連携
食事を終えるとすぐに『紅』の面々が体をほぐし始めた。第九階層に出るオーガなど歯牙にもかけないであろう彼らが戦うための準備を始める理由など一つしか考えられない。
「やはりアラド達は今から階層守護者に挑むのか?」
「うん、本当ならこんなことしてる時間なんてないんだけど……こっちにもちょっと理由があってね」
なんでもアラドの直接の師匠にあたる人間と待ち合わせをしており、その師匠が約束の日時を過ぎてもやってこないのだという。
やはり師匠というものはどこかに難があるものなのだなとバルパは目の前の男に少し親近感を覚えた。
アラドは双剣を抜いた、その二対の剣は『紅』の名に恥じぬ真っ赤な刀身をしている。握りを何度か確認してから、ぐっと頷きを一つ。呼吸を整え一度目を閉じてから開き、くるくると踊るかのように素振りを始めた。本気でないことはその速度がそこまで早くないことからもわかるが、それはとても美しい。生き物を傷つけるための攻撃が美しいということに、バルパは世界の残酷さの一端を見た気がした。
右手の剣が舞い、次に全く同じ場所を線を描くように左の剣がなぞる。左の剣が過ぎたところを今度は右の剣が直角に叩き斬り、今度は無理矢理体勢を変えもう一度右の剣で攻撃をいれる。足元には段差があり、一歩踏みはずせば体勢を崩すような状態でもその動きは微塵も精彩を欠いていない。
二つの剣を重ねて一撃の威力を増したと思えば同じ軌道で二つ剣閃が走り、次には少し軌道をズラし相手の防御をすり抜けることを意図しているかのような一撃を放つ。
何度も何度も繰り返されるその動きに淀みはない。一体何度剣を振れば彼のように滑らかに剣を振れるのだろう、一体どれだけの時間を使えばあれほど美しい攻撃を出せるようになるのだろう。そう考えて、バルパは自分が『紅』の面々をどこか下に見ていたことに気付いた。彼らがレッドドラゴンを倒したのを自慢げに話しているのを聞いて、それならレッドカーディナルドラゴンを倒した自分の方が強いとそう錯覚したからだ。
そう、そんなものは錯覚だ。自分が強いのは魔法の品のおかげ、自分が目一杯強化した身体能力も、魔力をこめて放った魔撃もあのドラゴンの注意を引くことくらいしか出来なかったではないか。
それと比べて彼ら『紅』はどうだ。確かに身に纏っているのは魔法の品だ、武器も、防具も、着ているものも。だがそこにこめられている魔力は、自分が使っているものなどとは比べ物にならないくらいに低い。自分は強力な魔法の品の数々を使い潰し、その能力に頼り、それをまるで自分の力のように錯覚し悦に浸っていた。
なんと情けない、そして力任せに振るうだけの自分の剣撃と比べアラドの一閃一閃のなんと美しいことか。
「ふぅ……あれバルパ、どうかしたかい?」
「……アラドは、強いな」
「そう? ……まあこれでも一応Aランク冒険者の端くれだからね、それ相応の実力はあるって言うくらいには強いのかな?」
「ああ、強い」
あんな風に自分も剣を扱ってみたい。まるで球を描くように、世界から提示された最適解のをなぞるように放たれる剣閃を自分も出してみたい。
「観戦していても構わないか?」
「うーん……ちょっと待ってて、僕は良いけど一応他の人にも聞かなくちゃ。あ、これはバルパとミーナちゃんのことを信用してないってわけじゃないからね?」
「ああ、わかっている」
強く、かといって独善的でなく仲間の意見を取り入れるその柔軟性。そして自分とミーナにもしっかりと配慮を行き渡らせるその姿勢。恐らく彼は自分が世界で最強になったとしても今のまま変わらないだろう、バルパは何故かそう信じて疑わなかった。
「大丈夫だって、良かったね。見られるのはちょっと恥ずかしいけど、まぁ経験がない訳でもないしね」
「そうか、存分に見させてもらう」
「本当に食い入るように見てそうで怖いなぁ……あんまり騒いだりはしないでね? あと絶対に戦いが終わって疲れてる僕達を見ても妙な気を起こさないように」
「……妙な気とはなんだ? 何もするつもりはないが」
「うん、それなら問題ないよ。……ミーナちゃんも苦労人だね」
「あ、やっぱりわかっちゃいますか? もうバルパはホントに私が居なくちゃダメで……」
「戦闘では俺がいないとゴブリンにやられかける程度の実力しか……」
「わあっ、わっ、わーっ‼」
必死になって口を抑えてこようとするがそもそも今は兜を着けているために声が出ているのは通気孔と首の継ぎ目あたりからである。そこを抑えてもどうにもならんぞと教えてやるとミーナは顔を真っ赤にして押し黙った。
「……大変そうだね、ホントに」
「わかってくれるか、アラド」
「……うん、まぁほどほどにはね」
「アラド、最後の確認すんぞー‼」
「うん、今行く。それじゃあまた後で」
「次は階層守護者を倒したあとで、だな?」
「もちろん‼」
アラドが手を振りながら段差の下の方へと向かっていた、剣舞を見ることに集中していたせいで気付かなかったが、どうやら『紅』の残り三人は既に準備を終えているようで、階段の下の方からアラドを見上げていた。最後に確認をするらしい、ならば自分とミーナは上の方で待機しておくべきだろう。
バルパは何やら話し込んでいる様子の四人を見た、連携の確認というものはやはり大切らしい。
自分はミーナに連携を教えられなかった、そもそもバルパ自身連携などというものを取った経験がほとんどゼロに等しいのだから当然のことではある。
人間は連携をすることで自分達よりはるかに強い魔物達を相手取っても勝利を収めることが出来る。
自分には今まで肩を並べられるような生物はいなかった。ミーナはどちらかと言えばこちらが保護をする側で対等という感じではない。感覚としてはルルが一番近いのかもしれないが、あの時もルルには基本的に自分の守りを固めさせていただけで二人で力を合わせて戦ったりすることはほとんどなかった。
「連携、か……」
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
この戦いを見ることで、自分は何かを得ることが出来るだろうか。そう考えてからバルパは首を横に振る。何かを得ることが出来るかどうかではない、しっかりと瞬きの合間すら惜しみ観察し、そして絶対に学び取るのだ。自分よりも強い魔物との戦い方というものを。
バルパは身体強化で視力を強化しながら、こちらに背を向け歩き出した『紅』の面々を見送った。




