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サイカイ

 バルパがそれに気付いたのは、リィに話をしてから少し時間が空いてからのことだった。

 今のまま根を詰めても碌な成果は出ないだろうと休息を取っていた彼の目の前に、大きな黒い球体が現れたのだ。


 それは夜のように黒さを湛えていて、中には夜空に浮かぶ星々のような多数のきらめきを宿していた。

 芸術品と言っても過言ではないほどの美しさを持つその珠は、恐らくはリィの咒法なのだろう。

 その物体からは、リィの魔力に近い何かを感じ取ることができた。


 宝石のように輝くその物体は、触れれば自己が消し飛びそうなほどの濃密な魔力を察知したにもかかわらず、バルパが思わず手を伸ばしそうになってしまうほどの美しさがあった。


 彼の体を容易に包み込めるほどの大きさを持ったその物体が、一気に収縮しその体積を大きく狭める。

 収縮し大人の人間ほどの大きさに小さくなってから、それは人の形を取った。


 黒く宝石のような輝きを持つ人形ができたかと思うと、バルパが瞬きを一つする間にその物体は彼が見たことのある人間へと変わっていた。


 元は化け物であり、ある日から人間へと生まれ変わった一人の男に。


「いったた……一体どうしたんだ、何か問題でも……」


 頭をさすりながら、その男―――ダンがバルパの方を向く。

 まるで仲が良い誰かに話しかけるかのように、その口調は親しげだった。


「…………」


「…………」


 バルパとダンの視線が交差する。

 バルパはダンがそれだけ気の置ける存在を見つけることができたのだとホッとしながら、安堵を隠そうともしない様子で。

 対しダンは、目の前にいきなり真緑のゴブリンが現れたことに対する驚きを隠そうともせずに呆けていた。


 二人がただ、お互いの顔を見つめ合う。

 時間がある程度経過してから、ダンがハッと意識を現実世界へと戻した。


「バルパ……どうしてここに?」


「その言葉をそっくり返したいくらいだ。……いや違うな、俺が呼んだみたいなものだからむしろ俺は謝らなくてはいけないな」


 ダンが着ている服は、以前着ていた神官服のようなものと比べるとずいぶんと質素なものだった。

 元が白かった服を着古したかのような、小綺麗でもなく汚くもない布の服を着ていたのだ。

 着けているのは魔法の品ではなく、単なる衣類。


 着ている服にさして気を使っていないということは、外敵の心配をさほどしていないということだ。

 寝ぼけながら自分に声をかけてくるくらい、休息の際に休むことができていた。それはつまり、ダンがそれだけ信頼できる仲間を見つけ、自分の進退を預けるだけの存在ができたということ。

 そういった点から察するに、恐らくはあまり命の危険のない場所に身を置いていたのだろう。


 今まで基本的に命を危険にさらし続けてきた自分とは、対照的に思えた。

 バルパはきっと、どれだけ自分の仲間が強くなったところで誰かに身を委ねることはないだろう。

 たとえヴァンスがすぐ近くで見張りをしているとしても、バルパは安心してぐっすりと熟睡するようなことはできない。

 それは言ってしまえば習性のようなもので、そう簡単に変えられるものではなかった。


 ダンは聖光教によって生み出された存在であり、その生涯は自分と同様に波乱に満ちたものであったはずだ。

 しかし今彼は、自分とはずいぶんと違った様子で日々を生きているらしい。


 ダンが自分が知らない場所でどのように暮らし、どのように生きてきたのか。

 それはバルパにとり、興味を持つに値する事柄であった。


「……バルパ、なのか?」


「ああ、そうだ。ダンには少し悪いことをしたかもしれないな。俺の都合でこんな暮らしにくい場所へと呼びつけてしまった」


「……僕は、呼び寄せられたってわけか。相変わらず、メチャクチャだ。道理が立っていない」


 ダンは周囲を見渡し、自分が居る場所が熱帯雨林であることを確認しながらそう呟く。

 彼の様子を見て、バルパは自分がもしかするとダンが保とうとしていた生活を壊してしまうかもしれないと予測した。

 ダンは戦いとは無縁な、平和な世界に生きようとしているのかもしれない。

 だとすれば自分が訓練の相手として彼を名指ししたのは、失敗なのではないだろうか。

 バルパがそう考えたのは、ほんの少しの間だけだった。


 なぜなら、ダンは―――


「でも……僕を呼び出したってことは、戦うためだろ?」


 彼と以前戦ったよりも、数段強い殺気をバルパへと飛ばしてきたのだから。

 薄肌を切り裂いて、血が流れるのではというほどに鋭いそれは、バルパの心の底にある闘争心をぐつぐつと煮えたぎらせた。


「いいよ、やろう。ここ最近はやることがあったから疲れ気味だけど……それでも僕だって、停滞はしていないつもりだ。僕に魔剣を扱う資格があるかどうか……試すためにもやろうじゃないか」


 ダンの弧を描く口元、彼の心の底からの楽しそうな笑顔。

 彼もまた自分の同類であり、戦うことを心の底から楽しめる存在なのだ。

 バルパはそれを本能で理解し、戦闘が何時始まってもいいよう腰を落とし前傾姿勢を取った。

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