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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第一巻2/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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冒険者

「……ねぇ、話はバルパの部屋でしないか?」

「構わないぞ」

 食事を終えてから二人で階段を上る、それほど大量に食べた訳ではない。もし今人間に襲われたとしても迎撃は容易だろうと考えながら部屋に入った。

 部屋と行っても取ったのはついさっきで、そもそもバルパは生活用品のほとんどを袋の中に入れているのだからその様相も非常に簡素で味気ないものだ。だというのにミーナはガチガチに緊張していた。

「ベッドにでも座ると良い、これは石より柔らかいからな」

「そりゃ、石より固かったら驚くよ……でもバルパの部屋だし、座るのはそっち」

「いや、俺は立ったままで良い。この方が迎撃しやすいからな」

「あんたの頭の中が一回見てみたいよ……」

「一応ゴブリンの死体ならあるぞ、多分頭の中は俺とそう変わらんだろう」

「だから…………ってまあいいや」

 ぼふんとベッドに腰かけるミーナ、体を水で拭ったからか獣臭い臭いはしなかった。そしてそれはバルパも同様である。もっとも彼の場合それは自らの体臭を気にするというよりは鼻の良い生き物に自分の位置を気取られないようにという配慮から出た結果ではあるのだが。

「でさ、バルパはどうするんだこれから。アタシも入れたんだし、実際指名手配とかは大丈夫そうだし」

「お前はどうするんだ?」

 俺は魔物の領域に行き誰にも見られずに迷宮にこもりたいという願望は心の中に秘めたままで質問をするバルパに、ミーナは真剣な態度で答える。

「んー……バルパと一緒に行くことしか考えてなかったから、実はなんにも決めてないんだよね。とりあえずは冒険者でもやりながらあんたに常識を教えようと思ってるけど」

「迷宮に入る人間のことを冒険者と言うんだったな」

「全部が全部そうって訳じゃないけど、まぁ大体は合ってるね。バルパも一緒に冒険者やらないかい? あんたならアタシも安心だし」

 バルパはどう答えるのが正しいのかわからなかったので、ベットに重心を預けている少女を見下ろした。

「だ……ダメか?」

「……」

 自分が冒険者になるメリットとはなんだろう、そう考えてまず思い付いたのは人間としてダンジョンに入ることが出来るようになるという点だ。自分が人間として認識されれば襲いかかられることは無くなるだろうし、そうすれば以前のように色々と面倒を抱えながらダンジョン探索をしなくて済む。もっとも人間の手の届いていないダンジョンへ行けばそもそもそんな問題も起こらないのだが……まぁその分ミーナと行動を共にすることが出来るという利点もあるので相殺ということにしておいた。迷宮にいる人間はピンキリではあるだが、それは少なくともピンが存在するということである。人間の中でも強いものはいるしそう言った人間は魔物を狩れるだろうから金を持っている。迷宮探索ついでに強くて金のある人間を探して行けば良い。そう考えると良いこと尽くめなように思える。

 だがもちろんデメリットも多い。まず第一に自分が人を殺しているのがいつ露見するともわからないこと、そして第二に自分がゴブリンであるとばれることである。この二つはどちらかがバレた時点でこの街にいることは出来なくなる。デメリットとメリットを天秤にかけると明らかにデメリットの方が大きい。だが仮にその冒険者とやらにならずにいるとしたら、ミーナと別れるまではすることがなくなる。あの露店というやつをやる気は起きないし、そもそも戦わないという選択肢はない。

 それにミーナのこともある。そこまで考えてから、彼女に信頼できる男を見つけさせるまではデメリットも甘受しようとバルパはそっと首を縦に振った。

「お、おおっ‼ そうかっ‼」

 ミーナが嬉しそうにベッドの上をポヨンポヨンと跳ねる。ベッドは木で出来ているから尻が痛いだろうに、彼女の顔は満面の笑みだった。それを見てバルパはなんとなく、少しだけいい気分になった。



