刃に願いを 3
「おらっ、もっと酒持ってこい‼ 今日はこの酒屋の酒を飲み干してやるぜ‼」
「やーん、ヴァンちゃんカッコいい~」
「アッハッハ、まぁ俺様は最強で無敵だからな‼」
彼の師匠を探すことはそう難しいことではなかった。スースさんがいれば彼女の隣にいるだろうし、もしまだスースさんが到着していなければ酒の飲める場所か女を抱ける場所で一番騒がしい場所が彼の居る場所だからだ。
ヴァンスはこのリンプフェルトの中でも色街にかなり近い酒屋にいた。女の子と楽しくお喋りが出来るかわりに酒代がべらぼうに高いので有名な店なのだが、稼ごうと思えば公爵家の税収分くらいなら稼げてしまうであろう師匠に金の心配があるはずもない。彼は凄まじく金遣いが荒いが、それでもなお余るだけの金が手に入るのがSランク冒険者という存在なのである。
「師匠、お話が」
「あらやだ、カッコいい」
「おいこらアラド、ニューニちゃんは俺のだ。やらんぞ」
「いりませんよ、そんなことよりお願いがあるんです」
「い、いらないって言われちゃった……」
女の子を無理矢理師匠から引き剥がし、ぐずる彼を強引に路地裏に引きずり込んだ。
「やだやだ、俺はもっとかわいこちゃん達と遊びたいんだっ‼ 弟子が師匠の邪魔すんじゃねぇよ‼」
「スースさんにバレたらまた半殺しになりますよ?」
「殺されねぇなら問題ねぇ……というか殺されても問題ねぇ。女遊びで死ねるなら男の本望だろ」
「もう師匠、ちょっと真面目な話がしたいので少し真剣にお願いします」
「えー、やだよなんで俺がお前に合わせにゃならんのだ。そーいうのはスースに言えよなー」
言うことなんて聞きたくないないと耳に手を当てて首を振る三十手前のおっさん、いかに温厚なアラドとはいえ彼が自分の師匠でなければ拳骨の一つでもくれてやっていたことだろう。
「ふぅ……もうまともに取り合うくらいのことはしてくださいよ。かわいい子のことなんですから」
「おまっ……それを早く言えよ‼ ほらほら吐け、さっさと吐かんと刀の錆にすんぞ‼」
相変わらず喜怒哀楽の移り変わりの激しさだと内心で嘆息しながら気持ちを切り替え、バルパとミーナという二人の人間のことをおおまかに説明した。訳ありの亜人バルパとそれを追いたいが追えない少女ミーナ。今にも別れてしまいそうな二人の関係性をなんとかして元に戻してやりたいということをミーナから聞いた話と自分の推測を交えて話す。ある一つの事柄だけを除いて。
「…………はぁ~~」
話し終えると同時、ヴァンスは大きな溜め息を吐いた。うんざりだとでも言いたげに顔をしわくちゃにしながら転がっていた空き樽に腰を下ろす。
「お前よぉ、俺を便利な道具かなんかだと思ってるんじゃねぇの?」
「いえ、それを言うなら師匠の方だと思います。どうせ僕はこの後あなたが迷惑をかけたところに謝りに回らなくちゃいけないんですから」
「弟子が師匠の言うこと聞くのは当たり前だろうが、甘えんな」
「甘えてるのはどっちですか……」
ヴァンスは腰に提げている双剣を鞘ごと玩んだ。柄を持ち剣を抜くと中から赤黒い答申が露になる。
人化の真竜と女を取り合って喧嘩した時になし崩し的に譲ってもらった牙を使って作られた超一級品の魔法の品、双牙炙螺。
二対の剣をジャグリングの要領で空へ放り投げ、柄を捕まえてはまた放り投げる。手元が狂えば指など簡単にもっていかれてしまうような魔法の武器を投げているヴァンスの顔は先ほどまでと同じへらへらとした笑い顔だ。だがアラドは、彼が身に纏う空気の種類が変わったのを如実に感じ取っていた。
「俺は今ただでさえ機嫌が悪い。乳臭ぇガキの復縁なんぞで俺の手を煩わせるな」
「……」
「おいおいそんな顔すんなよ、男なのにみっともねぇ。なぁアラド、お前はちゃあんと話のわかるやつだよなぁ?」
「……はい、そのつもりです」
