自分が今、ここに立っている理由
「魔物、モンスターというのはこの星にとって脅威に他ならない。中には一体で自分を壊せてしまうような奴がいるんだ、心中ただならぬのも当然のことだとは思わないかい?」
リィは白い頭髪をかき撫で、壇上から皆を見渡す。
一人一人にしっかりと目線を向ける彼は、彼は舞台役者のように大げさで、芝居がかった動きをした。
彼の手が通った髪が、その指先に従って後ろへと流れていく。
「だから俺達が生み出された、ということか? 魔物を殺すために、星の方も魔物を使って戦おうとしたと?」
「毒を以て毒を制すという言葉もある。魔物を倒すために魔物を使うのは、なんらおかしなことではないよ」
この星には意思のようなものがある。
今バルパ達が立っているこの大地、それを構成する星自体が意識を持っており、自分の存在が誰かに壊されぬように迷宮を、そしてユニークモンスターを生み出した。
荒唐無稽な話だ、到底信じられるものではない。
バルパは迷宮で生まれたユニークモンスターだ。
リィの話を聞いたことで、自身の足下が揺れたような錯覚を覚えてしまう。
自分というゴブリンは、生まれた場所すらも何かによって決められた存在。
自由意志はある。
強い思いもある。
そう簡単に、自分を曲げるようなことはしない。
しかしバルパ自身、そして自分を育てた環境までが星の手によって作り出されたということにはショックを受けざるを得なかった。
まるで自分の背中に見えない糸がついていて、誰かもわからぬ黒子により自身が操られているような錯覚だ。
「……迷宮が強い生き物達への対抗手段になっているとは思えないが。俺は迷宮で生まれ、そして幾つもの迷宮を渡り歩いてきた。迷宮は対抗手段というより、むしろ自分の敵であるはずの存在に利益すら与えているように思える」
「そこは未だにわからないところの一つだ。僕は迷宮が暴走し、本来の意図とは違う使われ方をするようになったのだと仮説を立てている。恐らくは迷宮は入った者が決して戻って来れぬような、難攻不落の不夜城のようなものだったのではないかな。原初の時代に稼働していた迷宮が、年を経てメンテナンスがおぼつかなくなり、本来の目的として使えなくなるほどに弱まってしまった。結果として人間や魔物、それに亜人種達を育てるような施設へと成り下がった、というのが僕の予想だよ」
バルパはリィの言葉を聞き、それ以上何も言わずに頭を巡らせる。
自分が生まれてきた理由がある者は少ない。
自分で決めたのか、他の誰かに決められたのかは違っても、理由と言えるだけの何かを持っている者は全体から見ればごく少数だ。
バルパには生まれてきた理由があった。
魔物や竜といった、星そのものを脅かしかねない者達へ抗するための手段。
それこそがユニークモンスターであり、バルパがこの世界に生み落とされた原因だったのだ。
彼は自分には、生きねばならない理由があると、そう強く思っている。
誰かに無惨にやられるだけの、様々な者達を守ること。
人間達に追い立てられるだけの他種族達を、魔の手から守ること。
されるがまま生きることしかできぬだけの弱者に、救いの手を差し伸べること。
バルパがしたいと思っていることは、つまりはそういうことであった。
だが誰かに手を伸ばすには、己の手が空いていなくてはならない。
だから余裕を、余裕を生み出すことができるだけの強さを、彼は欲したのだ。
だが彼には自分のそのような意思とはまた別に、魔物に根ざす本能のようなものがあった。
それはより強くなりたいという、半ば強迫観念にも近い強い願いだ。
その衝動を最初に感じた時は、何度も人間達に煮え湯を飲まされてきたことへ対する反射的なものなのだとばかり思っていた。
或いは魔物という魔性の存在だからこそ感じる、飢えのようなものなのだろう、と。
しかし今のリィの話から考えれば、どうやらバルパを度々襲ってきた圧迫感を伴う衝動は、彼がユニークモンスターだからこそ生まれてきていたものらしい。
強くなりたいという思い。
そして強くならねばという心の底からの渇望。
強くなり、敵を排せよと、母星は自分に期待していることだろう。
誰かに自分の全てを規定されることは好きではない。
しかし今のバルパは、自分を構成する全てのベクトルが、真っ直ぐ一直線に同じ方向へと向いていた。
即ち、強さへ。
誰にも抗うことができるだけの、強さ。
結局の所、事情を聞いたところでバルパの最も根幹の部分は変わらない。
顔を上げ、リィを見る。
彼はいつのまにかかけていた眼鏡の奥で、キラリと好奇心に瞳を輝かせている。
リィは自分を、特異な存在だと認識している。
だからこそ彼はここまで、自分達に好意的に接してくれているのだ。
その事実を飲み込み、いずれは目の前のリィにも抗して見せようと、心に誓う。
それ故に今は、リィに教えを乞う必要がある。
憂いが消え、頭の中がすっきりとしたバルパは、
「俺のことはわかった。さっさと咒法のところまで進めてくれ」
リィはその様子を見て、何がわかったのか感慨深げに何度か頷いた。
そして勢いよく両手を叩き、
「今日一日で座学は済ませてしまおう。明日から早速、実地訓練なんかも交えながら行こう。全速力より少し遅い、そんなペースで頑張っていこうか」
バルパはリィに語りかけていたし、リィの目には明らかにバルパしか映ってはいなかった。
しかし無論、この場所にいるのは彼ら二人だけではない。
リィへと否定の言葉を投げかけたミーナは、自分達を取り残して二人だけの世界に入っている彼らを見て奮起した。
(面白くないな……でも魔力量なら私が一番だ。魔法の練習の量は、私が一番多くこなせるはず)
ルルは頬に手を当てながら見ていなさいと心の中で決意を新たにしていたし、ウィリスだって内心面白いはずがなかった。
(私にだってできることがあるはず……全部だなんて贅沢なことは言わないから、一つだけでも、皆に勝てるような何かを――)
ヴォーネもやる気の炎を燃やしている。
小さくガッツポーズをしている彼女の背中には、青い炎が燃えているようだった。
士気は上々、教師は上等、教わるものは超がつく上級魔法。
こうしてバルパ達一行の、竜の渓谷での修行が始まった――――。
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