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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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気付き

 獄蓮の迷宮は初心者向けの下級ダンジョンであるにもかかわらず、第一から第九の階層までの戦闘では明らかに物足りなさを感じそうな強い冒険者達もここには時折顔を出すことがある。それは獄蓮の迷宮の第十階層にいる階層守護者が、確定ドロップ型のモンスターであるかららしい。

 強力な生き物は死んだ際、自らの死体を変質させることがある。それはその生物がこの世界においてしっかりとした地位を確立しているからこそ起きるのだとの考え方から、命の証明(コンテクスト)と名付けられていた。

 命の証明にはいくつかの種類があるが、自らを殺した者に自分の能力の一部を渡すといったような例があげられる。それ以外にも自らの死体を素材に変えたり、自らの死体を魔法の品(マジックアイテム)へ変質させたり、あるいは自らとはなんの関係もない魔法の品を産出させたりとそのパターンは実に多い。もちろん何にも変わらずただ死体を野晒しにするだけというパターンもあるが、この場合は命の証明と呼ばれることは基本ない。

 バルパが実際に遭遇したものを例に取ればレッドオーガは自らと関係のない魔法の品を産み出すタイプの命の証明を残し、レッドカーディナルドラゴンは殺されても変質せずに素材だけを残している。そして彼は、勇者スウィフトからその力の一部を受け継いでいた。

 そう、命の証明とはこれは魔物だけでなく全ての生物に適用されるのだ。バルパが使い方も魔力の存在もわからなかったのに無意識で魔力感知を使っていたのは、彼が勇者を殺しその力の一部を継承していたからである。

 だが命の証明とは相応に強い生物でなくば出ることはなく、実生活や戦争で実際にその変質の瞬間を目に見ることが出来るものはほとんどいない。だがその例外がある。それこそがダンジョンの階層守護者という存在だ。

 彼らは必ず命の証明を残す、鱗の一つ一つが魔法の品であるレッドカーディナルドラゴン等の極一部の例外を除けば。

 故にまだ見ぬお宝を求める冒険者たちは死の危険を冒してもダンジョンに潜るのである。  

 この獄蓮の迷宮の第十階層守護者朱染戦鬼は今日もまた、自らに戦いを挑むものを待っていた。第九階層までの探索から自信を付け調子にのった初心者パーティーを皆殺しにし、危険を承知の上でやってきたベテラン冒険者達を灰に変えながらも彼は待っている。自らと対等に戦いをすることが出来る、そんな強者との相対を。


 二人は第十階層への階段に腰掛け、小休止を取ることにした。バルパがサクサクと食事の準備をしているのとは正反対に、ミーナはかなりグロッキーな様子である。

「うぅ……ちかれた」

「誰だって動けば疲れるのは当然だ、そんな当たり前のことを言うな」

「良いじゃん、口に出したい時だってあるんだよ」

「ふうん、そうか」

 バルパは肉を焼く前に、そっと袋からあるものを取り出し彼女に手渡した。

「んあ、もう出来たのか?」

 ミーナは慣れた様子でそれを受け取り、そしてクンクンと匂いを嗅いだ。

「……これ、なんか変なニオイがするんだけど」

「生きた調味料をかけた肉だからな」

「アタシに何食べさせようとしてんの⁉ あれはしばらく放置するってことになったじゃんか‼」

「……」

 バルパがじっとミーナを見つめた、ミーナはその視線を受けてちょっとしてから顔を下に向ける。

「それだけしゃべる元気があれば大丈夫だろう」

「あー……うん」 

 今度は焼き終えたばかりの肉を渡し、物々交換でほんのりの輝く肉を受け取りそのまま袋にいれた。

「これからどうするんだ?」

「とりあえず休憩だ、それが終わったらまた第九階層に戻ろう」

「帰んないのか?」

「ここのオーガは対人戦の良い練習になる、すぐに帰るのはもったいないぞ」

「転移水晶があるんだから一回戻ってからまた来れば良いんじゃない?」

「それだと気持ちが切れる、ギリギリまではここで粘るぞ」

「うん、わかった」

 二人は黙って肉を食べる、疲れている状態で脂っぽいものを食べては色々と支障がありそうにも思えるが、両者ともに鉄の胃袋を持っているために食事のペースは変わらない。ミーナが話をする余裕がなかったため会話はほとんどなかったが、その分食事は早く済んだ。

 食事を終え、戦い、そしてまた食事をして戦う。迷宮に潜るということは意識しないと単純作業の繰り返しになってしまう。それではいけない、だからこそ工夫をする必要がある。

 今自分がしていることで最大限の努力をし、出来ることを出来るだけやらなくてはいずれ誰かに追い付かれ、そして背中を刺されてしまう。

 だから自分は歩み続けなければいけないのだ、決して油断することなく。

 彼は数時間前に魔力感知を怠っていたせいで鑑定で手痛いミスをしたということもあって、今は階段の中でも常にそれを発動させている。慣れとは、油断とは恐ろしいものであるとバルパは改めて感じていた。

 まず第一にあの衛兵が嘘をついている可能性について考えなかった、微塵も疑いを持っていなかったのは人間の街の空気があまりにも穏やかで、気が緩んでいたからとしか考えられない。

 そして第二に彼は自分がミーナやルルの発言を鵜呑みにし過ぎていた、彼にはこれが一番恐ろしいと思えた。次の階層への階段には魔物は入ってこれない、彼女達は揃ってこう言っていた。だがだとしたら、自分は一体なんなのだ? 魔物であるにもかかわらず平然としここで食事をしている自分が、ただ一つの例外だとどうして信じられる?

 もしかしたら中には自分のように階段を行き来出来るようになっている魔物だっているかもしれないではないか、いやいるに違いない。彼は自分が特別な存在だなどと思ったことはない。自分は偶然と幸運で今も生き永らえているだけのただのゴブリンだ、そんな自分が最悪を想定しなくてどうするというのだ。

 自分がルル達の冒険者パーティーを奇襲した時、それが綺麗に決まったのは魔物が入ってこれるわけがないという油断があったからだ。人間に襲われる可能性を考えなかったのかということは疑問ではあるが、安全地帯などとも呼ばれているあの階段のせいで気が緩んでいたのは間違いない。

 今もまた、自分達二人を殺そうと遠くからこちらを観察しているゴブリンがいるかもしれない。彼はそんな不安を覚えてからは常に魔力感知を切らさずにいた。 

 魔力感知は彼にとって生命線に等しい。かなりの回数使い込んでいることで、そして経験値を獲得し生物としての格が上がっていることも重なり彼の魔力感知の精度と範囲は最初期と比べればかなり上昇している。

 そんな彼の感知能力が、空間に僅かなゆらぎのようなものを感じさせた。その違和感の発生源は階段中央に鎮座している紅玉、転移水晶である。

「ミーナッ‼」 

「きゃっ‼」 

 近くに居たミーナを引き寄せる、いつもよりも女らしい声をあげていたがそんなことを気にしている余裕は彼にはない。誰かがこの場所にやって来る。それが敵対的な生物であるという確証は無いが、こちらを絶対に襲ってこないなどという確証もまたない。

 近くにあった鉄の槍ではなく袋に触れ、彼は右手にボロ剣を持った。そのまま一撃をいれられるように上半身を捻り、相手が転移を完了させるのを待つ。

 ふわっと白い光が視界を遮った、バルパは闇の魔撃を発動させその光を相殺させる。どういう原理なのかはわからないが光と対をなす闇という属性は光そのものを抑え、打ち消すことが出来るのだ。

 バルパは転移してきたのが四人の人間によるパーティーであることを確認し、静かに腰を落とした。

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