鑑定の習熟
迷宮に入ってから右手首に着けていた腕輪を外す、するとミーナがあっと残念そうな声を上げた。一応安物の手袋をして全身をがっちりと固めているために外見上の変化はないように思えるが、腕輪を外した今兜を取れば、中にいるのは見た目上はなんの変哲もないゴブリンである。変えていたものが元に戻っただけだというのにどうしてそれほどミーナが悲しそうな顔をするのか、バルパにはその理由が理解できなかった。
「……取っちゃうのか、それ」
「戦う時は邪魔だ。これは下手な大剣より重い」
「そんなわけないだろっ、だってちっこいじゃないか‼」
理由はわからないがムキになって近付いて来たミーナにひょいと腕輪を放ってやる。片手でキャッチされかけたそれは、凄まじい勢いで地面に落ちた。
「お……重いっ‼」
緑と赤の鉄線が編み込まれた腕輪が地面にめりこんだ、バルパは黙ってそれを回収して袋に入れる。
「着けたままでも持てなくはないが、剣を振るには少しばかり支障が出る。それにこの魔法の品は俺の周囲を薄い魔力の膜で覆うからか、着けていると明らかに魔撃の威力も落ちる」
「う……それなら…………でもでも……」
「鎧や手袋が取れた時が問題だということか? ふむ……確かに今のこれは少しばかり握りが甘くなるな」
右手で手袋越しにボロ剣を握るとどうにも掴めている感覚がない。今着けている布の手袋をしまい、良い手袋と念じ袋から手袋を出してみると虹色の手袋が現れた。現在は常時魔力感知を発動させているためそれが魔法の品であることはわかったが、さすがにこれが目立ち過ぎるということはわかる。地味で良い手袋と念じると今度は白色のものが出た。若干ながらも魔力を発しているそれを着けてみると手に馴染む。彼は最近まともに使えるようになってきた鑑定を使ってみた。彼自身未だ人間の使う言葉と言うものを十全に理解しているものではないために、彼には鑑定をかけた手袋がこのようなニュアンスで見えている。
強い蜘蛛の手袋 魔力を通す 強い 弱い 頑丈だが脆い
それがなんの蜘蛛の糸から出来ているのかもわからなければ強いのか弱いのかもはっきりしない。何かに強く何かに弱いということは辛うじてわかるのだが、それがなんなのかという情報を抜き出せるだけ習熟度を高めるには未だ時間が足りていない。魔法の品であることはわかっても能力はわからない。だが一応最低限の能力が読み取れる分最高級の魔法の品でないということだけはわかった。
ちなみに彼が今使っている魔法の品でまともに鑑定が通るのはスレイブニルの靴だけで、翻訳機能のある首飾りも、緑砲女王も、ボロ剣も、そして着ている鎧も鑑定を弾いてしまう。弾くというよりかは鑑定をされることを魔法の品自体が拒んでいるような感覚と共に、意識を集中させている目と眉間にかなり激しい痛みが生じるのである。魔力感知である程度の保有魔力量は察知出来るためにそのような事態に陥ることは滅多にないが、彼はたまに今度こそと挑戦しては失敗し痛みに呻くということを既に五回ほど繰り返していた。
「ふむ……悪くないな」
みょいんみょいんと引っ張ってみて伸縮性を確認し、一度はめてからボロ剣を握る。そのまま魔撃を壁に打ち込むと以前使っていた摩訶と同様に魔力が綺麗に通る感覚が得られた。
「よし、行こう」
「…………イケメンが……」
不服そうな顔をしているミーナを背に、彼は意気揚々と第一階層への階段を下っていった。
第一階層に出てきたのは見慣れるという言葉すら通り越しているゴブリンだった、最初に遭遇した時にミーナが嫌そうな声を出すのが強化された聴覚で彼には聞こえた。あの時ゴブリンに殺されかけていたのを思い出したのかもしれないな、そう考えながらバルパはボロ剣でゴブリンを撫で斬りにしていく。
戦闘を終えたときにミーナがバルパに近づいてくる。
「なぁ、いつも気になってたんだけどさ。その剣ってどうなってんの?」
ミーナが差したのはバルパの愛用武器であり力強い味方でもあるボロ剣である。相変わらず刀身は焦げ茶色で、その切っ先は所々が欠けて滑らかさの欠片もない。だがその見た目の悪さに反して、バルパに斬られたゴブリンの刀傷はまるで撫でられたかのように滑らかなのである。
「わからん、だがこれに鑑定をかけると失神するぞ」
「うげ、なんだそれ。呪いの武器か何かなんじゃねぇの?」
「かもな、だが良い武器だ」
バルパは右手に持つ武器がが並の剣ではないということには既に気づいている、素振りをするだけでぽっきりと折れてしまいそうにしか見えない剣がドラゴンの鱗を易々と通すわけがない。全力で刺し貫いたというわけでもなく、ただの投擲で鱗を貫通し目玉を潰せる武器が並の武器であるものか。一瞬光って綺麗な刀身へと変わったこともあったが、以前ルルと居たときのその一回を覗いては相変わらずボロっちい見た目のままだ。これほどの性能がなければ、わざわざこんなヘンテコな武器は使わない。
「ん? ちょっと待ってくれ。呪いの武器とはなんだ?」
「へ? まぁ魔法の武器のヤバい版みたいなもんだ。持ってたりするんだろどうせ、アタシも流石にこのパターンには慣れたからな。もう驚きはしないぜ、ざまあみろ」
呪いの武器、と念じると袋から見たことのある銀色の短剣が現れた。以前レッドカーディナルドラゴンを相手にした時に決め手となった冥王パティルの短剣だ。
「うわっ、お前こんな狭いとこでそんなヤバいの出すなって‼ アタシまで呪われたらどうすんだよ‼ しまえっ、しまえっ‼」
大人しくしまった、するとミーナがため息を一つ。
「驚かないぞって言ったのは別にアタシを驚かせてみろってことじゃなかったんだけど‼ ……てか大丈夫かっ? なんか体がダルかったりしないか?」
「……ああ、別に問題はないな」
「そうか……あんなヤバそうなのが平気なら多分バルパは呪いの耐性とかがあるんだろうな」
ミーナに呪いの武器、およびそれを包括する呪いの品の説明を聞くと、それらは持ち手にデメリットを与える魔法の品の総称であるらしい。そんなもの一体何に使うのかとバルパは不思議に思ったが、デメリットがある一方で普通の魔法の品よりも強力な能力がつくことが多いということらしい。使い所や使う人を選ぶらしいが、呪いの武器を使う人間というものも存在しているらしい。どんなものがあるかもわからないし、精神を乗っ取られたり酷いものでは持った瞬間死ぬ物もあるらしいので袋の中から取り出して確認をすることはしばらく止めておくことにした。呪いの品も鑑定である程度は見られるようになるらしいから、それらの性能を調べるのはもっと自分が鑑定に習熟して危険を見極められるようになってからにすれば良い。
二人は第一階層を、適度に緊張感を持った状態で攻略していった。