手詰まり
「魔力の物質化はできても、その先に進むのがこれほど難しいとは……」
リィが去ってから一週間近い期間、バルパはジャングルの中で一人練習に励んでいた。
彼が教わったのは、咒法の基本的な構造と、純粋に魔力を出力するだけで使うことできる空中浮遊の咒法の二つである。
教わったと言っても口で原理を聞いて実演を一度してもらっただけなので、完全にレクチャーを受けたとは言い辛い。
だがリィは既にどこかへ行ってしまっていたため、バルパにできるのは教わったことを反芻して自分の中に取り込もうと努力することだけだった。
「……流石に、疲れるな」
眉の間を揉むと、まるで岩か何かのような硬い感触が返ってくる。
首を回せばゴキゴキと嫌な音が鳴り、身体を捻るとバキバキと枯れ枝が折れるような音が鳴る。
深呼吸でもしようかと立ち上がると、一週間ほぼ不眠不休で練習を続けてきたからか視界が滲んだ。
倒れるほどではないが、若干身体が重たい感じがする。
貧血というわけでもないだろうから、純粋な疲労によるものだろう。
どうやら根を詰めすぎたせいで、身体が音を上げ始めているようだった。
とりあえずはこれで一区切りにしようかと、バルパは自分の己の手のひらに意識を集中させる。
バルパにとっての魔撃の発動プロセスは三つ。
魔力の循環、変質、そして放出である。
バルパはまず、大量に魔力を循環させた。
そしてぐるぐると身体を巡らせた魔力を変質させる段階で、それを圧縮。
魔力が凝集し、濃縮されていく。
魔力が物質化するのとタイミングを同じくして、それを放出。
今回は指向性を持たせていないために、彼の手のひらの上に固まった魔力が現れる。
ここまではバルパが足場を作っていたものと全く同じ、既にできていたものの反復。
ここから先が、彼が修行すべき新たなステップだ。
バルパは手のひらに集まり、固まった魔力に意識を集中させる。
咒法というのは平たく言えば、魔力の多様性の幅をより広げた魔法のことである。
人間が使う火や水といった属性魔法という狭い枠組みに囚われず、魔法の品が発揮するような効果を魔力を使うことによって再現させる。
その発動に必要な手順は、魔法や魔撃とは異なり複雑で数が多い。
咒法によって異なるために、一系統を学べばすぐにあらゆる咒法が使えるようになるわけでもない。
バルパが習った空中浮遊の咒式は、あまり他の咒法に応用が利かない代わり、比較的魔撃に近い使い方ができる低難度の式である。
「ふっ…………」
バルパはまず、無理をせずに意識を集中させて物質化した魔力を留めようとするために、魔力を使用する。
物質化した魔力は、何もしなければ数秒もしないうちに大気中に溶け出し、どこかへと消えてしまう。
それを押しとどめるためには、魔力の物質化を維持するために魔力を使用する必要があるのだ。
バルパは魔力の物質化を続けたまま、新たなステップへ踏み出そうと意識のリソースを割こうとする。
魔力の再流動化を今度こそ成功させようと魔力を更に使おうとし……物質化した魔力が霧散していずこかへと消えていってしまった。
「む……やはりダメか」
咒法を使うには、魔法の手順にプラスする形で幾つかの行程を習得する必要がある。
一連の流れを説明すると、彼が使おうとしている咒法の発動は、
循環→変質→放出→再流動化→再変質→放出
という六つのプロセスから成っている。
放出するまでは魔撃と同様だが、その次のステップで彼は既に躓いていた。
それは再流動化と呼ばれる、一度物質化させ固体へ変えた魔力を、元の状態へと戻す行程だ。
物質化させた魔力を再度流動化、つまりは通常魔撃を使う時のような形へと戻す。そして再度魔力を変質させ放出させる。
物質化した魔力が元の状態へ戻る時のエネルギー、そして物質化し放出された魔力自体が持つ推進力を用いることで、滞空することが可能になるという仕組みである。
バルパは一週間ほどかけて粘ってみたのだが、再流動化を行うことがどうしてもできなかった。
一度身体の外に出した魔力に対して干渉を行うイメージが、どうしても湧かなかったのだ。
彼にとって魔力とは一度出せばそれで終わりという、使い捨ての魔法の品のようなものだった。
魔撃を体内に取り込む纏武が感覚としては近いかもしれない。
そう考え何度となく試してみたが、結局上手くいくことはなかった。
纏武は一度変成させた魔力を引っ込めて再循環させる技術であり、体外に出した魔力との関連性は薄かったようである。
それならばと色々な方法を試してはみたが、結果は芳しくない。
魔力を使って魔力に干渉する。
その具体的な像を、バルパは掴むことが出来ずにいた。
「このままでは、埒が明かんな……」
自分でも袋小路に嵌まっていると感じ始めていたバルパは、他の皆の様子を確認してみることにした。
咒法を学ぼうとしている者同士、何か通じ合えるものがあるかもしれない。
彼はリィに教えられた、他の皆が居る場所へ向かうための転移魔法陣へと、歩き始める―――。
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