紅
「ふむ、お前はアラドと知り合いなのか?」
「ばっかバルパ、アラドさん達を知らないやつがあるかよ。ミルドでだってその勇名は轟いてるんだぜ‼」
「あはは、そんな大したものじゃないよ」
彼らが組んでいる『紅』はAランクパーティーであるらしく、冒険者では無い人達にもその名は知れ渡っているらしい。名前が広がっても良いことはないだろうにとそれをさも自分の自慢のように語るミーナを見てバルパは不思議な気分になった。そもそも自分達の名前がこの街で広がってしまう可能性があることを彼女は本当に理解しているのだろうか。
「全員でレッドドラゴンを倒して、皆さんそのドラゴンの装備を着けてらっしゃるんですよね?」
「うん、でも僕達だけじゃ絶対に倒せなかったよ。なのに皆大袈裟だよね」
「レッドドラゴンを倒すというのはそんなに凄いことなのか?」
「ば、お前……いくらなんでもそれは紅の皆様方に失礼でいらっしゃるだろうがっ‼」
「ミーナちゃん、変に敬語なんて使わなくても良いよ」
「あ、そっすか」
なんだか変に体がガチガチになっているミーナを見たバルパがそんな状態で戦えば死ぬぞと助言をしてやると、どうしてか彼女にゲシゲシと足を蹴られた。
「……イケメンで強くて優しい人なんだぞ、緊張するに決まってるだろっ‼」
「前も言っていたな、イケメンってどういう意味なんだ?」
「カッコいい人ってことだよっ‼ クソッ、この無自覚イケメンめっ‼」
今度はバシバシと腕を叩かれる、バルパはミーナのことを理解する姿勢を取り止めることを決めた。
どうやら人間に擬態した自分はイケメンであるらしい。それは自分のゴブリンとしての容姿が反映された結果なのだろうか、それともあの魔法の品自体がイケメンの幻影を映し出すものなのだろうかとどうでも良いことを考えて時間を潰す。
「あ、バルパさんもどうぞ」
料理をよそいこちらに持ってきてくれたリーノに礼を言い器を受け取った、中には肉と葉っぱが入っている。
そういえばリーノはこの『紅』で唯一の女性である、それならばと彼は質問をぶつけてみることにした。
「リーノはお嫁さんか?」
「えぇっ⁉ 違いますよっ、私そんなに老けて見えますかっ⁉」
「すまんが年齢がわからん、三十くらいか?」
「さっ⁉ …………私って老け顔だったんですね。だから今まであんまりモテなかったのかなぁ……」
適当に数字を言うと何故か遠い目をされた、バルパもそれを真似してみたらミーナに拳骨を食らった。
「あの……ホントすいません、うちのバルパは田舎から出てきたばっかりで常識に疎くて……」
「……まぁ疎いとかってレベルじゃない気はするけど、面白いから許すっ‼」
「ツツ、君が許すかどうかは関係ないでしょ」
「なんだとっ⁉ 『紅』のサブリーダーは俺だろうがっ‼」
「それは君がゴネたからでしょ‼」
ペコペコと謝り合戦を始めたミーナとリーノの横では再びツツとミルミルが喧嘩を始めようとしていた。
賑やかなことだと思いながら兜を外し、スープを飲み込んでいく。中に肉と他の具材が溜まったので串を取り出し突き刺しながら食べる。
肉ではないものは全て調味料かと思っていたが、どうやら朝に食べた麺と似たようなそれ自体食べることの出来る物体らしい。このスープは悪くはなかったし、美味しいと感じられるほどには良いものだったが、ずっと肉しか食べてこなかったせいかどうにもこれだけだと物足りない感じがする。焼いて取っておいた肉をいくつかスープに入れて食べるとしっかりと満足感が得られた。なるほど、スープ全体を調味料として使うことも出来るのだなとバルパは感心しきりである。
「……」
「……」
そんな風に無言で頷いていたバルパは、自分に視線が注がれているのに気付きスープを見ていた顔を上げる。するとツツとミルミルがじっと自分の方を見つめていた。
「……なんだ?」
「は…………」
「は?」
「禿げてないじゃないですかあぁああああああああ‼」
ミルミルの嘆きが響く、その悲しげな声を聞きどうやら人間形態の自分は禿げていないということを知った。
(……まずい、こうなることを考えてなかった)
つい自分も禿げてるなどと言わなければ……と過去の自分に怒りを覚えながらどう言い訳をするか考える。こんなどうでもいい失言で自分がゴブリンだとバレるのなど御免である。
「悪い、実は禿げてたけど今は違うんだ」
「え…………まさか、つまり、それは、その……素晴らしい育毛剤をお持ちということで……?」
育毛剤がなんなのかわからなかったが、育毛剤と念じながら袋に触れてみると何か黒い液体が現れる。とりあえず育毛剤が欲しいらしい彼にそれを手渡した。
「これが育毛剤だ」
自信ありげな様子でとりあえずそれを渡すと、ミルミルは腕を震わせながら恭しくそれを受け取る。そしてそっとポーチの中にそれをしまった。
「ありがとうございます、毛はお金では買えませんからね。たとえ効かなくとも必ずお礼はしますから」
その話はそこで終わり、とりあえず難を逃れたことにバルパはほっと胸を撫で下ろした。
周囲の様子をみると食事はほとんど終わっているようで、ミーナとアラドは仲良さげに話していた。バルパは直接聞いてみることにする。
「なぁアラド」
「なんですか?」
「お前はお嫁さんを欲しいと思ったことはないか?」
「な…………そ、そんなことな、ないです……よ?」
「……なんで疑問系なんだ?」
チラチラとリーノの方に視線をやっているアラド、用でも足したくなったのだろうか。だが否定はしなかったあたり、お嫁さんは欲しているのかもしれない。
ツツとミルミルにも聞いてみたが、彼らは絶賛お嫁さん募集中とのことらしい。彼らは強いし、お金も稼げる。これであとはミーナが良いと思えばそれで決まるんだが……と彼女の方を見てみると仲睦まじげにアラドと話している。既に火で分けられていた境界線は消え去っておりミーナはあちら側に、二人以外の『紅』メンバーとバルパはこちら側にと分かれて談笑をしている。
「そんなに聞くってことは、バルパさんもお嫁さんが欲しいんですか?」
ぼうっとミーナを見ていて話を聞き流しているだけだったバルパにリーノが尋ねてきた、彼は立ち上がり彼女に食器を返しながら答えを告げる。
自分はゴブリンのメスを見て良いと思ったことはないし、旦那様になりたいと思ったこともない。ということは自分はまだ旦那様になる資格はないということだろう。
「いや、ないな。守るだけの力が、俺にはない」
「くそ……お前こんなに面白い奴なのにな……俺のお下げで良ければ使うか?」
ツツが胸のあたりに提げているポーチをごそごそとやってから鉄の剣を取り出した。彼はバルパの右手近くに転がっているボロ剣を見て、そっと鉄の剣を渡してくれた。バルパはとりあえず、それをもらっておくことにした。




