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少女かく語れり

お待たせして申し訳ないです。

次回の更新は、10/3日(土)です。


 ヴォーネは幼い頃から、本を読むことが好きだった。


 いや、正確な言い方をするのなら本を読むしかすることがなかったのだ。


 彼女は昔から、どんくさい娘だった。


 ドワーフの子供達で鬼ごっこをすれば、いつも最後まで鬼のまま。

 かけっこをしてもびりっけつで、運動神経はからきし。


 そのためヴォーネは外で遊ぶのをやめて、部屋の中へ籠もった。

 そんな彼女の友人となり教師となったのが、本だったのだ。


 視線を上げれば、眼下には元気よく駆ける同年代の少年少女が。

 視線を下ろせば、活字の世界にいる英雄達が。


 そんな日々を過ごすうち、ヴォーネは現実も活字も、どちらの世界にも自分の居場所はないのではないのかと思うようになった。


 自分は皆のようには生きていけないし、本の中にいる登場人物達のように何かを為すこともできない。


 彼女はいつしか、自分とその周囲の世界を、俯瞰的に見るようになった。

 そう、それは現実そのものを一冊の本と捉えるかのように。


 別に生に倦んだだとか、何かから逃避するために意識を空中へ飛ばしただとか、そんな大層な話ではない。


 ただヴォーネはなんとなく自分というドワーフが、主役になれない脇役……本の中の登場人物で例えるなら、主人公に踏み台にされる三下ぐらいな存在なのだと思うようになったというだけだ。


 ヴォーネには運動神経がない、頭の良さがない。

 そして立派なドワーフになるために必要な、刻印術の才能がない。


 物体に魔力を使用し刻印を刻むことで、その性質を変えたり強化したりするその技術に関しても、ヴォーネの才能は人並みであった。


 誰かの妻になって子供に教えたりするくらいならば問題はなくとも、鍛冶師になって刻印術一本で食べていけるような才能はない。


 刻印術に限らず、一事が万事そのような状態だった。


 ああ、羨ましい。

 私もこんな風になれたらなぁ。


 いつしか彼女の読書の目的は、英雄達の人生の追体験になっていた。

 彼女が周囲を見る目には、羨望の色が満ちるようになった。

 それは臆病なヴォーネにできる、精一杯の逃避だったのかもしれない。



 そして奴隷の身に落とされ、人生の全てが180度回転しても、それは変わらなかった。


 成人し実家を出て、どこかへ仕事で就かなければいけないという年齢になり、ヴォーネはドワーフ達の住処をあとにした。

 どこへ行って何をしようか――――そんなことを考えているうちにたまたまいた人間達に捕まり奴隷にされてしまった。


 ああ、でもこんなものか。

 所詮私の人生なんて。


 人生を諦め、ビビり散らしながらも諦観に身を委ねようとしていた時、ヴォーネは自分と同じ境遇に陥った二人の少女と出会った。


 そこにいたのはエルフと、奇怪な刺青を全身に入れた少女だった。

 特にヴォーネの目に強く焼き付いたのは、ウィリスを名乗るエルフの少女だった。


 彼女は人間にどれだけ酷い目に遭わされても、決して屈しようとしなかった。

 泣きながら泣いていないと言い張り、痛みに呻きながら痛くないと言い続ける。


 そんなことをする意味がないのに、必要もない意地を張る。


 何の意味があるんだろう、バカだなぁ。


 ヴォーネは内心で、彼女をせせら笑った。

 だが、こうも思った。


 私には出来ないなぁ。


 一度そう思えば、エルフもドワーフも変わらない。


 ウィリスという少女はヴォーネの中で、色あせぬ主人公へと変わった。


 そして少女は、バルパと出会う。


 勇者の後継者となり、勇者の積年のライバルに師事し、本人自体はゴブリン。


 そんな彼の、何よりも誰よりも強い輝きに、ヴォーネは魅了されていた。


 ミーナやルル、ウィリス達が抱く感情ともまた違う。


 そう、それは例えるなら。

 本の中にいる人物が、目の前に現れた時のような。

 そんな気分になったのだ。


 ああ、この人についていきたいと思った。

 助けられたから、ではない。


 その命の輝きが、あまりに眩しかったから。


 無論、ヴォーネの本質は奥手で臆病な少女である。


 そんなことはおくびにも出さなかった。

 彼女はあくまでも旅の同行者、普通の少女として共に同じ道を歩いた。


 しかしその旅も、もうすぐ終わる。


 何故なら自分はもう、両親の元へと辿り着いたから。

 自分の旅の終着点は、この場所なのだから。


 彼女は輝きとはあくまで輝きで、自分とは平行線上で交わらない存在なのだと。


 父と母の腕の温かさを実感し、そう思った。


 自分は痛いのも辛いのも、あまり好きではない。

 ウィリスのように、耐えることもできない。


 自分の分というものを、わきまえよう。


 そう考えたからこそ彼女は、バルパの誘いには乗らなかった。


 自分は脇役だから。

 彼らのような主人公には、なれないとわかっているから。


 そんな、回顧と回想の海に泳ぐ彼女を、現実へ引き戻したのは―――――




「甘えてんじゃ………ないわよっ!!」



 ヴォーネの頬を、今までにないほどの全力で張った、ウィリスの平手だった。


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