魔力感知
バルパは今まで、魔力を節約しようとした経験が数えるほどしかなかった。魔力が切れかければ惜しみなくポーションを使っていたし、ルルやミーナと同行している間は自分よりも彼女達の魔力の方が少なく彼女達に合わせて休憩を取っていれば魔力が切れることはなずなかった。そのためバルパは威力をわざと弱めたり、魔力の効率を求めるのではなく魔撃一撃一撃の威力と行使までの速度に重点をおいて使用していた。
だがそれでは駄目だ、魔力感知と鑑定が自分の文字通りの生命線である以上、魔力の浪費は極力避けねばならない。
バルパは辺りを見渡した、相変わらず一面に広がるのは湿度の高い密林だ。ククリ刀のように湾曲した樹木が、うろが剥がれ地肌が丸見えになっている樹木が、そしてそこかしこにいる小さな生物の生活音がバルパの耳に届く。足の裏の地面を意識することでそういえば今自分が素足だということに気付いた。粘度の高いこの地面で靴がなければ、踏ん張りを利かせることは難しいだろう。それならば地形が変わり下が乾いていたり草が繁っていたりする場所を探した方が良いだろうか。いや、それを言えば自分はこれからどの方向へ進めば良いのだろうか。
首をぐるりと一周させると、三百六十度どこをどう切り取っても同じ景色しか見て取れない。ただ自分がヴァンスに連れてこさせられた、つまり街への方向は分かっている。それならばまずするべきは街への帰還、もしくは人間との接触だ。ヴァンスはこの修行において誰かを頼ってはいけないとは一言も言っていない。つまりバルパにはとにかく魔力感知を使い魔物を避け続け、人間達と合流して街まで送り届けてもらうという選択肢もあるのだ。
そんな楽な抜け道を用意しているとは思えなかったが、それでも可能性を探るのは間違いではないだろう。
バルパはもと来た方角へ向けて、足を進め始めた。
バルパはここへやって来てすぐに魔力感知が万能にはほど遠いことを理解した。この能力はあくまでも魔力を持つものに反応するだけで、魔力のないものに対してはなんの反応も示さない。ミーナとリンプフェルトに来る最中にはさほど気にはならなかったが、どんな生き物が致命傷になるような攻撃を放ってくるかわからない現在気を抜くことは出来ない。毒を持つ蛇に魔力がなければ自分はそれを気配で察知しなくてはならない、そして身体強化を使い魔力を消費することは避けたいために強化されていない自分の素の能力でそれに対処しなくてはならない。それは彼にとって至極精神を磨り減らすことだった。
どうにかして魔力の無いものを感覚ではない何かで捉えることは出来ないだろうか、そこまで考えてバルパはある仮説を思い付く。
(そもそも魔力の無い生き物というものが存在するのか?)
魔力というものがなんなのかはわからないが、それがとても便利なものであることは一目瞭然である。生き物が生き残ろうとするのなら、魔力を持とうと体を変化させることこそが当然なのではないか? それがバルパの意見だった。
だが仮に生き物全てが魔力を持っているとして、極魔力が少ないもののそれを自分の能力では察知できないと仮定を重ねてみる。そんな極少量の魔力を感知することが出来はしないだろうか、もしそれが出来るのなら……そう考えたときバルパは以前自分が殺したレナという魔法使いのことを思い出した。彼女が使っていたのは魔力感知の魔法だ、自分のように魔力感知の能力ではなく……いや違う。そもそも魔力感知が能力だと決まっているわけではない。自分が勇者を殺してからすぐに使えるようになったとうだけで、自分はそこまで魔力感知のことを理解出来ているわけではないのだ。
自分の使う魔力感知はもしかしたら能力ではなく……魔撃なのではないか? そう考えるとバルパには府に落ちることがあった、それは時折魔力感知の範囲が広がっていたことだ。 レッドカーディナルドラゴンを倒した時がもっとも強くそれを感じたが、徐々に徐々にではあるがバルパの魔力感知の範囲は伸びていた。それは魔力、そして自分の能力が向上したことに原因があるとバルパは考えていた。だがそこに更に魔力感知という魔撃の習熟も関わっていたのではないか? 考えれば考えるほど自分の考えが正しいように思えてくる。
そして、もし仮に魔力感知が能力でなくて魔撃であるならば……他の魔撃同様、込める魔力の量を増やせばそれ相応に能力が向上するはずだ。魔力感知は自然と発動が可能になり、
使い方がするりと頭に入ってくるように簡単に飲み込めたものであったが故に、これの昨機能を向上させようなどという考え自体を催したことがなかった。
バルパは自らが新たな事実を発見したかもしれないという興奮に誘われて魔力感知の魔撃を発動、そこに魔力を上乗せしていった。
すると今まで魔力を感じられた有効範囲が更に広がる、今までは感じ取れなかった敵の気配をその強化された魔力感知はしっかりと捉えている。範囲の上昇が出来たのなら今度は精度の上昇だ、近くにいる虫や鳥達を知覚できないかとグングン魔力を込めていくと、ある一定量を超えた段階で自らの許容量を超えるような情報がドッと頭の中に流れ込んできた。虫、鳥もまた極々小規模ではあるが、確かに魔力を持っている。
そのことを理解し、そして自分の仮説が正しかったことに満足を覚えると、次に急激な吐き気が込み上げてきた。
これはまずい、そう思った次の瞬間バルパは意識を失い地面に倒れ伏した。




