まずは食事から
四人組の構成は前衛二人、後衛二人という特段変わっているわけではないものだった。赤い鎧を着た男が二人と赤いローブを着た女が一人、それと赤いマントの下に黒い鎖帷子を着た男が一人。
もし倒すならまず後衛からだと魔力を循環させる、戦うと決まったわけではないが戦うための準備を怠ることは怠慢でしかない。
魔力感知を発動させた段階で、バルパには目の前の四人がかなりの実力者であることがわかっていた。彼らが身に付けている鎧、剣、ローブはほとんど全てが魔法の品だ。こいつらと戦いになるならばミーナを守りきることは出来ないかもしれない、そう考えて改めて気を引き締める。
「あー……えっと、そんなに戦闘意欲を剥き出しにしないでくれると助かるんだけど」
「安心してください、私たちはただ鬼退治にやって来ただけですから」
前衛のうち右側の男は、赤い鱗で出来た鎧を着ている。鱗鎧が胴体と足の主要部分を護っているだけなのはおそらく機動力を重視しているためだろう。腰に下げているのは双剣と呼ばれる二つで一対をなす剣で、それらは両方とも中々の魔力を発していた。
フォローをするように言葉を挟んだ女は赤いぴっちりとした服を着込んでいて、全身を覆い隠すようになっているそれはルルが着ていた修道衣とどこか似ているところがあった。胸のあたりには十字架の飾りが施されており、慎ましやかに主張する胸部のあたりに幾つも縫い付けられているのが確認できる。
「おいおいガキ、無謀な戦いを挑むもんじゃないぜ?」
「あー、ツツはまたそんな相手を煽るようなことを……」
「うっせ、若ハゲ」
「禿げてないっ‼」
大剣を背中に背負う大男にローブの男がブツブツと小言を言う。するとローブの男は最初の頃の落ち着いた様子はどこへやら、どこからかメイスを取り出し大男目掛けて振り下ろした。それに応戦するように大男が大剣を構え、それを見て神官服の女がダッシュで仲裁に向かう。
いきなり仲間同士で同士討ちが始まったのを見て、バルパはなんだか戦う気が失せた。
内部崩壊をしていてこのパーティーは大丈夫なのだろうか? とわりと本気で気になりながら剣を下げ、ピンと直立姿勢に戻り一応の警戒体制を解く。
「戦う気がないのなら構わない、いきなりだったものでな」
「ああうん、誰かが転移してきたらとりあえず身構えるのが普通だからね。別に誰も気にしちゃいないさ。名乗りがまだだったね、僕はアラド」
「俺はバルパだ」
「よろしく、バルパ」
どうやらパーティーのリーダーらしい双剣使いのアラドがバルパへ近づいてきて、そして彼へ手を差し出した。
バルパは意味がわからなかった。きっと腹が減って飯を催促しているのだろうと経験則で判断し袋に手を触れる。食い意地の張ったミーナとのふれあいにより生まれた経験則は、結果を伴ってはくれなかった。
ドラゴンの肉を、というかそもそも生肉を出すなと言われていたのでバルパは大人しく干し肉を出した。なんだかしょっぱいし、固くて不味いのでバルパは干し肉が大嫌いである。彼は在庫処分が出来て、ちょっとだけ晴れやかな気分になった。
握手をしようと手を差し出し、その手に肉を乗っけられた男はポカンとしている。手首を捻り咄嗟に落下する肉を受け止めたことからはその反射神経の鋭さが窺えた。
「あちゃあ……」
自分の後ろで変な声を出しているミーナの言葉に首をかしげていると、目の前の男がバルパの方をじっと見た。
「えっと…………ありがとう?」
「何、これならいくらでもやろう。腹が減ってるんだろう?」
「……」
「……」
二人の間に奇妙な空気が流れる。アラドは握手しようとしてもらったら何故か干し肉をもらってしまったことになんとコメントするべきか悩み、バルパはやはりこの男も自分と同様干し肉が嫌いなのではないかと不安に思っていた。そんな奇妙な沈黙を破ったのは、喧嘩の仲裁を終え戻ってきた神官の女だ。
「えっと…………それじゃあご飯にしましょうか」
アラドの手に干し肉が握られているのは空腹のサインだと理解した神官のリーノの勘違いにより、バルパ達は再びご飯を食べることになった。
どうせなら一緒にご飯でもどうですかと誘われ、バルパとミーナはご相伴することとなった。互いの自己紹介をしているうちに神官服を着ているリーノは着々と調理を進めていく。
大男の名前はツツ、ローブの男の名前はミルミルというらしい。ツツにミルミルを若ハゲと呼んでやって欲しいと言われ、それに素直に従ったバルパは危うく魔法を放たれかけた。そしてハゲという言葉の意味を知り、自分もハゲであることを理解した。ゴブリンの頭部は少し産毛が生えているくらいで、人間のようにフサフサと毛が生えているわけではない。
俺も若ハゲだ、というとミルミルの顔が少しだけ優しくなった。その理由はバルパにはよくわからなかった。
「良いですか、髪が薄くなるということはつまり髪へ向かうはずの栄養が他の場所へいっているということです。つまりハゲはフサフサよりも強いんです」
「なるほど」
「なるほどじゃない、バルパもあんまりミルミルの言葉を真に受けないでくれ。名前と頭髪で既にこいつは死にかけなんだ」
「リーダーの言葉で追い討ちくらってますけどねっ‼」
バルパとミーナは火を囲んで彼らとは反対側の位置にいた。いくら敵意はなさそうとはいえいきなり無防備になれるほどバルパも、そしてアラド達も不用心ではない。
だが概ね和やかに、二つのパーティーの食事会は続いていた。
「……なんか元気な人達だな」
「ああ、ミーナみたいだ」
「なんだと」
詰問したげな様子のミーナから視線を外し肉を水に入れて熱しているリーノの方に視線をやった。
(このまま食事を食べないわけにもいかんだろう)
彼は仕方なく右腕に人間に見える腕輪をつけた。戦闘能力が落ちるのは問題だが、そもそもゴブリンとバレるのは問題という言葉で済ませられるものではない。
普段使いのものとは違いそこまで高価ではない革鎧の下に入れると腕輪と鎧が擦れ合って不快だったため、小さく鼻で息を吸い、呼気を不満と一緒に吐き出した。
「いやぁ、にしてもお前面白い奴だなぁ‼ 握手代わりに肉を手に置く奴なんて初めて見たぜ」
バシバシと自分の腿を叩くツツは豪快に笑みをこぼす、それにつられてかアラドも笑う。
「確かに、挨拶に干し肉を物納された経験は僕も初めてだったよ」
「あのあのっ、もしかしてアラドさんって『紅蓮刃』のアラドさんですかっ⁉」
ミーナの質問に金髪の男はたははと頭を掻く。
「うーん……まだ修行中の身だから普通にアラドって呼んでくれると嬉しいね。僕なんて師匠と比べたらまだまだひよっこみたいなものだからさ」
良くわからない会話を繰り広げる二人の話に適宜おかしく思われない範囲で質問をしながら、バルパは目の前の男達三人のことをもう少し詳しく知ってみることにした。
半分諦めていたミーナの旦那様探しが上手くいく芽が出てきたかもしれない、と上機嫌になるバルパ。
どうやらミーナもアラドの事を知っているようだし、お嫁さんになる可能性は十分ありそうだ。
バルパはミーナが楽しそうに話をしているのを、優しい顔で見守っていた。




