爆弾発言
自分が師匠と仰ぐことになる人間が宙を舞ってきりもみ回転をしながら吹っ飛んで行く。だがその様子を見てもアラドはアハハと笑っているだけだった。ならば今目の前で起きている状況はそれほどおかしなものというわけでもないのだろう。
「アラド、スースさんは格闘戦も出来るのか?」
「うーん、まぁそれなりには出来るんじゃないかな。ドラゴンと素手で殴り合いをしてボコボコにしてたのを見たことはあるよ」
「なんだそれ、ホントにオーガじゃないか」
「こらバルパッ、口の利き方には気をつけろって今朝も言っただろっ!!」
スースを指差していたバルパの指をぺいっと払いのけてミーナが顔をしかめる。そういえば彼女は師匠とその奥さん、兄弟子には敬意を払わなくてはいけないと言っていたなと思いだすバルパ。だが敬意というものがなんなのかわからないので正直なところ払いようがないというのが彼の正直な感想だったのだがそれを正直に口に出してまた怒られるのも彼は嫌だった。
「ミーナ、お前は俺の師匠だ」
「まぁ、それはそうだな」
「えっ、そんなことあります⁉」
すっとんきょうな声を上げるミルミル(フサフサ)を無視して続けるバルパ。
「俺はお前に敬意をもって接している、違うか?」
「そ、それは…………うん、確かにそうかも」
「俺はそれと同じことをアラド達にしているだけだ」
「う、うーん? それなら問題はない……のか?」
首を捻るミーナ、良くわからないけど乗りきることが出来たと頷くバルパ。そんな二人を見てツツが隣にいるリーノへと話しかけた。
「バルパに隠れてるけどよ、ミーナちゃんも実は結構おバカだよな」
「ツツさん、残念なことにこの場で最も脳足りんなのは間違いなく貴方ですよ」
「なんだとっ⁉ ちょっと髪が増えたくらいで調子に乗ってんじゃねぇぞこの元ハゲッ‼」
「元ハゲは私にとっては誉め言葉ですよ、はははっ」
「こいつ、髪と一緒にウザさまで増量してやがる……………今度夜営したときに思いっきり髪抜いてやろっと」
「そんなことしたら本当に二度と許しませんからね⁉」
「ほらほら、二人とも喧嘩しないで……」
喧嘩をする二人とそれを宥めるリーノ、そして少し離れたところでそれを見守るアラドという光景はどうやらいつものことらしい。相変わらず騒がしいなとアラドに言うと彼は少し笑うだけだった。
「騒がしい人達だよな、バルパ」
「お前も負けてないと思うぞ」
「なんだとっ⁉ やんのかバルパッ⁉」
「喧嘩を売る相手は良く見極めた方が良いと思うよ、ミーナちゃん」
「あ、うっす」
アラド相手に妙に腰の低いミーナ、自分と話すときもあれくらい聞き分けが良ければ良いのにとバルパはため息を一つ。
「ほら何やってんだい‼ さっさと宿に入るよ‼」
「一番何やってんだって言われそうなのはどう考えてもスースさんなんですけどね……」
苦労人アラドの声は風に流れて消えていき、彼はポリポリと頭を掻いてから宿の支配人へと金を包みに向かった。それを見てバルパはアラドは将来禿げるかもしれないなと思った。そして浮かんだ言葉をそのままミーナに伝えると剃髪してもアラドさんはカッコいいだろうと彼女は言った、剃髪の意味がわからないバルパはとりあえず黙って頷いておいた。
とりあえず諸問題を解決させた一行はヴァンスが取った部屋で話をすることにした。バルパが泊まっている祝福の宿り木亭とは違い、これだけの人数が集まっても窮屈さ一つ感じさせないだけの広さがその部屋にはあった。だが広さから考えると守りにくそうで不便だとバルパには感じられた。
「いやぁ、昨日ぶりだなバルパ。相変わらず辛気くせぇ雰囲気醸し出してんなお前は‼ 一緒にいるとカビ生えそうだぜ」
「弟子見習いにいきなりそんなこと言う師匠がどこにいるんだいっ‼」
腰に手を当てて豪快に笑うヴァンスの頭にスースの拳骨がめりこむ。床がみしりと嫌な音を立てアラドの笑みが少しだけ強張った。
「お前そういうところスウィフトにそっくりだよなぁ」
「え、バルパさんって勇者様の関係者なんですか?」
心底意外だと言った様子で驚いた表情を浮かべているリーノを見てやはり『紅』の四人にはほとんど話をしていなかったのだなとバルパは自分の師匠の適当さについて思いを馳せた。
そもそもどこまで話をするつもりなのだろうと考えてみることにした。自分が勇者を殺したことを話されるのは流石にマズいが、その程度の配慮はいくらヴァンスであってもしてくれるだろう。基本的には外すが大事な所で決して間違えない男というのがバルパのヴァンスに対する評価だった。
勇者を殺したこと以外だと話されてマズいのはこの無限収納のことと、後は人を殺したことくらいだろうか。ミーナにも話していないことをヴァンスから話されるのは少しだけ嫌だったが、これも強くなるためだと彼は割りきることにした。
ある程度の嫌なことには目を瞑ろう、そう考え身構えていたからこそ、次にヴァンスが放った一言は見事にバルパの意表を突いた。
「ああ、こいつな。ぶっちゃけて言うとスウィフトの後継者だから」
「「「…………」」」
痛いほどの沈黙が肌に突き刺さるかのようだった。スース以外の皆は一様に驚いているように見えたが、正直なところ一番驚いているのはバルパである。全く訳がわからなかったために思わず言葉が口から出る。
「……そうだったのか?」
「いや、なんでバルパがそれを知らないんだよ。おかしいだろ」
冷静なミーナの突っ込みが入り少し調子が戻ってきたバルパではあったが、良く見るとミーナは全身をそわそわと動かしていて冷静とはほど遠い状態であることに気付いた。どうやら今の一言は気をまぎらわすためのものだったらしい。
「「「…………」」」
再び沈黙、今度はバルパもある程度落ち着いていたために彼らの口が一斉に開くのを冷静に見ていることが出来た。
次の瞬間、宿屋を覆わんばかりの絶叫が彼らの口から一斉に放たれた。




