興味の対象
バルパ達の前に現れたのは、不思議な雰囲気を持つ男だった。
着ている衣服は白衣、魔力の反応もあるなんらかの魔法の品だ。
髪にはパーマがかかっていて、寝癖を直していないからかところどころが跳ねている。
彫りが薄く、印象に乏しい顔立ちをしている。
魔力量は明らかに少ないが、彼もまた真竜の一角。
己の強さを偽っているのは疑いようのないことだ。
ボサボサの髪をかき上げるその様子は、草臥れているようにしか見えない。
しかしその瞳には、少年が持つような眩い瞳の輝きが隠れていた。
全体的には厭世的な世捨て人の感があるが、バルパを見る目からは興奮や関心が隠せていない。
興味のあるものにだけ自分の持てる神経の全てを注ぐような、研究者や学者にありがちな壊れた関心の天秤を傾けながら、彼はバルパをジッと見つめていた。
自分に竜の歓心が引けるような何かがあるとは、バルパ自身思ってはいない。
強さも、魔力も、成熟した真竜達と比べれば未熟なのは間違いない。
となると眼前の老人が自分に興味を持つ理由とはなんだろうか。
自分が勇者の持つ稀少な魔法の品を持っていることか。
はたまた自分が真竜の死体を持っていたことか。
それとも身体のどこかに残っていた、ヴァンスの反応でも嗅ぎつけられたのか。
バルパは、舐められぬよう魔法の品である白い全身鎧を身に纏っている。
霊獣と呼ばれる強力な守り神を用いた、白い革鎧の中にいる己の正体を、既に男は看破しているように思えてならなかった。
男は後ろにいるミーナ達には目もくれず、バルパをジッと見つめ――そして顔を上に向ける。
バルパも釣られて見上げてみると、そこには青空が広がっていた。
竜の渓谷から見上げる空は曇り淀んでいた。
恐らくはダンジョンのように空間を歪めているか、幻影を本物のように見せかけているのだろう。
「己が足で立つユニークに、それに付き従う長命種……まさか私にお鉢が回ってくるとは」
己がゴブリンであり、かつユニークモンスターであるということまで看破されている。
自分ですら確証を持っていなかったことを見透かされれば、流石に動揺を隠すことはできない。
男は狼狽するバルパを見てからハッとして、急に襟首を正した。
「おっといけない、自己紹介がまだだった。私はリィ…………いや、長いからリィと呼んでくれて構わない」
「リィ、よろしく頼む。俺はバルパ、最早何も言う必要はないとも思うが、ゴブリンだ」
バルパが右手を上げ、面頬を上げて素顔を晒す。
当たり前だが、リィはそれを見ても毛ほどの動揺も示さない。
「話に聞くところによると、なんでも咒法に興味があるそうだね?」
「それで強くなれるのなら、是非ご教授いただきたい」
「教えるとも。後ろに控えているお嬢さん達も一緒に、ということで構わないのかな?」
「話が早くて助かる」
打てば響くように、バルパの正体もその目的も理解しているリィ。
強さの正確なところはわからないが、人化した時の見た目が高齢ということは、恐らくは竜達の中でもかなりの古株なのだろう。
長い年月を生きた竜というのは、これほどものわかりがよくなるものなのだろうか。
先ほどまで一緒に居たエナと比べると、随分と様子が異なっている気がする。
「その竜の魔法……咒法というものの習得難度は、一体どのくらいなのだろうか?」
「これはあらかじめ言っておくけれど、種族と才能による。後ろのエルフとドワーフは比較的早いだろうが、それでも数年では利かないと覚悟しておいた方がいい」
「例えば未熟であろうと、咒法を使うこと自体は可能なのか?」
「それならさほど難しくはない。大層な名前がついてるし魔法とは原理からして違うものだが、咒法と魔法には共通点も多いからね。というか正確には、咒法を真似て生み出されたものが魔法なわけだけど」
自分達は図らずも、魔法のルーツというか大元に辿り着いてしまっていたのか。
バルパは驚きながらも、リィへ頭を下げて謝意を示した。
そしてそれに合わせて、ミーナやルル達も頭を垂れる。
その一連の様子を見つめるリィの目には、先ほど消えたはずの炎が再び揺らめいていた。
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