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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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 朱染戦鬼が呻き声をあげながらたたらを踏む、その隙を利用してアラドは大きく後ろに下がった。その間隙を縫うように後方から水の槍と氷の柱が到来する。

 避ける体勢を取ろうとしたが間に合わずに戦鬼はその魔法を食らう、そして後方からの攻撃を避けるためか当て推量で後ろへ下がった。しかしその回避軌道も読まれていたようで、ツツの大剣の一撃が思いきり戦鬼の背中を強打した。

 そこまでの体格差はないにも関わらず、巨人に殴られたかのような勢いで前に吹っ飛ぶ朱染戦鬼。大剣の風切り音があまりにも大きかったためにその苦しみの鳴き声は掻き消されてしまっていた。

 必死に空中で姿勢を制御しようと棍棒の位置を動かす戦鬼、その背後からツツが吹っ飛ばしの一撃を行うことをわかっていたらしいアラドが追う。吹っ飛んでからゴロゴロと地面を転がる戦鬼とアラドとの距離は驚くほどに短い。いくら速度が出ているとはいえあれほど距離が近いということは流石に道理が合わない。

 恐らくアラドは自分の攻撃を受けてから朱染戦鬼がどう対応し、それに対してツツがどういった攻撃を行うかも理解した上で、後退と同時に後ろを振り向き走り出していたのだ。無防備な背中を曝すなど普通なら愚かでしかない。しかし仲間を信じ、思惑通りに事態が動いたことでその愚かさが決定的なチャンスに変わる。 

 自分に迫ってくる双剣使いを見て朱染戦鬼は少し考えるような素振りを見せてからアラドを放置して後衛のミルミルとリーノ目掛けて駆け出した。

 せめて一人でも屠ってやろうという判断なのか、それとも人質でも取ろうとしているのかはわからないがその考えが間違っていたことをバルパは先ほどの食事の際の一件で知っている。

 ミルミルがリーノよりも一歩前に出た。そのまま構え、腰につけた袋に触れる。そしてどう考えても容量を超えているサイズのメイスがその右手に握られた。色は白っぽい青、宝石の原石のように鈍い輝きを放つそのメイスからも魔力を感じる、あれもまた魔法の品(マジックアイテム)であることは間違いない。

 確実に一撃で仕留めようとしていたためか、それとも油断をしていたためか、戦鬼の攻撃は酷く大振りなものだった。その振り下ろしを、ミルミルは渾身の振り上げで迎え撃つ。

 胴体ではなく武器を狙ったその振り上げられたメイスが狙い通りに黒く巨大な棍棒とぶつかり合う、硬いもの同士がぶつかり合う時特有の甲高い音が鳴る。

 恐らくミルミルは自分の攻撃が通ったとしてそのまま朱染戦鬼にトドメを刺せるとは考えていなかったのだろう、異常なほどのタフネスを誇るあの巨体ならば、メイスの一撃を食らっても振り下ろしを止めることなく行える可能性は十分に考えられる。無防備な一撃を喰らう可能性を避けての武器同士の衝突と考えると少しばかりリスキーだとバルパには思われた。そのまま押し込まれて体勢を崩せば不利になるのはミルミルだろうと考えたからである。

 しかし彼の予想外にミルミルと戦鬼との膂力は拮抗していた、振り上げと振り下ろしという武器の助走距離も考えると力の強さはミルミルの方が強いのかもしれない。

 振り上げられたメイスが攻撃を受け下がった、そして振り下ろされた棍棒が上に打ち上げられた。両者共に隙が生じる、だがその隙の価値は決して平等ではない。

 ミルミルの目の前に氷の壁が生じた、恐らくリーノが無詠唱で出したものだろう。これでミルミルの安全は最低限担保された。隙だらけのその横腹に攻撃をもらう可能性はこれでなくなった。

 そして武器をかち上げられ重心をずらされた朱染戦鬼が反射的に後ろを向いた。そこには隙を見逃してなるものかと凄惨な笑みを浮かべるアラドの姿がある。 

 あの双剣の力なのか、二対の剣が薄く光を発している。血を求めるかのように紅に染まるその剣閃が、無防備で避けることの出来ない朱染戦鬼の背中を切り裂く。

 切り上げ、切り下ろし、横凪ぎ、一回転し力を溜めての一撃。その連続攻撃は、先ほど見たそれよりも更に数段美しさを増していた。 

 切り傷が止めどなく増えていき、血が線となって走る。バルパが見ている側からでも、地面に落ちる血液の量と戦鬼の苦悶の表情を見ればその攻撃の激しさは十分に想像がついた。

