暑いとこで暮らしてたらドロドロに溶けちまう」

「ああ、そうだな」

 バルパは体をだらんと下げ、おとなしくヴァンスの右腕の中に収まった。そして嫌々ながらミーナが左腕で作った輪にすっぽり入り、ヴァンスが宙へ上がっていく。

「……バルパッ‼」

 ヴァンスが今にも飛び出そうとしているうち、下に見えるスンファが大声で叫んだ。

「我等ミリミリ族はいつでもお前を歓迎するぞ、バルパッ‼」

 それにバルパが答えるより先に、視界がめまぐるしい速度で動き出す。すぐにスンファの姿は視線の先から消え、あとはどこまでも続くかのような森があるだけだ。

 出会いがあれば別れもある。それほど時間は長くなかったとはいえ、彼らと共に過ごした時間は決して悪いものではなかった。

「……なぁバルパ、あんた一体魔物の領域で何してたんだ? なんかスンファさんの目がさぁ、少しばかり潤んでた気がするんだけど……」

 スンファの言い方とその態度が妙に気になったミーナが尋ねる。

「大したことはしていない。ただあいつらの宿敵だったス・ルーガルー・スーという魔物を殺し、生け贄を捧げさせる習慣自体をぶち壊してやっただけだ」

「それってメチャクチャ大したことじゃない⁉」

「いや、俺でなくとも出来たことだ」

「バルパは自己評価が低いからなぁ……」

 二人は思い思いにこの一週間の話をしながら、ヴァンスの手によってリンプフェルトの街へ帰る。ヴァンスには二人の雰囲気が一週間前よりも少しだけ優しく、そして少しだけ逞しくなったように見えた。

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