一週間
ヴァンスは結局腕力と自らのネームバリューを使ったお話によりバルパの指名手配を解除することに成功した。そのカラクリ事態はそこまで難しいものではない。
ただザガ王国の国王が精力盛んで頭髪の状態が大変芳しくなく、そして友人に厄介事を持ち込まれるとある領主の毛髪もまた十分とは言えなかった。そんなお二方の現状を打開するのにうってつけのお薬を持つものが偶然現れた、彼はどうやら不幸な事故で数名の命を奪っているがそこには誤解と行き違いがあった。そして何よりその薬を持ち込んだ男はヴァンスの実の弟子なのだという。
それならばミルドというリンプフェルトの小判鮫的立ち位置の田舎街からの陳情よりも世界大戦を勝利に導いた国の英雄とその弟子の肩を持った方が優位であるという、そんな当たり前な事実をもとにした実に打算的なやり取りにより無事バルパは無罪放免となった。
毛生え薬二本と人命が等価というのは実際問題おかしなことにも思えるが、裁判権を持つ貴族というものは絶対的な権力を持っている。彼らが白と言えば黒だろうと虹だろうと白、強引な論法であろうとも彼ら自体が法律なのだから何も問題はないのだ。
ヴァンスはルーミルにはバルパが亜人であるということは伏せておいた。露見したならそん時に考えよう、そんな風に考えながら一週間という時間を時にミーナのお尻を触ろうとしてスースに私のを触れと見当違いな説教をされたり、時に街の酒場の半分ほどを営業停止に追い込んだり、時に適当に買ってきた魔物の素材で知り合い全員に酒を配っていたら街中が収穫祭以上のお祭り騒ぎを起こしたりして過ごしていた。実に様々な出来事の発端となってはいたが、彼にしては概ね静かめに日々を過ごしていたためにそれほどルーミルから大目玉を食らうことはなかった。
ミーナは飽き性ですぐに投げ出したがりの性分であるにもかかわらず、一週間という定められた期間に文字通り寝食を惜しんで魔法の上達に励み、その実力をメキメキと上げていた。そんな彼女の今の様子は、どこか忙しげである。
「……そわそわ」
そわそわしてる理由はもちろん、今日でヴァンスが約束した日から丁度一週間が経過したからである。今すぐにでも会いに行きたいと体を動かしている彼女の様子からは、バルパが死んでなどいないと確信しきっている様子だ。
すぐ近くで彼女のことを優しげな顔でスースが見ている。彼女はヴァンスの方にちらと視線をやった、その意味がわかる程度には二人の関係は深い。腐っても夫婦は夫婦なのである。
「よしミーナ、それじゃあ俺がバルパんとこまで連れてってやろう」
「え、ホントッ⁉」
敬語が丁寧すぎたりタメ口になったりと安定しないミーナではあったが、驚きの表情とその口調を見る感じからしてどう考えてもこちらが素だろう。
「ああマジもマジ、バルパだって久しぶりに会うなら超絶イケメン一人よりも超絶イケメンと女の子の方が良いに決まってるからな」
ヴァンスは目にも止まらぬ動きでミーナの腰を抱き、そのまま肩に乗せた。少し長めの巣カードが翻りそうになるのをキャーキャー声をあげながらミーナが防ぐ。
「んじゃ行ってくるわ」
「はいよ、気を付けてね」
自らの家内に見送られながら外出するその姿は正に世の夫像そのものである。
「ガハハ、良しこのまま行くぞっ‼ ほーれピラピラ~」
「キャッ‼」
ヴァンスは宿を出て空を駆けながら空いている左手でスカートに風を送り込んだ。使い道が明らかに間違っているヴァンスの送風攻撃は最早突風と言って差し支えなく、ミーナはなんとか太もものあたりで肌色の侵攻を止めるのが精一杯だった。
ヴァンスは笑いながら再び空を舞う。リンプフェルトへやって来てからは手慰みに何度か空を飛んだり跳ねたりしていたので、衛兵も呆れを通り越して彼に笑顔を向けるようになっていた。
そのまま進めばすぐに魔物の領域が見えてくる。既にヴァンスは竜達の姿を視線の先に捉えていた。だがある程度の力のある魔物というものは最低限の知能を持っているため、ヴァンスの得体の知れない力に警戒を抱き襲ってくる様子がない。
一回一回追いかけっこをしなければいけないから雑魚狩りは嫌いなんだ、公爵家からの直々の指名依頼を自分に出来る範囲でならと了解し全然まともにやっていないまま早二週間が経過していることも気にしないまま、ヴァンスはキョロキョロと辺りを見渡した。
彼は魔力感知を使うことはできないが、気合いでなんとなく強いもののいる場所を探すことが出来る。そして彼の極限まで鍛え上げられた肉体と莫大な魔力は、常人では考えられないほどの感覚の鋭敏さをもたらす。故に彼の知覚能力は非常に高い、数秒も気配察知とメチャクチャに上げた視力で確認をすればバルパの姿を発見することが出来た。
「あれは……ふむ、なるほど。なぁミーナ、突然だがお前って独占欲とか強い?」
「え? ……うーん、自分じゃあんまり意識したことはないけど……」
「そっか、じゃ良いや。バルパの横に女いるけどあんま文句とかつけんなよな、男って言うのはそういうの嫌うし」
「あ……あの女たらしっ‼ 後で説教してやるっ‼」
いや、お前普通に独占欲強くね? と言いたくなったが藪をつついて蛇を出すのも面倒だと思い、彼はそのまま水平移動の後に急降下しバルパとその隣にいる女目掛けて飛んでいった。
 




