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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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人間かゴブリンか

「あむあむ……なぁバルパ」

「んっく……なんだ」

 それはリンプフェルトの街並みがそろそろ見えてきてもおかしくないほどの場所まで進んだ時のことだった。バルパが取り出したよくわからない肉を、ミーナは美味しい美味しいと口にいれている。彼女がこの二日間で食べた肉は、以前食べさせてもらったアイスワイバーンの肉だけではない。バルパはルルにしていたのと同じようにレッドドラゴン、ブラックドラゴン、サンダードラゴン等のエレメントドラゴン達の肉を提供していた。

 今はただ旨い旨いと食べているミーナではあったが、初めてドラゴンの肉を口に入れた時は大変だった。そのあまりの美味しさに小躍りして、おかわりをせがみ続け腹を壊したのである。

 バルパに腹ごなしの薬をもらい一息ついて、しばらくしてから二度目の食事となったときに自分が今まで無心に頬張っているときに彼女はふと自分が食べているものがなんの肉なのかが気になり問いかけた。

 バルパは彼女の質問になんでもなさそうな顔をして答え、そしてそこでミーナはようやく王公貴族でも滅多に食べられないようなドラゴンの肉であったことを知る。その時は驚きのあまり思わず手に持っていた肉串を取り落としてしまうほどの衝撃を受けた。もちろんそんな高級な食べ物を粗末にするなどもったいなかったので、丁寧に土を払ってからしっかり完食したのだが。

「そろそろリンプフェルトに着くぞ」

「そうか」

「バルパも行くだろ?」

「……ああ」

 少しだけ黙ってから頷くバルパ。そのまま何も言わずにミーナの下を去るのは不義理だと感じ、せめて彼女が最低限の生活が出来るようになるまでは一緒にいよう。それが彼が出来る、精一杯の譲歩だった。

「その格好じゃあ絶対怪しまれるぞ、なんか手はないのか?」

「何故だ」

「全身鎧で顔まですっぱり隠した人間が怪しくないわけないだろ? 門番だってそんな奴の兜を取って顔を確認しようとしたりするのは当然だろうからな」

「壁を越えて入っていけば良い」

「見張りがいるよ、リンプフェルトはミルドみたいな田舎じゃないんだ」

「ならリンプフェルトを迂回して北か南に行けば良いだろう」

「でもそうしたら迷宮が無いじゃないか」

 ミーナが言うことにはこのままでは自分は間違いなく顔を確認され、ゴブリンだとバレるらしい。人間と数度戦闘し、人殺し犯になってから街にほんの少しだけ入った自分ではそうは思わなかったが、彼女が言うのならきっとそうなのだろう。

 バルパは彼女の話を聞いてそれなら尚更空を行けば良いのではないかと思ったが、それを口にはしなかった。

 リンプフェルトは東の辺境、その上下には同じく辺境の街がいくつか広がっているがやはり一番開けているのは今から目指す地である。魔物の住む場所と人間の住む場所は明確に線が引かれており、その境界線は海よりも深い溝(ノヴァーシュ)と呼ばれている。その先、未だ人間の支配の及んでいない場所へ目指すならどの道街は通らなくてはいけない。ノヴァーシュの向こう側は今は押せ押せドンドンなムードで土地を欲する王国を中心とした貴族達が進軍を進めているために国境線の警備事態はかなり雑らしい。その隙を狙い奥まで向かい、人間の手が届かないような場所にまで行くのが今の彼の目的である。だがそんなことを言っても反対されるだけなのがわかっているために、ミーナには迷宮に行くとしか伝えていない。それを彼女はリンプフェルト近くの迷宮のことだと勘違いしているだろうが、間違ったことは言っていないのだから問題はない。訂正して面倒が増えるより、彼は現状を維持することを選んでいた。

「それならどうしろと言うんだ?」

「それは……あれだよ‼ なんか人間になる薬とかさっ、人間っぽくなれる魔法の品とかさっ、なんかあるんじゃないの?」

 人間になる薬と念じると紫色の液体が入ったガラス瓶が現れた、そして人間のようになれるものと念じると緑と赤の細長い針金で編み込まれた腕輪が現れた。

 どうやら自分は人間になれるらしい、それなら人間からゴブリンに戻る薬と念じると何も出てこなかった。どうやらゴブリンから人間にはなれても、人間からゴブリンには戻れないらしい。

