意思疎通
「聞きたいことがある」
「あ、ありがと助けてくれて。アタシの名前はミーナ。えっと……お礼をしたいんだけど、生憎今は持ち合わせがなくて……」
「聞きたいことを教えてくれればそれで良い」
「あーそれならここを出て安全地帯に行ってからの方が……ってそんなに強いなら大丈夫か、うん良いよ。何? 何が聞きたいんだ?」
意思疎通は可能であるようだった。この名も無きゴブリンは言語というものを正確に理解している訳ではなく、自らの心の中に浮かぶ考えを鳴き声に乗せているだけなのだが、勇者が各国へ使節として回るために授与された魔導具である潮騒はその曖昧なものを言葉という形へ変えてしっかりと女、ミーナへと届けていた。
ゴブリンは最大の難所を越えたことに安堵を覚えながら続けた。聞く順番はもちろん、彼が大切だと思うことからだ。
「人間は皆、強さを感知することが出来るか?」
「……もうちょい噛み砕いて話してくれない? ていうかあんた亜人か、アタシ初めて見たよ。ホントに掠れ声なんだね、めちゃくちゃ聞き取りづらい」
彼が今一番気になっているのは自分の存在を人間に知られ、人間達に標的にされることだった。以前の人間は自分を察知することができたが、あのような人間が数多くいるかどうかでこれからの行動の方針は大分変わってくる。自分の強さを知られてしまえば、強さを求める人間達がこぞってやってくることになるだろう。それに自分が持っている袋の中の武器は多い、人間はこれを狙いに自分を襲うだろう。まだまだ未熟である自分にそれを防げるとは思わない。
「俺は強さを見れる、お前は強い。しかし火の線を出す度に弱くなった。そして俺はお前が弱いことを理解している、俺はお前よりも強い」
「……うーん、カタコトなせいで何を言ってるのか全然わかんないな。アタシあんま頭良くないから出来ればもうちょい詳しく説明をだね……」
人間とゴブリンの意思疏通が難しいことなど最初から予想が出来ていたために彼は大して気にした様子もなかった。実例を出した方が早いだろうと袋から幾つかの物品を出していく。強いものと弱いものを合わせて十個ほど出した。余り強い物を見せなければ問題はないだろう、もし問題がありそうな殺せば良い。自分は女よりも強いのだから、女も自分に従うはずだ。強さが絶対の判断基準である彼には、それこそがすべてであった。故に開陳にはさほどの抵抗はなかった。
「これは強い、これは弱い。これも弱くて、これは強い」
強い鉄の剣を差し、弱い鉄の剣を差す。弱い盾を差し、強い盾を差す。十個全てを指差すのを黙ってみていたミーナは少しだけ考えてから小さく何かを呟いた。その小さな口からはアーブと聞こえた。それは人間が火の玉を出す時のそれと似ていたが、攻撃的な雰囲気は見受けられない。何が起こるのかと身構えるゴブリンを見て彼女は薄く笑った。
「いや、そんな怒らないでよ。確かに他人の持ち物に鑑定をかけるのはマナー違反ではあるけどさ、あんたのことを理解するためにやったんだからアタシ悪くないだろ?」
「そしてお前は強い、俺はもっと強い。そして強さを知る方法はあるか?」
「アタシも人の言うこと聞かないとはよく言われるけどさ、あんたアタシ以上だね」
ミーナは辺りに魔物が出るのを恐れてか視線を右に左にと動かした。敵影がないことを確認してからもその視線はどこか不安げだ。
「ねぇ、やっぱ階段行かないか? 歩きながらでも話は出来るしさ」
ゴブリンは黙って頷いた、階段というものが出口のあれだと言うことは気付いていた。その上で目の前の女が安全だというのなら、出口の先にもそこまでの危険はないだろうと考えたが故だ。
近くにある出口はあちらだと先導する最中、彼女は安心したからか急に饒舌になった。
「あんたの言ってる強い弱いっていうのは魔力があるかどうかって話だろ? さっき二度ほど鑑定を使ったけどあんたが強いって言ってる方はどっちも魔法の品だったし。あんた凄いんだな、あんなにたくさんの魔法の品見たのは生まれて初めてだ。もしかして亜人っていうのは皆あんたみたいに色々持ってんのか? それなら王様が亜人から色々貰おうとしてるっていう話も納得だな、偉い人っていうのは皆お金にがめついから。まぁアタシほどじゃないんだけどさ」
そんなに話していてよく疲れないものだなと考えながら名も無きゴブリンは適当に話を聞き流しながら大事だと思われる彼女の発言の前半部分について考え始めた。
魔力があるかないか、それが自分が新たに感じ取れるようになった強さの基準らしい。物が強いというわけではなく物が魔力を帯びているということなのだろう。彼女の話から考えると強さ……ではなく魔力を持つ武器というものはあまり見ないものらしい。だとすれば自分の袋の価値は測り知れない。自分でも確認しきれていないほどたくさんの魔法の品があるのだ。こんなものを持っているのがバレたら人間が大量にやって来る、自分を殺せてしまうだけの人間が。思考の邪魔になるゴブリンを適当に斬り伏せながら自分が今全身をガチガチに魔法の品で固めていることに気付き装備を変えようかと悩んだ。しかし見られてしまっているのだから今更変えてももはや意味はないだろう。
この女のせいで人間が大挙してやってくることになるかもしれない。
話を聞き、十分に情報を得てからこいつは殺そう。名も無きゴブリンはそう心に決めた。