最弱対最強 3
今のバルパは相手の動きにしっかりとついていけることが出来るようになっていた。視力の強化で元より動き自体は見えていたのだ、その分観察は出来ていたのだから対処の方法も学べている。
ヴァンスの右の刃を左足に重心を預けて薄皮一枚で避ける、左の刃は振り下ろされる前の腕が伸びきった瞬間に鎧の籠手の部分で威力を相殺する。
幾度かの攻防を耐えきったバルパを見てヴァンスの顔に喜色の笑みが浮かぶ。
「急に動きが良くなったな、ならこれはどうだい?」
ヴァンスが腰に携えた巾着袋の口を開き頭上へ放り投げた。すると何本もの剣が口から飛び出し、慣性に従い落下し始める。
「ふんっ‼」
ヴァンスが拳を握り掛け声を出すと地面に落ちる寸前だった剣達がピタリと落下を止め宙で停止する。
「訂正してやる、お前Aランク上位くらいの実力はあるよ。だからお前には敬意を表して『無限刃』の本気をちょぴっとだけ見せてやろう」
ヴァンスの背に羽が生えたかのように、彼の背後に幾つもの剣が浮かぶ。バルパの魔力感知はそれら一つ一つに魔力がこめられているのがわかる。それならば緑砲女王で迎撃すればカウンターは発動してくれるはずだ。魔力で物を動かし攻撃されるという事態に経験がないため物ごと跳ね返るのかそれとも魔力だけが跳ね返りその本来の持ち主である剣に跳ね返るのかはわからなかったが、恐らくあの飛ぶ剣に関しては無力化は可能であろうとにらむバルパ。ならばそれを札の一つとするため、来るべき瞬間までは悟らせないことが肝要だ。背に幾刃もの剣を侍らせたままヴァンスがバルパへ迫る。彼が放った右の剣の一撃をボロ剣の腹で受ける。その一撃に隠すように後ろから迫る左の剣の一撃の威力が乗り切る前に盾を割り込ませた。
向こうの攻撃の手が止まると同時盾を前に押し出す、するとヴァンスはそれを見越していたかのように後ろへ下がる。それと同時に高速移動、しかし今のバルパはその動きに対応が可能である。左斜め後ろに後退しながら先ほど自分がいたところ目掛けて突きを放とうとしている背中にボロ剣を差し込む。しかしヴァンスは後ろに目でもついているかのようにそれを屈んで避け、獰猛な笑みを浮かべながらバルパにスウェー気味の蹴りを入れた。そこに強引に動かした緑砲女王を持ってくる。純粋な物理防御にはカウンターは発動しなくなっているためにその一撃をもらった反動で後ろにバックして距離を取った。そこにどこからともなく現れた剣が飛来する、バルパはスレイブニルの靴で無理矢理左の空を蹴り右に転がり込んでそれを避けた。
「おっ、良い反応」
既に自分が飛んで行った場所にはヴァンスが待ち構えている、靴に魔力を流し込み垂直に上昇して激突するのを避けるバルパ。
「それじゃあダメだろ、良い的だぜ」
上へ駆けるバルパを迎撃するために合計十五本の剣が周囲に浮かんだ、剣の位置取りが絶妙なせいでまるで上下左右を包囲しているように感じてしまう。
バルパは今度は急制動をかけ真っ直ぐ前にいるヴァンス目掛けて空を駆ける。
彼を追うように三本の剣が襲いかかってきた、そのどれもが中々の魔力を持つ魔法の品である。そのうちの二本を腹で受け、一本をボロ剣で地面に叩き落とす。空いたスペースに強引に体をねじこみヴァンスの体へと自らの身を届かせる。
「シッ‼」
「良い剣筋だ、少しばかり素直すぎるがな」
バルパの一撃をヴァンスは右手の剣で迎え撃った。ヴァンスの持つ剣の方が明らかに刃が薄いが、未だその底力を見せてはいないボロ剣とまもとに交差しても傷一つついていない。
「いやすんごいなその剣、戦いに勝ったら俺にくれね?」
「遠慮、しておくっ‼」
ボロ剣で剣を強く押す、そのままつヴァンスをつんのめらせてから全力で後退。両者がしっかりと距離を取る形になり、再び向かい合う。
どちらも深手を負っていないところを見ると一見実力伯仲した戦いが行われているようにも見えるが、両者の間には速度の壁を乗り越えても未だ大きな隔たりが存在していた。
「……はあっ、はあっ……」
「いやぁ、うん前言撤回。強いじゃん、お前。えっと……サルサだっけ?」
「……バルパだ」
「そう、そんな名前だったな」
まともに会話をするには息継ぎを必要としているバルパと比べるとヴァンスの顔には未だ余裕が見える。今のところ剣撃に関しては彼についていけているが、恐らくヴァンスは全力にはほど遠い力しか使っていないのだろう。
まだ継戦能力はあるし、無論ただで負ける気は毛頭ないが未だ状況はバルパにとって厳しいと言わざるを得ない。堪え忍ぶことには慣れているバルパであっても、どうしても体のキレは落ち動きは鈍る。しかしヴァンスはというと一向に衰える気配がない。