「……よし、なら良い。ったくよぉ、最近はマジでつまらんぜ。なんで俺様がドラゴン討伐や残党狩りなんぞせにゃならんのだ。麦の穂でも刈ってる方がよっぽどマシだぜ、手応えがねぇったらありゃしねぇ。つぅかそもそも……」
ぶつぶつと文句を垂れ流すヴァンス、どうやら以前別れる前から溜まっていたフラストレーションは未だ燻ったままのようだ。なんとかこれを利用できないだろうか、とアラドは考えていた。どうせならあの二人だけでなく師匠も快くなれるのなら、きっとそれに越したことはないだろうからと。
「それも僕が師匠に話を通した理由ですよ」
ヴァンスは以前、少し前に別れる前から常に飢えていた。勇者であり自分を相手に引き分けたスウィフトが消え、戦いをする相手に常に困っていたのだ。真竜は今は長い眠りについているらしいし、現在進行形で彼と一対一でまともにやりあえるような生物はほとんど皆無である。魔物の領域の奥深くで亜人達の中でも強力な者達と戦えばそのイライラも解消できるのだろうが、残念ながらヴァンスは王国の指示の無い状態で国外に出るのを禁止されている。
「彼、強いんですよ単純に。多分この街だと一番強いんじゃないでしょうか」
「ほう、お前よりもか?」
「二割ですね、僕が勝てる確率が」
「ほう、そうか。ふむ……そうかそうか」
ヴァンスという人間は単純で、それ故に面倒くさい。悪い人ではないのだが、ただアラドが頼んだだけではへそを曲げて断ってしまうようなタイプなのである。
だからこそまず可愛い子が困っているという情報でヴァンスを食い付かせ、そこに説明で亜人という要素を加えた。そして最後にその男が自分よりも強いと伝えインパクトを強めてやることであの二人にヴァンスが興味を持つように仕向けたのだ。
「うし、それなら仕方ねぇが行くしかねぇな。まぁ期待はしないでおくが、どうせなら魔物の領域更地に出来る位の戦いを期待したいもんだな」
自分なりに興味を持ってくれれば、後は彼が自分の好きなようにやってくれる。そして好き放題やった結果、彼は大抵の場合物事をより良い方向へ導いてしまう。どう考えても天に愛されているとしか思えないヴァンスという男は、無自覚のうちに事態を好転させる不思議な能力があるのである。
「まずはミーナちゃんがどんだけ可愛いのか確認しに行かないとだな、可愛い女の子の泣き顔って良いもんだよなぁ……」
「…………」
大丈夫大丈夫、師匠は良い人師匠は良い人。アラドは何回も自分に言い聞かせながらヴァンスが変な気を起こさないことだけを祈った。
「まぁ、女の子っつぅのは泣いてるよりも笑顔の方が魅力的だしよ。俺も一肌脱いでやるとするかね……ストレス発散も兼ねてな、ありったけぶちまけてやるぜ」
最後の一言が不穏過ぎるが、やはり師匠は概ね良い人だとアラドは安心した。
一体結果がどう転ぶかはわからないけれど、これでバルパを巡る事態は大きく変わるはずだ。ヴァンスは亜人にもかなり顔が利くし、それに権力者との繋がりも強い。彼の鶴の一声があるだけで、バルパの身の危険はぐっと減ることになるだろう。
(……出来れば再起不能にはならないでおくれよ、バルパ)
自分の師匠のはっちゃけ具合を知っているアラドは、上機嫌に鼻唄を歌う男の背中を見つめながらここにいない男のことを思った。出来ればあの二人に幸あらんことを、そう願った。
その願いを叶えることが出来るただ一人の男は、アルコール臭い息を吐きながら夜の街を抜けていく。大量のアルコールを摂取してもなお、その足取りには些かの不安もなかった。
その後すぐにヴァンスはミーナに会い、二人だけで話をしてから宿を出た。そして感覚を研ぎ澄ませながらお目当ての男が宿から出てくる瞬間を今か今かと待っていた。
いたいけな少女であるミーナを泣かせたバカ野郎に物申し、ついでに溜まっている鬱憤を全てぶちまけてやるために。




