数
バルパはほとんど睡眠を必要としない。そのため夜という時間は彼にとっては専ら思考の時間であることがほとんどだった。
バルパはヴァンスの在り方について考えていた。彼の言っていることは極論過ぎるきらいがある。自分が狙われるのなら、狙ってくるやつらを倒せるだけ強くなれば良い。だが人間は一で駄目なら十を、十で駄目なら百をとドンドン数を増やして事態の対処にあたる。数の暴力を使えるだけの絶対数という利が人間にはあるのだ。
自分は人間の強さを学び取ろうとやってきたし、最初の頃それは魔法や武器の扱い方についての学習だった。だが今は人間の強さとは連携、数の利、そして人を集めるための仕組みといくつもの強さが一つの生き物のように絡み合うことにより生まれているのだと理解できている。だが武器や魔法とは違い、それらの強さというものは自分に真似することの出来ないものだ。連携しようにも自らと手を合わせて戦うことの出来る相手はいない。だからバルパは『紅』と朱染戦鬼との戦いを見ているとき、どうすればあの連携を崩せるだろうかという考え方をしていた。
そして恐らく、その考え方を究極的に突き詰めていき到達した頂きこそが今ヴァンスのいる場所なのだろう。
自分に危害を加えるやつらは殺す、そしてそいつらが復讐しようとしてくればまた殺す。それを相手側がわりに合わないと感じるまでやり続ければ平穏が約束される。
暴論ここに極まれりといった感じではあるのだが、実際にそれを行っている人間がいるとなればまた話は変わってくる。
自分もまた、戦い強くなり続ければそんな風になれるのだろうか。バルパは血を噴き出しても何故か喜んでいたり、自分がスウィフトと関連しているとわかるとなす術もなく取り抑えた彼との間にそびえ立つ壁の高さを感じた。
もちろんヴァンスのやり方が絶対の正解というわけではないだろう、あんな人が唯一解なのだとしたら世界なんてすぐに滅んでしまいそうだ。
今の自分やヴァンスと違い誰かと、もしくは何者かと共に戦う『紅』のようなやり方もある。だがその選択をするのは頼れる人間もおらず、頼ってくれる人間が戦力外スレスレな現状では難しいと言わざるを得ない。
となれば今の自分に出来ることはまずは強くなること、やはりこれに尽きる。ただ今後はそれと平行して自らの強さを高めてくれたり相乗効果をもたらしたりしてくれる仲間を作る必要があるかもしれない。互いに信頼関係が結べるのならそれに越したことはないだろう。それはなにも人間に限った話というわけでもない、もしかしたら魔物の中にも自分のようなものがいるかもしれないのだから。そういった奴等ならばこちらも問題なく組める。信用出来る人間を見つけるのも良い、実際ヴァンスはかなり信用に足る男だとは思う。彼はいつでも自分を殺せるほどの強さがあるにもかかわらず、自分は今生きている。この現状こそが何よりの証拠だろう。そもそも人間が魔物を匿うなどということにメリットなど何一つないのだから。
まずは信用の出来る者達を増やしておくことが必要な現状、ヴァンスと自分の兄弟子にあたるアラド、それから『紅』の三人が自分の味方になってくれるということは非常にありがたい。
(……いや、アラド以外はまだわからないか)
ヴァンスがアラド以外の三人に話を通しているかは疑わしい、というかもしかしたらアラドにも何も説明していないかもしれない。少し話をしただけでかなり適当であることはわかる、大事なところでは外して欲しくないものである。
「…………………ぁ…………っ‼」
「……ん、誰だ?」
魔力感知を発動させるとこの宿目掛けて凄まじい速度で走ってきている存在がいるのがわかる。魔力の量はそこそこあるために戦闘になれば宿は傷だらけになってしまうだろう。
遠くから叫んでいるので何を言っているのかわからないが、どうやらこの宿の中にいる誰かに何かを伝えたがっているのだろう。バルパは魔力で聴力を強化し魔力持ちの言葉を聞いた。
「生えたああああああああああああああ‼」
その声を聞いただけでバルパはそれが誰なのかわかった、そしておそらくは自分に会いに来たのだろうということも。
だが今はまだ夜明け前である、自分以外の宿泊客は寝ているだろう。それならば急いで宿を出てさっさと話を終わらせてしまうのが良い。バルパは階段をジャンプで飛び越えドアを急いで開いた。
「聞こえている‼」
「生えたんですよぉおおおおおおおお‼」
「……はぁ」
ゴブリンに礼儀が足りていないと感じさせた恐ろしい男、ミルミルは自らの頭にふよふよと乗っかっている毛髪をいとおしそうに撫でながら宿目掛けて一直線に走ってきていた。
そういえば適当に誤魔化す時に適当に毛生え薬を渡していたな、とバルパは以前より豊かになっているミルミルの頭髪を見て彼の用件を悟った。




