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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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最弱対最強 2

 攻撃が全く見えなかった、今バルパは気がつけば宙を舞い後方へと吹っ飛んでいる。腹に激しい痛みが走る、反射的に下を向くと幸い血は出ていなかった。潮騒静夜の防御力が一応役目を果たしてくれたらしい。だがたとえ剣に体を貫かれてはいなくとも体の芯に衝撃は通っている。喉の奥をせり上がってこもあげようとする何かを無理矢理飲み込み、そのまま歯で挟んでいたポーションを噛み砕いて流し入れる。

 痛みが少しだけ鈍くなり、頭がほんの少しスッとする。痛みに赤く染まる視界の中、ヴァンスの姿がある。後方に飛んでいる自分を追撃する様子も無い。宙を浮いていた体が接地し二回転ほど回転してから立ち上がる。

 既にポーションを使ってほとんど傷は回復させている。どうやらこの鎧のおかげで致命傷を負うことはなさそうだが、こちらは向こうに有効打を与えることが難しい。

 レッドカーディナルドラゴンの時は相手が巨体でそこまで動きが早くないということが大きかった。爪の攻撃やのしかかりはしっかりとスレイブニルの靴を使い宙に逃げることが出来たし、ブレス攻撃は予備動作が大きかった。火力では明らかに負けていたが、スピードという一点において拮抗していたおかげでなんとか戦いを続けることが出来た。

「あー、これでやられんのか……。うーん……ふごふご」

 しかし今視線の先で戦闘中にも関わらず鼻をほじっている男はスピードでさえ自分を凌駕している。速度というものがどれだけ優位を確保できるものなのかを知っているバルパは打つ手を考える。だがアイテムを使い捨てにしようとする間に、もっと言えば右手が無限収納に触れる間にも目の前の男は自分に数度も痛撃を与えてみせるだろう。そもそも今の男が放ったのは一本の剣による一撃でしかない。双剣を使うことからそれが全力でないことは明らかだし、あの剣を飛ばす攻撃と魔法を組み合わせればなすすべなく沈んでしまうだろう。

 一体どうすれば良い? 如何に素晴らしい武器を持っていたとして、そして如何に優れた防具を持っていたとして、相手に攻撃を与えられず相手の攻撃に反応が出来ないのならなんの意味もない。

 魔力による身体強化を全力で使ったとしても……とそこまで考えたところでバルパはふと気付いた。

(……ちょっと待てよ? 魔力による身体強化を……俺は今まで本当に全力で使っていたのか?)

 魔力を込める量を増やせばその分だけ反応速度は上がる。魔力が全身を循環する、その量が能力の向上に直結する。

 そうだ、そういう思い込みがあった。循環させる魔力の量を増やし一回あたりの身体強化の威力を高めることこそが身体強化の魔撃の全てだという先入観がどこかにあった。

 循環させる魔力の量を増やす以外にも手立てはあるはずだ。

 バルパはヴァンスがこちらに攻撃してこないのを確認してから自らの仮説が正しいかどうかを確かめた。

 半目になり、ヴァンスの攻撃に反応出来る状態を維持した上で精神を集中させる。

 まず最初に魔力をゆっくりと身体中に回していく。全身に隈無く行き渡るようにゆっくりと淀みなく魔力を循環させる。

 全身に魔力を回してからが本番だ。今まではここで身体中を巡る魔力に新たな魔力を付け足すことで身体強化の効率を上げていた。それしかないと思っていたが、これが成功すれば自分が間違っていたということになる。

 身体中に行き渡らせる魔力の量を増やすのではなく、身体中に巡る魔力の速度を上げることに魔力を使う。

 ゆっくりと小川のせせらぎのように緩やかに流れていた魔力が徐々に、徐々に流れを強めていく。頭から爪先まで、全身を魔力が駆けては巡っていく。

「……ぐぼっ⁉」

 更に速度を強め、身体中を巡らせる魔力よりもその循環速度をあげる魔力の方が明らかに多くなったと同時、バルパの鼻から生暖かい血液が出た。そしてくらくらとした酩酊感が襲い、思わず地面に膝をつけそうになる。

 更に魔力の循環を速める。もはやそれは回転の域を超えていた。凄まじい速度で巡る魔力はそれ一つが一本の曲線となって体の中で暴れまわる。

 目が充血し、涙が出そうになるほどに潤む。耳鳴りが酷くなり、幻聴が聞こえる。全身からたぎるような熱が今にも溢れだしそうになる。

「……フゥッ、フゥッ……」

 呼吸すらも早く、そして断続的になり……そしてそれら全ての異常がピタッと収まった。

 目をしっかりと開く。感覚の鋭敏さはそれほどではない、循環させていた魔力の量が少ないのだからそれも当然のことと言える。だが何かが違う、今までの身体強化では得られない何かを今自分は得ているとわかった。

「はぁ……それじゃバイバイ、これに耐えらんないようなら死ね。わざわざ助けてやる気も起きんわ」

 ヴァンスが再びその大きな足で地面を踏み込んだ、そして小さく息を吸う。次の瞬間にはやって来るのはあの高速移動、今の自分では反応することも難しい不可避の一撃。

 だがどうしてだろうか、今のバルパはその一撃を止められるという意味もない確信があった。誰かに教えてもらった訳ではないのにもかかわらず、まるで初めから知っていたことを思い出すかのようにするりと今行った新たな身体強化の使い方がわかった。

 迫ってくる、ヴァンスがその双剣を携えこちらに駆け出してくる。身体強化で視覚を強化する。目の前につまらなそうに剣を交差させる男の姿が映る。ここまではさっきまでと同じ。

 だがここからが違う。先ほどまでは動かなかった体が思うままに動く、視覚の強化具合に追い付いていなかった体の方がついてくる。

 バルパは右手で剣を構え……こちらの胴体を裂こうとする双剣の一撃を……今度はしっかりとボロ剣で受け止めた。

 交差し、威力を高めているはずの一撃を押さえたバルパを見てヴァンスが驚いた顔をする。

「戦いは、ここからだ」

「……上等っ‼」

 ワンサイドゲームだった戦いの天秤は、今ここに崩された。

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