だが攻撃手段は把握できた、双剣と恐らく収納箱から取り出した魔法の品を同時に使う手数と威力を両立させた戦い方だ。
このまま続いていてはジリ貧、それならば多少無理矢理にでも勝機を掴みに行く必要がある。バルパは一度呼吸を整え口の中に魔力回復のポーションを含んでから、今度は自分から攻めに転じる。
横凪ぎの一撃をヴァンスの右の剣が止めた、空いた左の剣で攻撃をしてこようとするヴァンスの一撃を、バルパは自分から食らいにいった。
「なっ⁉」
そのまま体を半回転させ、緑砲女王の角度を調整。そして今もてる自分の魔力の全てをそこへぶちこんだ。属性は雷、恐らく自らの魔撃の中でもっとも習熟しており、そしてもっとも見た目が派手な属性だ。
緑砲女王の魔力増幅と反射が発動、持ち手をもって角度を調整して放たれたそのカウンターは、ヴァンスの体を狙って真っ直ぐ突き進んだ。
「ちっ、これが隠し玉かっ。だが……」
それを双剣で迎え撃ちながらこちらへ反撃をしようと十五本の剣全てを一纏めにしてバルパへ飛ばしてくるヴァンス、その速度は先ほどよりもかなり早い。バルパは緑砲女王でその攻撃を受けた、どうせなら剣ごと跳ね返ってしまえと願いながら。緑砲女王が攻撃を受けると同時、バルパは口に入れていた魔力回復のポーションを噛み砕く。
そしてバルパの願いは届いた。どうやらあの浮遊する剣はそれ自体が一つの魔法と判定されるらしく、緑砲女王にあたった剣が勢いそのままヴァンスへ向かっていく。雷の魔撃の見た目のインパクトに余裕を削がれたのか今までのなめていた攻撃よりかなり早いその十五本の剣の攻撃が増幅されながら雷の魔撃の跡を追う。
「ちょ、なんだそれ⁉ マジかよ、そんなのアリか⁉」
魔撃を処理しようと双剣を準備していたヴァンスは雷の光でかなり視界が制限されいてるにもかかわらず自分が放った攻撃が自分目掛けて帰ってきていることを理解したようだ。もしかしたらあの剣となんらかの感覚がリンクしているのかもしれない。そんなことを考えながらバルパはジワジワと回復する自らの魔力量の冷静な把握に務めていた。
体の中に魔力が完全に満ちた感覚を得た瞬間、再び魔力のありったけを腕にこめる。二度も魔力を枯渇寸前になるまで使ったせいか、指先が震え全身がだるかった。しかし恐らくこの好機を逃してしまえば再度のチャンスは訪れないだろう、バルパは動かない体を無理矢理捻らせ、その間にほんの少しだけ残っていた僅かな魔力を全身に巡らせた。そして思いきり右手に持つボロ剣をヴァンス目掛けて投擲する。そして最後にもうゼロに近い魔力を更に振り絞り一つだけ小細工をしたところでヴァンスは本当に魔力を空になるまで使いきり、思いきり地面に倒れこんだ。本当に魔力を切らしたのはこれが初めての経験だが、もう二度と経験したくはないと感じるくらいには気分の悪いものであった。
正直なところ既に意識はとびかけていたが、朦朧としながらもこの攻撃の結果は見届けねばならないとなんとか地面に顔を擦り付けて意識を保つ。
まず一陣目、雷の魔撃がヴァンスに届いた。彼はその一撃に双剣の連撃を当て、魔撃を物理攻撃で無理矢理掻き消した。その剣速は先ほどまでのそれとはレベルが違う。だが逆に言えばそれだけ本来の実力を出さなければ対処できないと考えるほどに彼を追い詰めたということである。
続いて第二陣、緑砲女王が弾き返した十五本の大小様々な剣がヴァンス目掛けて飛んでいく。それを見て小さく舌打ちする音が未だ身体強化の効果の残る耳に届く。
彼は迫る十五本を真っ向勝負で迎え撃った。ブロードソードを弾き、大剣を叩き斬り、そして刀の攻撃を逸らす。甲高い音が連続し、視認するのも難しい速度で剣閃が夜空に輝く流れ星のように光の筋を作った。
最後の一本になるまでその超高速の迎撃は続き、勢いを失った一本を除いて全てが地面に叩き落とされる結果となった。そして残る一本はヴァンスの腹に刺さり、そのまま傷の一つもつけずにぽとりと地面に落ちる。全ての攻撃が終わって安心したと思ったのか彼が口を開こうとしたその瞬間、第三陣の攻撃が彼へと迫った。
それはバルパが絶対の信頼をもって放った一撃。レッドカーディナルドラゴンの目玉を鱗ごと貫いた必殺の一撃。バルパが魔力を使いきってまで使った小細工とは、ボロ剣の周りにうっすらと闇の魔撃を纏わせてほんの少しだけ視認性を下げるというものだった。剣に魔力を纏わせるというアイデアは、戦っているヴァンスの浮遊する剣から着想を得たものだった。
暗い夜という環境、雷の魔撃による目潰し、そして明るさに目を慣れさせてからの闇の魔撃で黒色のコーティングを施した全力の投擲。
彼が今の自分に出来るであろう全てを用いて放ったその一撃は……刃が肉を抉る鈍い音を立て、唖然とした顔をするヴァンスの腹へと突き立った。




