等しく、同じく
ウィリスという少女もまた、自分と同じ悩みを抱えていた。
その事実はヴォーネの心を、ひどく強く揺さぶる。
彼女は目の前にいるヒステリックエルフを、自分では及ばぬ遙か彼方の存在だと思っているし、その気持ちは今でも変わらない。
だが自分の向こう側、目視もできぬような向かい側で、ウィリスもまた同じ気持ちを抱えていたのだ。
彼女もまた、バルパやヴァンス達のような頂に近い場所にいる者達を見て、悩む存在の一つだった。
自分と、なんら変わらぬような。
「折角強くなれるチャンスがあるの。使わなくちゃもったいないって、それくらいの軽い気持ちでいいのよ。あんまり真剣に考えすぎても、きっとよくないし」
ウィリスの金色の髪が、採光窓からこぼれだす月光で白く染まる。
絹織物のように白くなった束が、はらはらとこぼれ落ちてその長い耳にかかった。
ヴォーネはそれを見て、無意識のうちに自分の髪を手櫛で梳く。
サラサラとした髪を通っていく指先が、小さく尖った耳に当たって止まる。
自分はウィリスのことを、物語の主人公のようだと思った。
決して手の届かぬ、高みにいる人間だと。
しかし考えてみれば、物語とはいつも一辺倒で、挫折なく進むわけではない。
本の中にいる主人公や脇役達は時には敗北を喫し、土を舐めても前に進もうとする。
常勝不敗のキャラクターなど、ほとんどいないと言っていい。
物語の主人公だって、必ずしも成功しかしないわけではない。
ヴォーネの中に、こんなフレーズが浮かび上がる。
それはかつて自分が陳腐だと冷めて見ていたはずの、とある娯楽小説の一節だった。
『きっとこの世界の誰もが、主人公なんだ。主役は我々であり、この世に生きる全員は自分を主演にした歌劇を歌い踊っている』
そう、なのだとすれば。
何事も上手く出来ない自分だって、世界に一つしか配役のない、自分という主人公なのだとしたら。
――――やらずに諦めることは、正しい選択なの?
自問自答を繰り返し、脳内が焼き切れそうになる。
考えるのは、何も上手く出来ない自分の要領の悪さ、才能のなさ。
力が欲しい。
そう思ったことがないわけではない。
自分の父や母、親類、村の皆。
自分の手の届く、自分の目で見通せるくらいの世界くらい、この小さな手で守りたい。
そう考えたのは、一度や二度ではない。
ギュッと、手を強く握る。
相変わらず、筋肉のついていない手だ。
ドワーフ特有の、細工を繰り返し何度も手を切ることでできてくる、分厚い手の皮もない。 つるりとしていて風呂に入ればふやけて剥けてしまいそうな、女の子の手のひら。
この手で何かを掴むことができるのだろうか。
私みたいな、へちゃむくれなドワーフにも。
戦うのはあまり、好きではない。
でも好き嫌いができるような時勢でもない。
ヴォーネは地面を見て下を向いていた顔を窓へと向ける。
そこには反射して少し薄くなった、透明なエルフの姿があった。
そしてその手前、灯りに照らされている小さなドワーフの虚像がある。
手のひらをもう一度、強く結ぶ。
先ほど感じていた虚無感は、既に消えていた。
「わかった、私も行く」
「……そう、それならいいのよ」
素直に誘ったり、もっと嬉しがったりしてもいいのに。
そう思ったが、こんなつっけんどんな態度にどこか安堵してしまう自分もいた。
これでこそウィリス、気高き森の精とも呼ばれるエルフだ。
二人はあまり続かない会話を、次の日がやってくるまで続けた。
仲が良いか悪いかと聞かれれば、二人の答えは真逆になるだろう。
だがこれくらいの関係性がちょうどいいと、きっと二人とも思っているのは間違いない。
ヴォーネは次の日、バルパへ頭を下げて同行する旨を告げた。
何も言わずバルパはそれを認め、約束をした場所へと向かう。
待ち合わせ場所には既に、一体の竜が佇んでいた。
皆を乗せても大丈夫なほど巨体な龍に乗って、一行は空を飛ぶ。
向かう先は真竜達の暮らす竜の渓谷。
目的は彼らが扱う、竜の魔法を使えるようになること。
真竜と戦えると喜ぶ者、竜の住む場所へ行けると興奮気味な者、不安でおろおろと視線を動かしている者。
反応は様々だったが、皆どこかで期待をしているのは明らかだった。
竜の渓谷へと向かう皆の瞳には、意思の炎が強く宿っていた――――。




