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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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瞬間移動

 バルパにとってそれは非常に懐かしい感覚だった。まだ自分が名前もないゴブリンだった時代、暴力で無理矢理部下のような物を作り徒党を組み、そして名前も知らぬ無名の冒険者達に惨敗を喫していたあの時のビリビリと背筋が震えるような感覚。

 今すぐ逃げなければいけない、ここは逃げるが勝ちだ……そんな考えが浮かんでは消えていった遠い昔のようで、実はそれほど時間が経っていないほどの過去の記憶。

 圧倒的に劣性に追い込まれたときに感じる命がガリガリと削られていくような緊張、死というものが物量をもって自分に迫ってくることによる圧迫感。

 つまるところバルパは今、自らの命が非常に危うい状態にあることを戦闘を行う前から感じ取っていた。

「あー、まあ通りすがりって感じでもねぇな。まぁ良いやなんでも」

 男がスラリと引き抜いた剣を再び鞘に戻す、フードを取ると隠れていた顔が露になった。人間の顔の違いは彼にはイマイチわからないが、頬に一筋走っている傷痕がはっきりと残っているのはわかった。その部分だけが白く変色し、褐色の肌の上で切り取られたかのように浮いている。

 目の前の男は、遠目で見ただけではただの浮浪者か何かにしか見えなかった。端の切れたボロボロのインバネスを身に纏う彼の格好はお世辞にも整っているとは言いがたい。

 腰には二振りの剣が差してあった、鞘に隠れて中身は見えないが魔力感知の能力はそれが自らが好んで良く使う緑砲女王に匹敵するか、もしくはそれを凌駕するほどの魔力が宿っていると彼に教えている。

 そして何より目の前の男の肉体からは、未だかつて感じたことの……いや、正確にはかつて一度だけ感じたことがあるほどの大量と形容するのも馬鹿らしいほどの魔力を感じていた。

 魔力感知を使えばすぐにわかるような圧倒的な魔力を持っているにもかかわらずこの男に気付かなかったのは、自分が魔力感知を使うのを怠っていたからだ。使うよう心がけていたにもかかわらずそのことが頭から抜け落ちていたのは、おそらくミーナのことが心の中にしこりとして残っていたからだろう。

 この男は自分が殺し、そして今こうして生きることを可能にするだけの経験値を残してくれた男、勇者スウィフトクラスの実力者である。

 そんな男が今自分に刃を向けている。そしてその理由はどうやらミーナにあるらしい。

 もしやミーナが自分を裏切ったのか? そんな疑問が彼の中に浮かんで、そしてすぐに消える。心根の優しい彼女がそんなことをするとは思えないとすぐに自分の考えを否定した。

 だがだとすれば目の前の男は一体なんのために自分と戦おうとしている? それがバルパにはわからなかった。わかっているのは、戦えば間違いなく自分が殺されるというただ一点のみである。

 言葉で説得は出来ないだろうか、人間のことを最低限学んだと考えているバルパはまずは交渉から入ってみることに決めた。

「俺は戦うつもりはない。金なら出す」

「金なんぞいらん、吐いて捨てるほどあるからな。俺は戦うつもりしかない、お前に拒否権はない。どうせなら後戻り出来なくさせてやるよ……ふっ‼」

 男の姿が掻き消える、魔力感知を使い自分の後ろに高速で移動したことはわかった。しかし理解は出来てもそれに体がついていかない。魔力による身体強化を全力で発揮させてはいたが、それでもなお反応が追い付かないほどの驚異的な速度だ。

 男がバルパの背中に触れる、腰に携えた剣を抜かないことをバルパは少しだけ不思議に感じた。

「瞬間移動」

 男の囁きを聞くと同時、バルパの意識は暗転した。

 ヒュウと風が乾いた土を撫でる。完全に闇の帳が落ちる前のリンプフェルトの街から、巨大な魔力の反応二つが消え去った。 


 一瞬の明滅のうちバルパは意識を覚醒させた、急ぎ距離を取ろうとただひたすらに前に駆ける。数歩歩き距離をとったところで反転、自分に何かをしたヴァンスという男に向き直る。

「うーん……A級中位って感じか? 微妙だな」

 バルパは右後方に魔力反応を感じ、天駆のスレイブニルを使い空を駆けた。

 先ほどまでバルパが居た場所に一本の剣が刺さる。どういう仕掛けかはわからないが、それは先ほどヴァンスが抜いていたあの赤黒い剣のうちの一本だった。

「勘は鋭い、魔力感知もついているな。なるほどなるほど」

 さわさわと葉が擦れ合う音が聞こえる、だがそれはあり得ない。少なくとも人間が暮らすリンプフェルトの街中に木々など植えられてはいなかったはずだ。

 先ほどの言葉を思い出すバルパ、恐らくこの男は自分とバルパに対して瞬間移動の魔法を使ったのだ。見るのも体験するのも初めての経験だったが、そうでもないと現状の説明はつかない。

 二人が飛んできた場所は、鬱蒼と繁った森の中だった。遠くでは鳥が喉を鳴らす汚い声が聞こえ、木々はまるで二人を取り囲むかのように密集している。そして樹木が林立する中で、自分とヴァンスのいる場所だけがくりぬかれたかのように平地になっている。足元もしっかりとしていて、まるで戦うためにここだけ木々を切り倒しでもしたかのようだった。

 わざわざ自分で街を出ずに済んで手間が省けたと思う反面、どこかもわからない場所へ飛ばされたことに憤りを覚える。ここが下手に人間の領域であったりすれば、自分の本来の目的であった魔物の領域への到達が遠くなってしまう。無論他の問題も生じる。もう一度ミルドの街の近くを通るとなれば更に面倒事に巻き込まれる可能性は非常に高いし、そうでなくとも自分が一人で生活をしようとすればどこかでゴブリンとバレる危険性は高い。

「ここはどこだ?」

「あー……魔物の領域? 詳しい場所は聞くなよ、俺は方向音痴だから」

 惚けた様子のヴァンスを見てバルパは考える。場所がわからないはずはない。ならば彼は自分が得意とする領域に自分を運び込んだのだ。恐らくは自分を倒すために。

 ミーナのことは気にはなったが、命のやり取りをしなければならない時点で他人のことを考えるだけの余裕はない。今は目の前の男について考えなければならない。

 幸いなことに男は自分を侮っている。先ほど背後をとられた時にも攻撃はされなかったし、剣の一撃を避け体勢を崩しかけた時も追撃をする様子は見受けられなかった。

 それならばその侮りを利用するだけだ。ここから脱出する手立ても、魔物の領域へのことも全て後回しで良い。ここで死ねば全て終わってしまうのだから。

 バルパは腰の無限収納(インベントリア)に触れ、丸薬タイプのポーションを取り出し口に含んだ。

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