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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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時の流れは残酷で

「……そうか」

 ミルドの街の冒険者ギルド、その二階の奥まった部屋で一人の男が部下からの報告を無表情な顔で聞いていた。彼はローガン、翡翠の迷宮を有しているこのミルド支部のギルドマスターをしている男である。

 彼は淡々とした顔で話に頷きを返す、普段は不真面目で通っている彼が表情を変化させない時点で、その心情は推し量ることが出来る。

 誰の目にもつかぬよう机の下に下げられた手は固く握られ、白く変色している。しかし部下から見える上半身には普段と違いは一切見受けられない。そうやって取り繕うことが、今の彼の精一杯だった。

「それでは」

「ああ」

 壮年の女性がその神経質さを所作の端々から滲ませながら執務室を後にした。音を立てないようにゆっくりと閉じられる。ローガンは自分でも気づかぬうち、手のひらの甲で樫でできた机の裏を叩いていた。

「……ふぅ」

 執務室に静寂がやってくる。そしてそれは、溢された吐息と消え入りそうな声によって破られた。

「バカ野郎……ホントに死ぬ奴があるかよ……」

 ローガンが聞いていた報告は大きく分けて二つあった。良いニュースと悪いニュースが一つずつ、そしてそのどちらもが翡翠の迷宮に関することだ。

 まず良いニュース、それは長年攻略の妨げであり何百人何千人という人間を殺してきたレッドカーディナルドラゴンが討伐されたこと。これは素直に喜ばしいことだ、今はアイアンゴーレムの出る第六階層や上質な糸を吐き出すガルガンティアスパイダーの出る十層がダンジョン産の資源として主に使われているが、探索の結果如何ではよりよい物品が出てくれるかもしれない。現状確認されているのは第二十九階層までであり、第三十階層以降の探索は進められていなかった。それに業を煮やし強引に突破しようとしてか第二十階層にユニークモンスターが出てしまい、そのままズルズルと現在まで来てしまってからどれだけ時間が経ってしまっていることか。第三十階層で確認されている翡翠燐竜はエレメントドラゴンだ。大昔とは違い今は魔法も高威力になっているのだから、以前ほど苦戦することはないだろう。皮算用ではあるものの、まだ描けてもいない絵図を想像したくなるというのも無理のないことだ。

 だが悪いニュースもある。それはダンジョン内でレナ達が主張していた強力な何者かが、衛兵とレナ達を殺しこの街を去ってしまったことである。そして恐らく長い間この街の発展を阻害してきた憎きドラゴンを殺したのもその男だ。

 いきなり迷宮の中に現れた何者かは、彼らは魔物か人かわからないようなことを言っていたらしいが数人の目撃者達によると人間だったらしい。連れまでいたというのだから間違いはない。男は街中で完全に行方を眩まし、そのままどこかへ消えてしまっていた。門番は何をしていると言いたくなったが、側壁を登られて脱出されたのでは仕方のないことでもある。

 ローガンは立ち上がった。後ろを振り帰ると、王都から取り寄せ強引に経費で落としたガラス窓から外の景色が見える。

 街の中心部にあるこのギルドからは、大通りにいる人々の顔を見ることが出来る。行き交う人達の顔は明るい。レッドカーディナルドラゴンの素材が卸されないというのは良いニュースではないが、これから迷宮産業が更に発展していくとわかっているためか、快活な笑みはそこかしこに溢れている。

「…………これからだって言うのによ」

 レナは何よりも貴重な人材だった、そしてイレーヌも替えは利くとは言え得難い奴だったのは間違いない。街がこれから発展するのなら、その恩恵に預かるべきはお前らだというのに……ローガンのは溜め息を吐く。

 彼らには目をかけていた、特別扱いとまでは言わなくともそれに準ずるような程度には気にかけてやっていた。まだ若かったあの二人のひきつったような笑みを見ることはもうないのだと考えると、枯れ木のように乾いているはずの心が更に軋みをあげて潤いを無くしていく。

 いつもこうだ、自分のような老い先短い人間よりも、将来有望で才気に満ち溢れたやつらがどんどんと死んでいく。

 正直追っ手を出して殺人犯を追いたい気持ちもあるが、現在の残存兵力じゃレッドカーディナルドラゴンを殺せるような人間相手に勝利を収めることは難しいと言わざるをえない。頼みの綱の冒険者達は、自分達がまだ見ぬ新たな階層へのロマンと好奇心でそれどころではないだろう。故に自分に出来ることは、各地に男とそれに連れ添う少女の姿格好を通達し、注意喚起をすることくらいなものだ。格好に関しては着替えてしまえばわからないのだからこんなことをしてもほんの気休め程度にしかならないだろう。

 別れというものには未だなれないし、きっと死ぬまでこのなんとも言えない気持ちに慣れることはないのだろう。

「……酒でも飲んで、リフレッシュしないとな」

 ローガンはドンと机に拳を叩きつけたから立ち上がった。

 するとガチャンと音を立てて机の上に置いてあった物体が床に落ちる。先ほどユーミルが報告を行った際に持ってきた、第二十階層に残っていた品である。

 ローガンはそれを拾い上げ、くるくると上下左右から見てみた。

 錆びているその金属の塊からは人が長年なんの手もかけていないということがはっきりとわかる。恐らくは以前ドラゴンに挑戦した人間の持ち物の一つだったのだろう。

 握りがあることから武器であることは察することが出来るが、棍棒やトンファーのように殴打を目的とするには打突の部分が短すぎる。それに刀身にあたる部分には中に空洞があり、まるで中身をくりぬかれてしまっているかのようだ。

「……ったく、こんなモン適当に溶かして売っちまえば良いってのに。……後で鍛冶屋にでも叩き売るか」

 ヘンテコな奇想武器には辟易していたローガンは、それを乱雑に机の一番上の引き出しにしまいこむ。書類だらけの閉鎖空間の中で、その壊れやすそうな武器がカチリと音を立てた。

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