奴隷制度
「商会、ということは何か店をやってるのか?」
「うんそう、奴隷商人をやらせてもらってる」
奴隷、という言葉に対しバルパにはあまりいいイメージがない。
そのため言葉は続かず、ダンの方に身体を向けるだけで喋ることはなかった。
奴隷のような扱いを受けてきたダンが、自分がされてきたことを誰かに返す。
それもまた、強者の特権ではある。
だがどうやら彼は、自分が望んでいたのとは違う方向へ行ってしまったようだ。
悲しげな様子のバルパを見て、ダンは眉をしかめる。
「絶対に勘違いしてるよね? 多分君が思ってるような奴隷商じゃないよ。僕のはもっとスマートで効率的だ」
「そうか、何が違うんだ?」
「君は奴隷が好きじゃないでしょ?」
「基本的にはな。何か理由があって奴隷になった奴らは別だが」
犯罪奴隷や借財奴隷に関しては、自己の行動が招いた結果であるためにバルパ自身どうでもいいと思っている。
彼が助けたいと思っているのは、理由もなく奴隷にさせられた者達。
親が奴隷だから奴隷になってしまった者。
絶対に不可能な約束をさせられ、強引に手枷をはめられた者。
そういった理不尽に屈せねばならない弱者達を、なるべくなら拾い上げたいと思っている。 目に見える範囲にいた者は、彼なりに掬い上げてきたつもりだ。
だがバルパの両腕は小さい、助けられる数にはどうしても限界がある。
金はあるから数百人数千人なら助けることはできるだろう。
魔物の素材自体もほぼ無尽蔵にあるから、それらを売れば数万人程度なら助けられるかもしれない。
だが彼ら彼女らの面倒を見ることはバルパにはできない。
それに前に一度ルルに相談した時は、そんなことをすればまた別のところが困って奴隷が増えるだけだと言われたのだ。
バルパに人間界の複雑怪奇な仕組みはわからない。
だから彼にできるのはあくまでも世界を壊さない程度に、人を助けてあげることくらいなのだ。
だがどうやらダンは、バルパとは全く違うやり方をやろうとしているらしい。
恐らくバルパには不可能な、人間流の方法で。
「僕は奴隷制度は間違っていると思っている。ただ、奴隷を無くすことは現状では困難だ。奴隷とは安価な労働力であり、これらをいきなり全員解放して自由民にしたところで何も変わらない。皆を逃がして逃亡奴隷にしたところで、また誰かに見つかれば以前より酷い暮らしを送ることになるだけだ」
「それで奴隷商人をやっているのか? 奴隷を少しでもいいところに送ろうということだろうか」
「いや、違う。これは僕個人の考え方なんだけどね、奴隷制度はいつか終わる。だから僕はその時の流れを早めようとしているんだ」
そんなこと、一度として聞いたことがない。
たしか有史以来一千年以上、奴隷という仕組み自体は名を変えても残り続けていたはずだ。 奴隷というのは下働きの下働きのようなもので、基本的に彼ら無くては世界は成り立たない。
それがバルパにとって、そして恐らくはこの世界にとっての常識だった。
「奴隷制度が終わる理由。それは奴隷というものがそもそも非効率なものだからだ。だから奴隷制度を終わらせたいのなら、奴隷制度より効率的な制度でシステムそのものを駆逐してしまえばいい」
「……なるほど、わからん」
「奴隷は効率が悪い。何故なら彼らはどれだけ頑張っても報酬は増えないし、彼らを見張るための監督官も必要だ。本来より多い人員を動員しても、仕事のペースは同じ数の平民には絶対に及ばない。人間頑張れば報われる方がやる気が出る、そういう話さ」
奴隷制度よりもいい制度があれば、奴隷という存在がこの世界から消える。
ダンの説明自体はシンプルだが、同時に難しくもあった。
本当にそんなものがあるなら、既に世界に奴隷などいないはずだろう。
「今僕は色んな商品を手広く売っていてね、奴隷は基本的には買ってうちで働かせているんだ。そして彼らに成果報酬制を導入して、高効率で物を売るノウハウを蓄積している」
「奴隷にやる気を出させる、ということか?」
「その通り。奴隷皆が普通の平民に負けないくらい頑張るなら、その分効率は同じになる。大量の奴隷を所有している僕の商会は、普通に人を雇っている商会より人件費をカットしてるのに同じ結果が出せる。そしたらどうなるか」
「皆がお前の所のやり方を真似るな」
「そう、つまり彼らもまた奴隷の顔色を窺って仕事をしなくてはならない。それを繰り返していけば、自然奴隷そのものの地位は向上し自由民や市民に引けを取らない存在になるはずだ。それにそれだけじゃない。奴隷の引き抜きが起こるかもしれないし、待遇に不満のある奴隷達が平民並みの賃金を要求するようになるかもしれない。つまり奴隷にも権利が生じるんだ、人権がないと決められているはずの奴隷にね」
「なるほどな……」
正直バルパは、ダンの言っていることの半分も理解できてはいない。
だがどうやら奴隷にやる気を出させるということと、それで奴隷が以前より良い暮らしができるようになるということはわかった。
ダンがやっていることは、バルパには絶対に不可能なことだ。
金を光る飛び道具としか思っていなかった彼に、こんな小難しい人間界の仕組みは理解できない。
ダンはどうやら、自分にとって望ましい方向へ向けて頑張っているようだった。
それなら彼へ魔剣を返したことも、決して間違いではなくなるだろう。
バルパはどう言葉を投げかけて良いものか悩み、空を見上げ輝いている星を眺めた。
「頑張ってたんだな、お前も」
「その分バルパの方が、強くなったんじゃない?」
「強さには色々ある。お前は純粋な強さ以外のものまで手に入れられたんだ。中々できることではない」
「……そう言ってくれるとありがたいよ。僕も商会を軌道に乗っけるまでに、どれだけ働いてきたことか……」
愚痴をこぼすダンを見て、こいつも変わったなぁと思わずにはいられない。
前は感情が死んでいてただ戦うだけの人形のような男だった。
それが今ではどうだ。
自分の足で立って、自分で考えて、辛くとも毎日を生きている。
ダンと比べて自分はどうだ。
ただ戦いに明け暮れるだけで、同行者の増減はあっても生活に変化らしい変化はない。
バルパはダンより強くはなっていたが、前ほど純粋に嬉しがることは出来ずにいた。
それは彼もまた、変わり始めているということなのかもしれない。
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