表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第一巻2/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
5/388

生存戦略

 色々と考えてみた結果武器は取り回しの利く剣が良いという答えになった、名も無きゴブリンとしては大剣が気に入っていたが、生き残るためには片手で振り回せる剣が適切だと人間の真似をすることにしたのである。片手で剣を持てばもう片方の手で別のことが出来る。もう一本剣を持っても良いし、盾を持っても良いし、短剣を投げても良い。だが彼には盾を持てることが決め手だった。

 現在自分が持っている強みは二つ、ゴブリンにしては高い身体能力と強者の持っていた袋に入っている品物の数々だ。そして中にある膨大な物品は、ここのゴブリンが着けているものよりも、そしてここにやって来る人間のものよりも強い。だからこそ自分はそのメリットを最大限活かす。強い服の上に強い鎧を身に纏い、強い剣と強い盾を持つ。攻撃よりも防御を主にするために攻撃力のある大剣よりも小回りの利く剣を選ぶ。

今出来る選択の中で最も生存の可能性が高い選択はこれであると彼は自信を持てた。使い方のわからないものもたくさんあったが、それらの意味を知るのは修練を積みながらでも問題はない。名も無きゴブリンは鎧下に竜宮の羽衣を着け、紅蓮艷花を身に纏い、緑砲女王を左手に、そして鉄の剣を右手に持ち洞窟の中を巡る。頭用の防具はないのだろうかと考えると鎧とセットらしい兜が付いていたためにそれも着け、指を守るために強さを感じる手袋も着けた。すると今度は自分が素足であることに若干の違和感を覚え、同じく強さを感じた靴を履いた。ちなみに着けている手袋は偽骸骨竜デミドラグワイバーンの骨を生地に刷り込んだ摩訶テッラ・ファンタズマと呼ばれるマジックアイテムであり足を覆う黒の靴はシンプルな革靴であった。手袋はともかく靴は履いていればすぐにダメになるだろうという現実的な考えのもと、彼は足元だけは極普通な状態となった。

 だが靴以外はどれも一級品のマジックアイテムであり、そのたくましい肉体と合わせるとどこからどうみても第一線級の実力者であった。全身を鎧に覆われており、タッパは人間とそう変わらないために傍から見ると凄まじい装備を揃えた人間のようにしか見えず、一目見ただけでは彼をゴブリンだとは気付かないだろう。彼の生存戦略は結果として自分を人間に見せるという副次的な効力を持つに至っていた。

普通の剣を使っているのは大して上手くも使えない状態で強力な物を下手に扱い、使えなくなってしまうのを恐れたためだった。石斧の教訓から武器はいずれ壊れるということを理解していたし、防御の練習をするには高すぎる攻撃力はむしろ邪魔だったという理由もある。

 この鉄の剣は良い。刃先が丸まっているせいで敵を殺さなくて済むのでいくらでも練習が出来ると彼は上機嫌であった。現在使っているのは鉄の塊を引き伸ばしただけの剣の形をした金属塊であり、それは通常稽古の際に相手を殺めないように使うものであったがそんなことを彼が知っているはずもない。

 目の前に現れた一匹のゴブリンの槍の攻撃を盾で受ける、叩き付けると武器とゴブリンがどちらも壊れてしまうためにそっと受け流すように攻撃を逸らす。すると前に踏み込んで放たれた一撃が外れたせいでゴブリンの体勢がずれる。上半身裸のその緑のどてっぱらに剣を弱くぶつける。すると相手の体が浮き後方に跳ねた、なんとか体勢を整えたことで転ぶことは免れ再び臨戦態勢に戻るゴブリン。それを見て名も無きゴブリンがニヤリと笑う、この数戦で手加減を学んだ彼は相手を殺さずに済んだことに喜びを覚えた。

