どっちも
「ここにいたのか」
「あ……どうも……」
バルパが周囲を虱潰しに探してからしばらく、ようやく辿り着いた反応はヴォーネのものだった。
ある程度魔力をセーブしながら向かうと、そこには半分雪だるまになっている小さなドワーフの姿が。
下半身が雪に埋まり、ジッとしたまま動きを止めているその姿は、遠目から見ると魔物か何かのようだった。
バルパは常に纏武を使い続けていたが、彼女に属性付けした魔力を自分の肉体の中で再循環させる技術はない。
だがヴォーネの持つ魔力の輝きは、失われていない。
どうやら彼女には、彼女なりにこの地でのサバイバル術を見つけているらしかった。
既に周囲には黒の帳が降りており、目を凝らさねばすぐそこにいる人影を見失ってしまいそうなほどに、世界を闇が支配している。
ビュウビュウと音を立てる吹雪と強烈な風が、二人の鼓膜を絶え間なく揺らしていた。
「それは……」
「あ、これですか? たき火をしようと頑張って集めたんですけど、火を点けてもすぐに消えちゃって……」
「寒さは大丈夫なのか?」
「あ、はい。服に刻印を入れてますので、防寒対策はある程度はできてます。バルパさんは、熱くないんですか?」
「熱くも寒くもないな。……たしかに傍から見ると、燃えてるようには見えるだろうが」
灼火業炎を使っているバルパの姿は、客観的に見れば燃えているゴブリンである。
バルパはふと、疑問に思った。
自分は温かさのような物を感じてはいるが、この状態は他人へどういった効果を及ぼすのだろうか。
一寸先を見ることすら難しい極寒の地で、ヴォーネは体勢を変えることのないまま一人、炎の灯っていない木切れを見つめている。
バルパは念のために魔力感知を再使用してから、彼女の側に腰掛けることにした。
「どうだ?」
「あ……なんかちょっとあったかいですね。すごい、たき火要らず」
どうやら灼火業炎は、他人にも暖を取らせるくらいの温かさを持つらしい。
これもまた、新たな発見だった。
「……」
「……」
見ている限りでは、彼女の修行もそう上手くは行っていなそうだ。
もし既に咒法の一つでも身につけているのなら、もっと上機嫌でなければおかしいだろう。
バルパは纏武が切れる度に発動し直しながら、これはもしかするとたき火における木の継ぎ足しのようなものなのかもしれないなどと益体もないことを考えていた。
ヴォーネは何を考えているのか、体の雪を振り落としてから少しだけバルパに近付いてきた。
会話もなく黙りこくる、雪景色の中にいる燃えるゴブリンとドワーフの少女。
二人きりで話をしたことは、実のところほとんどない。
そのためバルパは、会話の切り出し方について頭を悩ませる羽目になった。
こういう時は自分が話しやすい話題、もしくはその周囲にあるような近しい話をするのがいい。
バルパはまず、自分の修行が上手くいっていないことを彼女へ説明することにした。
なんの面白みもない、彼がただ色々と試しては失敗した出来事を述べていくだけの、つまらない話だ。
欠片ほども面白くないはずの話にも、彼女はきちんと相槌を返してくれた。
バルパは話をしているうち、胸中に幾度か感じた感傷を再び宿していた。
そう遠くないうち、ヴォーネと別れることになるという事実。
それがこうして、他の誰よりも早くヴォーネと自分を巡り合わせたのかもしれない。
ピリリの時も思い、レイの時も感じたというのに、どうにも慣れない。
誰かとの別れというものは、いつだって新しくて古びない。
慣れてしまったときはきっと、心が摩耗してしまった時なのだと思う。
バルパはなんとなく、そんな風に思った。
「……と、俺の修行は大体こんな感じだな。ヴォーネの方はどうだ?」
「あー、まぁ……可もなく不可もなくって感じかと」
「やって来たことを、後悔してはいないか?」
「してますよ、もちろん」
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
返ってきた言葉に面食らうバルパを見て、ヴォーネは前に回していた腕を背中へと向けた。 両の手を雪に埋めながら、彼女は笑う。
「でもきっと、来なくても後悔しましたから。だから多分、これでいいんです」
「――――そうか」
ヴォーネがしている修行は、刻印術の咒法バージョンとでも呼ぶべき代物だった。
彼女の修行内容は、刻印術使いと戦いでもしない限りは、バルパにとって意味をなさないものだった。
しかしバルパは相槌を返しながら、ヴォーネの話を無愛想にうんうんと聞いていた。
二人の姿は雪の中で異様そのもので、しかしヴォーネの表情はひどく自然体なものだった。
次回の更新は1/9です
今年もよろしくお願いします