 既に血を流しすぎ体力を失った朱染戦鬼はそのまま大した抵抗をするでもなく地面に倒れ伏し、その顔面をミルミルのメイスで叩き潰されて殺された。 

 人間達の血で染まるはずの戦鬼は自らが滲ませた血の池の中で赤く染まり、そして宝箱へと変わった。

 戦闘が終わったことで炎の檻が消え去る。バルパは遠くからほとんど怪我をすることもなしに階層守護者を討伐した『紅』の面々の顔を見ていた。彼らの顔には傲りがない、自分達が確実に勝利を収められる状態でも決して手を抜かずその力の全てをもって敵を叩き潰す。彼らの戦いぶりはAランク冒険者の名に恥じぬ見事なものだった。

 リーノがほとんど活躍せずに終わったために推量でしかなかったが、彼女の役割はルルと同じ回復役だろうと彼は思った。

 回復役がほとんど支援もせず少し援護射撃をするだけで朱染戦鬼は倒された。死に際に声にならない声をあげていたあの魔物の姿が自分と重なる。

 自分もまた、ああやって人間達に討伐されてしまうのではないか。もしかして自分を殺すのは、今目の前で戦ってみせた彼らなのではないか。一度考えてしまえばその想像は頭から離れない。豊かな想像力のなせる技か、彼の目の前に幻が見えた。

 人間の真似をし、人間の武器を使い、魔撃を駆使して戦っているゴブリンが呻き声をあげながら人間に殺される。戦い終わればその死体は宝箱へと変わってしまう。ただバルパは自分が殺されること自体は構わないと思っていた。負けてしまったということはそれ即ち自分が弱かったということであり、そして相手が強かったということでしかないからだ。それは受け入れなければいけない絶対的な真理のようなもので、強い闘争本能を持つ魔物である彼もまた自らの死はそれほど違和感なく受け入れることが出来た。

 だがそれはあくまで、彼自身に関してのことだ。

 今バルパの瞳に写っているのは、自分の死体だけではない。その横には死んでもどこへも行かず、何にも変わらない一つの死体が横たわっていた。死んでいるにもかかわらずその顔はどこまでもいつも通りで、実は死んだふりだったと言われれば信じたくなってしまうような慣れ親しんだ表情だ。

 そこで事切れているのは、全身が切り傷だらけのミーナだった。自分があげた魔法の品(マジックアイテム)のローブと杖は、人間達によって剥ぎ取られ、全身に残る火傷の跡と傷だらけの体だけがそこにある。

 瞬きをし、転移水晶のあるこちら目掛けて歩いてくる『紅』の姿が見えた。

(…………今のは、幻覚だ。まだ起きてもいない、自分の被害妄想が膨らんだが故に生まれてしまった虚構でしかない。その……はずだ) 

 バルパは隣でアラドに手を振っているミーナの姿を見た。そうだ、彼女は生きている。あんなに良い笑顔を浮かべながら、生きているじゃないか。

 これほどに快活な笑みを浮かべる少女が自分のような魔物と一緒にいたせいで死んでしまって良いわけがない。そんな彼女に自分と一緒に過ごし不憫な生活を強いられるような生き方を、同じ種族である人間から恨まれるような死に方をして欲しくない。

 自分だって死ぬつもりは毛頭ないが、死ぬときは一人で死ぬ。それは兼ねてから決めていたことだった。ルルを置いてきたのも、ここにミーナを置いていこうとしたのも彼女達を巻き込ませないようにするためだ。

 だが今現実問題として、自分はミーナと行動を共にしてしまっている。彼女が願い、そして自分もまた心のどこかで彼女といることを快く思っているせいで、ズルズルとここまで同行を認めてきてしまったのだ。これではいけない、これ以上彼女を危険に曝すわけにはいかない。

 戦いを見て高揚しているミーナと、戦いの直後のためどこかギラついた様子をしている『紅』の面々の話を聞き流しながらバルパは決めた。

 今日の夜、リンプフェルトの街を去ろうと。

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