 相手の突きを盾で受ける、穂先を突き上げるとゴブリンの体が浮き上がった。間髪いれずにそこに手加減した一撃を見舞う、ゴブリンは今度は音を出して後ろに吹っ飛び倒れてしまった。剣を下げてかけよると既に息は絶えてしまっている。せっかく手加減が上手くいったというのに気が緩み加減を間違えてしまった。

だがまぁ良い、ここにはゴブリンしかいないがゴブリンならば吐いて捨てるほどいる。待っていればゴブリン達が出てくる場所も熟知しているし、一対一だろうと多対一だろうと思いのままだ。

 彼は新たな獲物を求め、再び歩を進め始めた。

 ぐうぅ。自分の腹から出た音を聞き足を止める、腹に手を当てて考えてみるとどうやら自分は空腹らしいと気付いた。

 あの強者を殺し自分が自分になってからどれだけの時間が経ったのかわからなかったが、かなり腹が減っていることから考えるになかなかの時間が経過したと思われる。

 自分の強さを確かめ、武器を確かめ、人間を偵察し失敗し、そしてゴブリン相手に武器を使い対人の練習を重ねている間一度も飢餓感を覚えることなどなかったというのに、意識してしまうと急に耐えがたいほどの餓えが名も無きゴブリンを襲った。

 とにかく何かを口に入れなくてはいけない、何か食えるものはないか。

 視線を下げるとそこにあるのは自分が倒した同胞の死体だった、だがその肉の塊を見ても不思議と彼の食欲は疼かない。今までは平気で食べていたというのに、今は仲間を食べてまで飢えを満たそうとは思わなかった。ゴブリンの肉はまずいというのは十二分に知っていたし、まずくないものに心当たりだってある。彼は改めて強者に感謝しながら袋に触れた。そしてまずくないものと考えてみる、すると武器や防具と同じように中に収納されている美味しいものがズラッと浮かんでくる。

 彼は中に入っているものの大きさと色しか理解することは出来ないが、袋はそれでも十分に利用できることを知っていた。どういうものが欲しいかと考えればその品々の一覧が脳裏に浮かぶ。文字の横にはその物の大きさと小さい絵が描かれている、メニュー表のような見方が出来るために実際に物と文字を知らずとも大体の予想をつけることは可能だった。

 彼は真っ赤な肉を選び取り出した。右手にズシッとした感触と共に血の滴る肉が出る、思わずごくりと唾を飲み込んだ。空腹と興味からそのブロック肉に思いきりかぶりつく。口の中にゆっくりと血の味が広がっていく、そして今まで感じたことのない気持ちが彼の心を満たしていった。

一口食べる、するともっと食べたくなる。終わりがない、いつまで食べても飽きがこない。不味くない、無理にでも口の中に詰め込んでしまいたくなる。

 気付けば盾よりも重かったはずの肉塊は消えてしまっていた、滴っていた血が緑色の手のひらに残っているのみである。

 もう一個、いやもう一個と言わずもう二個三個と食べるべきだろうか。名も無きゴブリンは真剣に悩んだ。まだ袋の中にはかなりの量がある、数は数えられないが食べきれないくらいあるだろうという推測は出来た。

 袋に伸ばしかけた手をすんでのところで引っ込める、そして壁に手を擦り付け血を拭ってから再び盾を手に持った。ここは気の抜けない迷宮の中だ、いつ人間がやってくるかもわからない危険な場所だ。そんなところでいつまでも盾を置き肉を食べていては殺してくださいと言っているようなものである。

 食事は楽しいものではあるが、同時に危険であると彼は学んだ。食べる際は周りに注意しなければ危ない、背後から頭部に一撃をもらえばいくら強くなったとはいえ無事では済まないだろう。あの二つの出口の近くで食事を取ることは止めよう、そう固く心に決める。

 彼は再びゴブリン相手に対人戦の練習を始めた、自分が先ほど食べていたく気に入った肉が珍味として重宝されるアイスワイバーンのものであり、その生肉は信じられないほどの高値で取引されるということも知らないで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