プッツン
「ちょ、ちょとっと皆落ち着いて‼ 今はそこら中穴だらけなんだから叫ばれたらすぐに音が漏れるんだって‼ だから落ち着こう‼ 落ち着こう‼」
「全然落ち着けてないぞ、アラド。今初めて聞いた俺でもこれほど落ち着いているというのに」
「なんでバルパさんが初耳なんですかっ‼ おかしいでしょう⁉」
「神よ……我が前につまづきを与えたもうことに感謝を……」
「ええええええええええっ⁉ だだ、だってバルパはその……」
「マジかよバルパッ、お前強いんだな。ちょっと外出て戦おうぜっ‼」
「俺はお前と殺し合いはしたくない」
「模擬戦に決まってんだろ⁉」
部屋の中はしっちゃかめっちゃかに混乱し、皆が好き好きにのべつまくなし口を開いている。そんな混沌とした状況を静まり返らせたのは、スースの拍手だった。
彼女が大きく手を打ち鳴らすと、先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのように場の空気がフラットに戻る。
「うるさいよあんたら、ちょっと落ち着きな」
その声にようやく我に返ったバルパを除く五人がお互いの顔を見合わせていた、ちなみにミーナだけはバルパを見ていたのでバルパはとりあえずそれを見返しておいた。
「私は事前に聞いてたから平気だったけど……でもアラドがあんなに驚くのは随分久しぶりに見た気がするね」
「あ、あはは……面目ないです」
アラドに向けていた視線を一人一人に移していくスース、何もせずに視線だけ人を沈めるだけで不思議と皆の様子が落ち着いたものへと変わっていく。まるで魔法のようだ、バルパにはそう思えた。
彼女はバルパの持っている無限収納は持ち主が認め渡さないと継承出来ないようにされている特殊な魔法の品であることを皆に伝えた。
そんなことを今まで知らなかったバルパは自分はただ死にかけのスウィフトを殺しただけなのにどうして認められたのかが不思議だった。
バルパが勇者を殺したということは話されず、彼が訳有って逃亡中の亜人であり、色々なゴタゴタがあったせいでミルドの街から逃げ出してきたというところまで説明された。これで『紅』の面々がミーナとほとんど同じ情報量を手に入れたことになる、彼がゴブリンであるということを除けばだが。
「良いかい、あんたらにこれを話したのはそんだけ信頼してるってことだからね。ヴァンスと私の信頼を裏切りたくないなら他の人間にこれを言ったらいけないよ」
「それなら最初から伝えないんで欲しいんすけどね」
「事情を知ってる人間は少ない方が良い、けど私とヴァンスはこれでも忙しいからね。あんたらくらいフットワーク軽い冒険者っていうのが仲間になるのも悪くないだろ?」
「私は死んでも言いませんけどね、バルパさんには命も差し出せるくらいの大きな大きな恩がありますから」
「お、でっけぇ鼻くそ取れた。……あ、バルパ。お前ミルミルの髪の毛増やした薬まだ持ち合わせあるか? あるだけ欲しいんだが」
自分が知っている情報をもう一度聞いているのが退屈だったのかヴァンスはずっと鼻をほじっていたが、ミルミルの話を聞いて急にベッドから起き上がりバルパの方を向いた。
「ちょっと待て……幾つかあるな」
無限収納から以前ミルミルに渡した毛生え薬を取り出してみると五つほど在庫があった。一個だけ自分に使ってみようかと思ったが、髪の毛がフサフサのゴブリンというのもなんか嫌だなと感じ全て渡すことにした。これを必要になるときが来る気はあまりしないし、別段なくなっても困らないものだからそれほど頓着はしなかった。
「おっけサンキュー、こんだけありゃぁ十分だろ。どれどれ……」
瓶に入った五つの毛生え薬の四本を収納袋に入れ、残しておいた一本をじっと見るヴァンス。恐らく上級鑑定を使っているのだろう、薬を見るその目は真剣そのものだった。
「うーん……多分毒はねぇな、ヤバいもんは……まぁこんくらいならなんとかなんだろ」
薬から顔を上げ、指先で持ち上げた薬をふるふると左右に降りながらバルパの方を見た。
「お前のミルドでの一件は多分この薬でチャラになるぜ、これからはお前も安心して街を歩けるぞ、これで一安心だな」
「……ただ毛が生えるだけだぞ?」
ただ毛を生やすだけの物が人を四人殺したという事実を打ち消してくれるようなものとは思えなかった、だがヴァンスの方は自信満々でその不敵な笑みを崩さない。
「お前はお偉いさん方ってもんをわかってないな、まぁ人間じゃないなら当然か。一週間くらい見とけよ、そしたら大円団だろうから」
「よくわからないが、わかった」
「そのとりあえず飲み込もうとする姿勢、俺は好きだぜ?」
「はいはい、これ以上場を引っ掻き回さないの。そもそも勇者のことはもっとあとまで隠しておくって話だっただろ、もう黙ってな」
「むぅ…………おう」
「わっ、あんなに傍若無人だったヴァンスさんを鶴の一声で……」
「よーしバルパ、ミーナ、それじゃあこれから私直伝の魔法講座を……」
静かになったヴァンスを見てミーナはスースに感激し、憧れるような目で彼女のことを見ていた。しかしバルパには、黙って下を向くヴァンスの顔にあのいたずら小僧のような笑みが浮かんだままであることが見えている。怒られて笑っているとはもしかするとヴァンスもミルミルのご同輩なのかもしれないと思ったとき、がばっとヴァンスが顔を上げた。
「チェアッ、先手必勝っ‼」
ヴァンスは何をするのかと思えば、いきなりバルパに向かって駆け出してきた。まさかこんな場所でそんなことをされていると思ってもいなかったバルパはつい対応が遅れ、結果として彼の腕の中に捕まってしまう。
「一回も二回も変わらんっ‼」
ぐっと地面を踏みしめてから思いきりジャンプし、ヴァンスは天井を突き抜けて空へと躍り出た。二階の無い平屋設計であったために人的被害はないだろうが、このままだとアラドの胃に穴が空いてしまいそうだなとバルパは自分が捕まり空を仰ぐ現状に陥っても冷静である。
今、ヴァンスは空に飛んだまま地面に落ちていない。つまり平たく言えば宙に浮かんでいるのである。唖然とした様子の『紅』とミーナ、そして怒り心頭と言った様子のスースの顔が視力を強化したバルパには見えた。
「ちょっとあんた、勝手なことを……」
「知るか知るか、バーカッ‼ 俺をおいてけぼりにしたり俺と一緒にいてくれないのが悪いんだ‼」
バルパは鑑定を発動させる、だがやはりヴァンスは今も魔法の品を一つもつけていない。つまりスレイブニルの靴のような特殊な空を飛ぶための魔法の品ではなく、何かしらの純粋な能力によって空を飛んでいるということである。
いったいどういう原理なのだろうかと考えるバルパに強い力が働いた、首が持っていかれそうになるほどの力を感じ反射的に顔をヴァンスの体の方に近づける。次の瞬間、音と衝撃と共にヴァンスが凄まじい勢いで空を飛び始めた。
目まぐるしく変わる視界の中、帰ってきたら覚えておけよと叫ぶスースの声がバルパの耳に残った。
 