 善は急げと一眠りして朝になってから二人は街の東門近くにある冒険者ギルドへやって来ていた。東の方角にこの建物があるのは、きっとすぐそこに魔物の領域があるためだろうと思った。戦うならばすぐに戦闘できるような場所の方が好ましいのだろうと人間の戦闘狂っぷりに改めて気を引き締める。実際は魔物の素材を運ぶ都合上の問題なのだが、金というものがよくわかっていないバルパにそんなことがわかるはずもない。

 結局昨日は殺し合いも、そして魔物の襲撃もなかった。戦闘らしい戦闘をこんなに長い間しないのは恐らく初めてのことだと思われた。以前は時間というものの存在を知らなかったため空腹になるまでの間というくらいにしか認識はしていなかったが、それでもダンジョンの中はあの階段以外はほとんど常に戦闘状態だ。バルパは体や感覚を鈍らせるこの街の空気というものが苦手だった、ずっとこんなところに居たら弱くなってしまうとすら感じていた。

 そのため闘争本能を全開にし、あわよくば誰かと戦闘にでも発展しないかと考えながらギルドへの扉を叩く。

 そして中に入り、やはり外よりもピリピリとした空気が流れているのを感じていた。戦う者特有の、糸を張りつめたような感覚に心地よさすら覚えながら受付へ歩いていくミーナについていった。

 ギルドでは初心者に洗礼をするベテランがいるという話をミーナから聞いていたが、実際誰かが襲ってくることはなかった。少しだけ残念に思いながらも受付嬢の説明を受けるバルパを遠巻きに見ている人間達を見ればその原因は明らかだろう。

 バルパは冒険者は最初が肝心とされているという話を聞き及んでいたために、現在体をガチガチに固めている。

 フル武装はよろしくないとしまっておくことを強要されていた緑砲女王、右手に持つボロ剣、そして足にはスレイブニルの靴を履き身に纏っているのはリヴァイアサンの素材で出来た潮騒静夜。だが中でも、緑砲女王の様子がおかしい。レッドカーディナルドラゴンの竜言語魔法を吸い込み続けたせいか、本来緑一色だったはずの精緻な模様の盾が今はまるで緑の陶器に血管を浮き出させたかのような明らかに異様な様子へと変わってしまっている。

 性能も最早ドラゴンの戦闘前とは別物のそれへと変わってしまっていた。以前は風の魔力だけを吸い、魔力を蓄積することも可能だったにも関わらず今は魔力の蓄積が出来なくなる代わりに全属性の魔力を吸収し即反射するようになっている。緑砲女王を持った手で魔撃を打とうとするとその魔力を吸ってそのままバルパに増幅攻撃を放ってくるため、今やバルパは右手で魔撃を使うことを強要されてしまっていた。これが故障なのかどうかは彼にも、そしてもちろんミーナにもわからない。だが使えることは使えるし、盾としての有用さは相変わらずだったのでここへの道中はこれを利用し続けていたのである。

 そんな見るだけでヤバいとわかる魔法の武具を持っているのを見れば初心者は触らぬ神に祟りなしと逃げていく。そして本来ビギナーをからかうベテラン達はその盾だけではなく足に履いている靴も魔法の品であることを理解し我関せずの態度を貫き、一線級の冒険者達は鎧が巧妙にカモフラージュされた魔法の武具であることに気付き新たなるライバルの出現に不適に笑いながらどうにか取り込めないかと画策する。

 そして結果としてそこには派手派手な装備をしたバルパとそれを静観する冒険者達という構図が生まれたのである。

 バルパはまだ文字が書けなかったので大人しく代筆を雇い(ミーナに頼まなかったのは彼女にも書けなかったためである)冒険者登録を何事もなく終えた。周囲からの視線が好ましいものではなかったために、二人は説明を聞き流してからそそくさとギルドを去った。

「なんにもなかったな、つまらん」

「登録するだけで面白くなったらアタシは怖いよ……」

 不服さを隠しもしないバルパとまだ朝だというのにどうにも気疲れしてしまっていたミーナはとりあえず朝御飯を食べに行くことにした。

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