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聖天穿つ鉾

 ドワーフ達の暮らす街から見て東に、エスト・エスト・エストは存在している。

 魔物と獣が入り乱れある程度秩序だった生態系を形成していた山のかつての面影は、今はもう既になくなってしまっていた。

 山に生きていた齧歯類は既に死滅し始めており、彼らが捕食していた昆虫達が増殖した。齧歯類を食べて生活していた小型肉食動物は死滅し、それを食らう大型肉食動物達が数を減らしていく。

 昆虫達だけが増殖し、そして彼らは徐々にその肉体に魔力を染み込ませながら徐々に肉体を変質させて始めていた。

 ただの虫が魔物へと変わり始め、そして小型動物達が自らの肉体を壊してしまっていたのは、その霊峰のいただきにいる一体の魔物に原因があった。



「……」


 鳴くこともなく、自らの力を誇示するでもなく、一体の魔物が尖った岩山の上で体を横にしている。

 その肉体から滲み出る余剰魔力が、周囲の魔力濃度を尋常でないものへと変えていく。

 あるものは肉体に魔力を溜め込んで環境へと適応させ始め、またあるものは濃密な魔力にその身体を自己崩壊させていく。そんな様子には頓着せずに、その魔物はただ何をするでもなくその場に佇んでいた。


 純白の身体のサイズは、竜のそれとは思えないほどに小さい。大人二人分程度の体長に、引き締まった成人男性程度の横幅。遠目に見れば豆粒程度にしか見えないその魔物の存在感は、しかしその山の中では圧倒的だった。

 光源がなくともうっすらと光るファイアの入った鱗、うずくまり丸まっているその様子は一流の彫刻家が心血を注ぎ生み出したオブジェかと思うほどに荘厳にして玄妙。

 

「……」


 そこにいる真竜、ヴァルフェルガースは音もなく瞳を開く。

 まぶたの下に隠れていたルチルクォーツの金の瞳が見え、その瞳孔の中にある知性の光が一瞬だけちらと瞬いた。


 自らがとりあえずの居住区としている場所に、侵入者の存在があった。

 魔力感知によると少なくともこの近隣で幾度となく見てきた魔物達とはレベルの違う魔力がある。

 同胞か、と考えすぐにそれを否定する。自らの里で暮らしているにしては全てがお粗末だ、気配も隠さずにやってくるために魔力の波長を読み取るのはひどく容易である。

 ヴァルフェルガースは魔力量の多さから同胞と一瞬でも思ってしまったことを自分で恥じる、知覚できた魔力は真竜のそれと比べればあまりにも荒々しくそして汚ならしい。

 性というもののないそれには、魔力はイメージとして知覚される。

 やってくる魔物の魔力は、まるで研磨することをせずにただただ血を吸わせたノコギリのようなものだった。 

 綺麗でもなければ調和も取れていない、整合や秩序のないそれはそれにとってはまるで耳元でガラス同士を擦れ会わせた時のような不快感を与えるものだった。

 魔力の流れというのは魔物ごと、種族ごとに異なる。 

 これほどに汚くジャギジャギとした魔力の流れを持つものはそう多くはない。

 恐らくは魔物の中でもかなり低級の……


「ほう、思っていたより小さいな」


 目の前に現れたのは、黒い甲冑を身に纏う人型の魔物。

 背丈は人間とそれほど変わらぬ程度、そしてその魔力の流れ。

 ヴァルフェルガースは音もなく加速した、自らの知覚の端で鳴っているノイズを消し、心に平穏を取り戻すために。 


 竜言語魔法による加速を発動させ上空から前足の薙ぎを放つ。

 

「ずいぶんと物騒だな」


 その蹴撃を受け止めたのは黒く大きな、生き物のような大剣だった。

 自分の一撃が止められることは、魔力の流れから相手の動きを読んでいたそれにとっては至極容易だった。ゆえにその本命は次の一撃、近距離からのブレスである。


 コォォォと口腔内に光が満ちてゆき、刹那のうちに質量を纏った一撃としてそれを放つ。

 顕現し、物質化され、魔力により形をとるその光線は、相手の持つ盾とぶつかり合った。

 一瞬にして相手の鎧は融解し、その本来の皮膚の緑が見える。

 自らの目の前に立つ相手はゴブリンであるとわかる。だがもはやそれも意味もないこと、

 この一撃で倒れぬゴブリンなどいない、種族の壁はどこまでも大きい。

 真竜に勝てるのは壁を乗り越えられる極々一部の化け物のみ。ゴブリンという種族にそのような傑物が出てくるとは思えなかったのだ。

 

 鎧が弾け、肉が削げ落とされ、血飛沫が辺りに飛び散っていく。


「俺はやるぞ、だから…………」


 明らかに致死の一撃を食らっている最中であるにもかかわらず、ゴブリンがいきなり喋り出した。

 その対象は盾、その動作を見てヴァルフェルガースは相手の思惑を察する。

 ユニーク武器の進化、なるほど部が悪くとも勝ちの芽の残る一手だ。


 だがそれは知っていた、武器を使うのは武器ではなくその使い手だ。幾ら武装が強くとも本体を潰せばそれで済む。

 対物障壁、対魔障壁を生み出して積層構築の防護障壁を展開させながら、自らの目の前に二十重の魔法陣を展開させる。

 その能力は肉体の加速。

 前足が陣へ触れる、すると目で追うことの難しい速度は目で追うことが不可能な速度へと上昇する。新たな魔法陣を抜ける度に加速度的にスピードを上げる。

 狙いは盾を撃ち抜いて相手を肉塊へと変える必殺の一撃。

 音を置き去りにした一撃がゴブリンの盾へと当たる。

 

 緑と赤の盾が輝きを放つ、進化の兆候だ。盾はブレスを吸収し、それを直接ブレスへと吐き出すことで攻撃の相殺を行っていた。

 だがそれはその攻防を努めて無視し魔物本体へと衝撃を通す。

 しかしその一撃は……ゴブリンの手のひらによって受け止められていた。

 間違いなく死へ至る痛打を放ったはず、そう確信していたヴァルフェルガースの向こうには黄ばんだ歯を見せながら笑う一体の魔物がいる。

 魔物の中で最弱の、取るに足らぬ存在のはず。そう思っているそれの目の前で、ゴブリン……バルパは叫んだ。


「行くぞ、共に‼」


 彼の声に呼応するように、その盾と腰に差した剣が輝き出す。


「纏武、天聖森羅‼」


 そして今度は武器へと答えるように、その肉体が光り始めた。

 二体の魔物は、眩いばかりの光へと包まれていく……。

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