初心にかえって
これではミーナのためにも、そして自分のためにもならないではないかと気付いたのはバルパ達が第二階層への階段を発見した時であった。ミーナがかなりお喋りなせいで相槌を打つことに意識を割かれてしまい、結果としてこんな残念なことになってしまっている。バルパは自らの迂闊さを呪った。
そして気を取り直し今からはミーナにしっかりと訓練をさせようと決める。
「ミーナ、次から俺はもう魔撃を使わん。それに剣一本で行く、トドメも刺さない。お前が魔法で仕留めるんだ」
「……わかった」
バルパの真面目な雰囲気を感じ取ったからか彼女も首を振って了承する。
第二階層はオーク、豚の顔をした魔物のいる場所だという情報はギルドから聴取済みである。
前衛をバルパ、後衛をミーナとするために先ほどまでのような横一列からバルパを前に出す形を取った。
今持っているボロ剣では少しリーチが短い、実際に牽制するには槍か大剣あたりが良いだろう。ボロ剣をしまい無限収納から懐かしい鉄の槍を取り出す。以前まだ自分が目立たないように簡素で武骨な装備を、と心がけていた時につけていた槍を持つと、なんだか少しだけ懐かしい感じがする。
魔力感知を発動させる、一度に複数体を相手取るのは魔撃なしでは厳しいだろうからまず探すのは単独行動をしているオークだ。
翡翠の迷宮とは違い、カラッと過ごしやすい湿度の洞窟を先へ進む。獄蓮の迷宮の名を冠しているせいか、少しばかり熱さを感じた。鎧下の服が汗で濡れることに少し不快感を感じながらオークの元へ辿り着く。
バルパは何も言わず前へ飛び出した。回り込む軌道を取ってオークの背後を取り、軽く鉄の槍で背中を突き刺した。ピギィッと耳障りな音を立てながら振り返るオークから槍を抜き取ろうとするが、思っていたよりも深く刺さってしまっているようで抜き取るにはかなりの力を要してしまった。ねじりながら無理矢理引き抜かれた鉄の槍は、周囲の皮膚を巻き込みながら強引に体外へと放り出される。そのあまりの激痛に更にオークが声をあげたところで、バルパの方を向いていたオークの背後から火の槍が飛来した。
傷口に火槍をぶちこまれたオークは今度は声をあげることは出来ず、そのまま地面に倒れこんだ。鉄槍で頭を貫き、トドメを刺してからミーナの元へ戻る。
「これなら問題はないな」
「ああっ、アタシだってやれば出来る子だからなっ‼」
「そうか。では次は二匹、その次は三匹と数を増やしていこう。九匹の群れまで確認できているからそこまではノンストップで行くぞ」
「え、ちょっとま…………ハードすぎるってばぁ‼」
「……今の声で十匹になったぞ、良かったな」
「……むぐっ」
ミーナは手で口を塞ぎ黙った、右手に持つ杖がローブと擦れ合う。今のは適当に言っただけなのだが、どうやら彼女には効果覿面だったらしい。ミーナのこの緊張感の無さはなんとかならないものか、と彼は兜の下で小さくため息を吐く。自分がいなくなっても彼女がやっていくためには、やはり旦那様を見つけることは急務であるように思われる。
黙ったままこちらを見ている彼女のローブ姿を見て、ルルには幾つか装備品を貸していたことを思い出す。彼女を呼び寄せてから袋に触れ、幾つか装備を取り出した。
魔法の品を使いそれに慣れてしまえば武器の性能に頼った戦いになりかねないことを知っているために、バルパは丈夫そうなローブと杖、それから怪我をしたときのためのポーションを渡しておくに留めておいた。これは訓練であり、自分のカバーも間に合うだろうから彼女の装備を魔法の武具で固める必要はない。
彼女は何を思ったのか、ニコニコと笑いながら嬉しそうに装備を受け取った。
ミーナに着替えるから後ろを向いていろと言われ、彼は魔力感知を発動させ周囲に敵影がないことを確認する。それから今自分が着ている装備を全て脱ぎ、布の服の上に鉄の鎧を装着し革の靴を履いた。武器はただの鉄の槍で、左手に持つのはただ鉄を固めただけの簡素な盾である。これら全てはもちろん魔法の品でもなんでもないただの鋳造品だ、首に着けている翻訳の魔法の品を除いてのことだが。いきなり装備のグレードを大きく下げたのも、彼なりの考えがあってのことだ。
彼自身、自分の今までの魔法の品の能力におんぶにだっこな戦いは決して良いものではないことを理解していた。装備に頼った戦い方は、装備よりも強い敵が出てくれば通用しなくなってしまう。今までの戦闘は失敗すれば命を落とすか、誰かの命を落としてしまうからこその謂わば苦肉の策でしかなかった。ある程度の保険があり、出てくる魔物達の情報も得ている今ならば色々と試してみるだけの余裕はある。ならばやらない道理はない、自分が欲しいのは装備の強さなのではなく、自身そのものの強さなのだから。
「よし、それじゃあさっさと…………って、バルパ……だよな?」
「ああ」
「なんかガシャガシャ音がなってると思ったら……重鎧かよ、冒険者が着るもんじゃないぜ」
「これも案外悪くはないぞ、以前はこれで動き回ってたこともある」
一応布が関節部に挟まれているために出る音は極力抑えられてはいるが、それでも音が出ることは避けられない。以前第二階層で試したときは手当たり次第に戦っていためにさほど気にならなかったが、今は同行者もいるのでこれは宜しくないだろう。遠くの群れとの混戦となればミーナが不意打ちを食らう可能性だってある。
バルパは大人しく重鎧を袋に入れ、紅蓮艷花を除けば最も長く使っていた革鎧を取り出した。これで格好は自分が普通のゴブリンとは違うと人間にバレないように恐々としていた時のそれと全く同じである。
「そんなにすぐに装備が出来るってズルいよな、アタシはせこせこと着替えてたのにさ。あ、これしまっといて」
ミーナが先ほどまで着ていた服を渡してきたのですぐさま袋に入れる。
「……あとで嗅いだりするなよ?」
「……? 嗅ぐわけがないだろう、そんなことになんの意味がある」
「……っ、なんでもねーよっ‼」
バルパは良くわからないことを言うミーナを背後に魔力感知で得た情報を元に、二体で徘徊しているオークの元へと駆け出した。




