表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
362/388

このままで

次回更新は10/10になります

 頬を叩かれて、呆けた顔をするヴォーネ。


 口から魂が出て行ってしまったかのように、驚いた表情が固まり、微動だにしていない。

 叩かれた右頬を抑えるでもなく、ウィリスをジッと見つめている。


 張り手をした方はどうかというと、ジンジンと痛む右手を抑えながらキッとヴォーネを睨んでいた。


 相変わらず、気の強そうな態度だ。

 それが表面的な物であることを、ヴォーネは知っている。


 ウィリスはまだ熟し切っていない果実のようなものだ。

 果皮は信じられぬほど硬いが、まだ誰にも踏みにじられていない果実は柔らかく脆い。


「できるかどうかが大事なんじゃない。本当に大切なのは、あんたがどうしたいかでしょうが!」


 どうしたいか、と聞かれればヴォーネの答えは一つだ。


 今のままでいい。


 彼女は既に奴隷から解放されており、抑圧されることも、何かを無理強いされることもなくなった。


 そして無事に故郷まで送ってもらい、両親と再会することもできた。


 これ以上は望むべくもない、望んではいけない。

 それが偽らざる気持ちだった。


 彼女には、ドワーフなら持っていて当然である刻印術の才能もない。

 運動神経が良くないから、近接戦闘に関してもやはり本職には及ばない。


 無論、捧げてきた年月が違うために魔法だってあまり上手くは使えない。


 戦闘に関して、ヴォーネにはどの才能も並み程度だった。


 人間にもエルフにもゴブリンにも、彼女は決して辿り着けない。

 そしてそれを分かっているからこそ、諦めてしまう。


 諦めて、そして納得してしまう。


 ああ、これが自分に相応の立ち位置なのだ。

 自分にしては良くやった。

 これくらいできれば、及第点だろう。


 そんな風に納得することができた。


「私は今のままの生活が続けばそれでいいよ」


「今のままの生活? ハッ、笑わせないでよ。そんなものが続く保証がどこにあるの? 今こうしているうちにも、こちら側に人間達が浸透し始めてるのよ? ただ安穏としてるだけじゃ、今まで通りの生活を維持することなんてできない。私たち今まで散々、見てきたじゃない。それをあんたは、知ってるはずでしょ?」


「……バルパさん達が、なんとかしてくれるよ。私が頑張ったところで、どうなるっていうのよ」


「――――あんたそれ、本気で言ってんの?」


「だってそうじゃない。私が頑張って、それでこの村で一番強くなったとして。バルパさんみたいに強い人達に襲われたら勝てないし」


 それもまた、ヴォーネが旅で知ってきた事実の一側面ではあった。


 この世の中に、強い生き物というのは案外ゴロゴロと転がっている。


 人間然り、亜人然り、魔物然り――道端にある石ころとまでは言えなくとも、とんでもないような強さを持っている者は決して少なくない。


 そういう者達と戦って勝てるだけの強さを、自分が手に入れることはできない。


 魔法や刻印術の指導を受け、実践もこなして得た、ヴォーネの結論がそれだった。


 今から真竜の教えを受けたとしても、自分がどれほど強くなれるか。

 彼らの領域にまで辿り着けるかは怪しいものである。


 世界は、強い者が得をするようにできている。

 しかしながら、中途半端に強い者は大抵の場合損をするようにもできているのだ。


 彼女は自分が損をする側なのではないかと、そう思い込んでいる。

 それは今まで生きてきた価値観が育んできた、彼女の強固な観念。


 つまるところ、中々解けることのない強い思い込みである。


 ただ、あながち思い込みとも言い切れない部分もある。


 ヴォーネはミーナやウィリス達と同じように訓練をした。

 だというのに彼女達と水を開けられてしまっている。


 実際にやってみて、そして差を突きつけられた。

 一対一で戦えば、彼女が勝てるのはまともに訓練をしていないエルルだけ。


 頑張っても結果が出ない。


 誰にでも起こりうるその現象は、一人の少女の心を折るには十分な力を持っている。


 ただ幸か不幸か、ヴォーネは一人ではなかった。

 彼女の隣には、同じように頑張り、そして同じように悩んでいる一人の少女がいたからだ。

「頑張っても追いつけないって、そんなことはわかってる。でもそれってさ、頑張らなくてもいい理由にはならないの。私もそうよ、あんたと……ヴォーネと同じ」


 ドワーフの少女が顔を上げる。


 そこには一人の、悲しそうな顔をするエルフの少女がいた。


 ドワーフとエルフは、仲が悪いというのは有名な話。

 だが少なくともその例は、この二人には当てはまらない。


 ヴォーネはハッとして、ウィリスの端正な顔を眺める。


 俯いていて気付かなかった。

 自分のことに集中していたために、そこまで目が向いていなかった。


 物語の主人公だと思っていた。

 いや、そう思い込んでいた……ウィリスもまた、自分と同じ悩みを抱えているのだ。


 ドクンと強く心臓が脈を打つ。


 今まで使っていなかった、胸の辺りにある何かに熱が籠もるのを、ヴォーネは確かに感じ取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ヴォーネは祖父母だったような
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