到達
「なぁバルパ」
「なんだ、そろそろ行くか?」
食事を終え、少々食べすぎた自覚のあった二人は腹ごなし兼ミーナの魔力回復のために段差に腰かけていた。バルパは魔力回復のポーションをを使ってさっさと先に進んだ方が良いと思っていたのだが、ミーナの方がそれを断固として拒否した。その理由は良くわからなかったが、別段急いでいるわけでもないためバルパが折れた形である。
基本的にあまり口が達者な方ではない彼は基本は彼女の話にああ、とかうんと相槌を打つだけだったが、ミーナの声は綺麗なので話を聞くのも苦ではなかった。
そろそろ動けるようになったかとミーナの方を向くと彼女はもじもじとしながら何かを言いたげに見栄る。バルパは何も言わず上げかけていた腰を再度降ろした。
「……ごめんな、迷惑かけてばっかで」
彼女のその心底済まなそうな声色に先ほどまでのような快活さはない、そこまで活躍も出来ずすぐにへばってしまった自分のことを情けなく感じてでもいるのだろう。
バルパに全く迷惑がかかっていないかと言われれば、決してそうではない。こんなことをしている時間があればさっさと別のダンジョンへ行き、強くなることが出来るだろうと考えれば時間の浪費であることは間違いない。自分の素の能力をしっかりと把握するという意味では役に立ちもしたが、それだって別にミーナがいなくともバルパ一人でもっと効率良く行える。
バルパがこのダンジョンにやってきた理由は大きく分けて二つあり、そのうちの一方であるミーナの旦那様探しは既に頓挫しかけている。最早このダンジョンにいる意味は半減したと言っても良い。
だがまだ半分もあるのだと考えれば、それは彼にとって悪いことではなかった。ミーナは弱い、だがまだまだ強くなれる余地がある。それをしっかりと認識できただけでも、この探索行は有用だ。これであとは彼女が強くなり、旦那様を見つけられれば万事解決。バルパは心おきなくまだ見ぬ迷宮へ赴き強くなることが出来る。
「迷惑……ではあるが別に気にしてはいない。そもそもミーナを同行させることを認めた時点である程度のことは許容するつもりだったからな」
「う……一応悪いとは思ってるんだよ、いや本当に」
「……」
バルパはそれ以上何を言うでもなく立ち上がる。今のミーナは自分に依存しすぎている、なんとなくそう感じた。あまり良くない兆候だと思った、遠からず自分はミーナに別れを告げるつもりなのだから。流石にこれからずっと行動を共にするには、ミーナは弱すぎる。自分が行こうとしているダンジョンに共に向かうには明らかに力が足りていない。それが彼のミーナの実力についての正直な見立てだった。
彼女に死んで欲しくはないし、今でも自分の師匠はミーナだけだ。だが彼女と長い時間行動を共にしても、決して良い結果は得られないだろう。
このまま人間の中で暮らしていれば自分は確実にボロを出すだろうし、そうすればミーナにだって迷惑がかかってしまう。
最悪何も言わずに彼女のもとを去る必要があるかもしれない。
「行こう、ミーナ」
「うん……怒ってない?」
「ああ」
「そっか…………ならいいや」
再び笑顔を浮かべる彼女を見て、目の前の少女ともうすぐ別れなくてはいけないのかと思いバルパは一抹の寂しさを感じた。しかしミーナと自分がこれからも一緒にいるとして、お互いにメリットなどほとんどないのだ。不測の事態は必ず起こるだろうし、そして実際にその場面になったときバルパがミーナを無事に助けることが出来るとは限らない。自分のせいで彼女が死んでしまうことだけは、絶対に嫌だった。
彼女が自分になついてくれていることは好ましかったが、ミーナのことを思うからこそ彼女に旦那様を見つけリンプフェルトを去るべきなのだろう。そう結論づけ、先へ進むことにした。
第三階層はリザードマンのいる場所だった、オークよりも力が弱い代わりに素早さが高いという違いもあったが今のバルパにはそれはさほど問題にはならない。魔力を使いすぎないようなペース拝聞を意識しろと再三忠告を続けながら先へ進んでいく。
第四階層にいたのはコボルトと呼ばれる魔物だった。顔が犬、体は人間という人型モンスターであり今までの魔物と違い必ず群れをなしていたが、これも問題なく攻略。
第五階層の巖男、第六階層のリンプスパイダー、第七階層のモートカリザードと苦もなく進んでいく二人。第六階層のリンプスパイダーはこの街の名を冠するだけあってその名に恥じぬ綺麗な糸を出すが、毒息を吹き掛けてくるという厄介な特徴のためにバルパが魔撃で確実に処理した。
第八階層はゴブリン、オーク、コボルト、リザードマンが全て出る階層であり、それぞれがなんのわだかまりもなく徒党を組んでいる様子は不思議ではあったが問題なく踏破出来た。
進めば進むほど、ここが本当に初心者がダンジョンというものに慣れ、訓練をするのに適した場所だということがわかっていく。人型の魔物は人間と戦う時の訓練になるし、リンプスパイダーは毒を持つ相手をどう処理するかという基本的な事項を押さえられる。巖男はゴーレムのような固い魔物相手の戦いかたを学べるし、本当に無駄なところがない。
第九階層の敵が少し人より大きい程度のオーガであることも良い、今までで培ってきた対人戦のイロハを実践するためにダンジョン側が意図してやっているのではないかという気さえする。
第九階層のオーガの皮膚の固さは以前翡翠の迷宮で戦ったときに理解したため、この階層では魔法の品の鉄の槍を使った。どんな効果があるのかはわからなかったが、それでも相当上手く関節に入れないと刺さらない普通の鉄の槍と比べると雲泥の差があった。
ミーナも魔力を自然回復させては魔法という行程を繰り返していたためか、魔法が発動するまでの時間が少しばかり短くなったような気がする。そちらは気がするだけで確証を持てたわけではなかったが、彼女がダンジョンというものの心構えを最低限は身に付けられたということに関してはバルパは自信を持って頷くことが出来た。
流石に近接戦闘をさせることはなかったが、それでも魔力感知の結果を意図的に隠すようにしてからはしっかりと周囲に気を配るようになったし、無駄な会話をすることもなくなった。
そして二人は約半日ほどの時間を使い、獄蓮迷宮の第十階層へ続く階段へ足を踏み入れることに成功した。