「それを飲めば……人間になれるのかっ⁉」

「……ああ、多分な」

「相変わらずデタラメだな、バルパの持ち物は。なんでもありじゃないか」

「なんでもありではない、一度人間になればゴブリンには戻れない」

「え……そうなのか」

 ゴブリンは即答した。これはあくまで勇者が今まで勝ち得てきた持ち物が納められているだけであって、なんでも願いの叶う魔法の袋というわけではない。それを聞いてミーナは落ちつかなげに彼の方を見た。その顔には期待の色と好奇の色が半分ずつ浮かんでいる。どうやら彼女は自分に人間になって欲しいようだとバルパは朧気ながらに察した。

 バルパは一瞬の躊躇もなく、ガラス瓶を袋の中に戻す。

「あっ……」

 ミーナの名残惜しそうな声を聞いても、彼の気持ちは微塵も揺るがない。バルパは自分を見つめている彼女を毅然とした態度で見つめ返した。

「自分は人間になるつもりはない」

「……そっか」

「ああ、人間になって魔撃が使えなくなる可能性も、今よりも弱くなってしまう可能性もある。そんな危険は冒せない」

「そ、それはなんか考え方がズレてるような……もしかしたら強くなるかもよ?」

「バカを言うな。人間の強さは体や魔力量とは土俵の違うところにある、そんなことを知らない俺ではない」

 バルパは人間になる気など毛頭なかった。人間の真似をするだけでは駄目だということは既にわかっている。もし人間になれば、今のような魔撃は使えなくなる。腕力も減るだろうし盾もまともに持てなくなるかもしれない。

 今の自分の戦い方は、魔物のそれに人間の戦い方を混ぜた特殊なものだ。魔物としての強靭さ、魔物としての素の能力の高さ、そこを失ってまで人間になりたいとは思わない。

 それになにより、バルパは人間より強くなりたいのである。だから人間になってはダメなのだ。こんな薬は自分よりもっと他の魔物に使うべきだろう。

 彼の頑なな態度を理解してか、ミーナが下を向き、足元にある煤けた石を蹴っ飛ばす。

「……バルパの好きにすれば良いさ。あっ、でもそのヘンテコな腕輪は着けてよね?」

「……ああ」

 ゴブリンは腕輪の分だけ腕が重くなるのは正直嫌だったが、ここはゴネるところではないと判断しその腕輪をつけた。

 金属製ではあるが、重さは僅かに違和感を感じるほどのものでしかない。それを着けてみると、自分の体を覆うように薄い魔力が展開されるのがわかった。

 どうやらこれは、魔力を使い見た目を誤魔化すようなものなのだろう。納得して腕輪の位置を調整していると、カランと軽い音が鳴った。

 前を見ると肉を食べ終え右手に持っていた串を落とし、惚けたような顔をしているミーナの顔があった。

「……すご、もしかしてバルパってゴブリン界のプリンス?」

「プリンスとはなんだ、プリンならあるぞ」

「え、ほんとに⁉」

 そのまま固く尻に悪い石に腰掛け、二人でプリンをつつく。だが食べている時は食事に夢中なミーナがチラチラと自分を向くのが気になった。

「なんだ、外した方が良いか?」

「いやいやいや‼ そりゃあっちも悪くないけど今の方が絶対良いって‼ これならリンプフェルトの関所も安心だよ‼」

「そうか」

 バルパは甘いものがそれほど嫌いではない、というかかなり気に入っていた。人間より遥かに飢えに強く数日は食べなくとも生きていける彼であっても、甘味の魔力の前には膝を屈してしまうのである。甘いものを食べると太るとルルに聞いていたのでそれほど食べることはないが、たまに食べるその一時の楽しみは戦闘の次の次くらいに好きだった。

 バルパは気付かれていないつもりなのか未だに自分を見てくるミーナに辟易としながら目を閉じ、半警戒状態で眠りについた。

「…………イケメン」

 寝る前に彼女がぼそっと呟いていたその言葉がどういう意味なのかはわからなかったが、バカにされてはいないようだったので深く追求することはなく彼は瞼を閉じたままでいた。

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