信頼
バルパが説明を受けてから家に帰ると、彼女達は律儀に食事をせずに待っていてくれた。
ドワーフ特有の郷土料理である謎の透明な煮物を食べながら、話をする。
武器を直すためには、自分が戦って勝たなければならないということ。
そしておあつらえむきなことに、今この里の近くには真竜がいること。ドワーフの名匠であるフィルスクが持てる力の全てを使い、それをバックアップしてくれるということ。
無限収納の中身をある程度解明しいけると思った段階で、一人で戦いへ行くということ。
彼が話している間、皆はじっとしてただ静かに相槌を打つだけだった。
「俺は一人で倒しに行く、もちろん万全に準備を整えた上でだ」
「……うん」
「戦わなければいけないのなら、仕方のないことだと思います」
悲しげというよりかは悔しそうな顔をするミーナ、彼女のその表情からはもう何度も行われていた思いやりゆえの保護を嫌がっている様子がありありと見て取れた。
「結局こうなるのよね」
「仕方のないことだと思います、私的には嬉しいのでなんとも言えないのがあれですが」
ウィリスは処置なしとばかりに腕を上げ、小さく首を左右に振った。
彼女の金色の髪が揺れ、家の中に設置されている命の灯に照らされて黄金色に輝く。
ヴォーネはほっと一安心したような顔をしていて、安堵しているのがわかる。
恐らくバルパの見ていないところで、真竜がいるという話を誰かから聞き及んでいたのだろう。
彼ならばきっとやってくれる、そんな安心感があるのがその俯いた顔から読み取れた。
「……」
エルルは黙して語らない。
責めるでもなく、咎めるでもなく、ただありのままを受けいれて肯定も否定もせずにいる。
「何も思うなとは言わん、だがこれから先俺は少し忙しくなる。それだけは理解しておいてくれ」
もう何度も話し合い、鬱憤を聞き、謝りもした。
だがそれでも、強さという絶対的な違いだけが決して変わらぬままバルパと彼女達の間に広がっている。
こればかりは理屈ではない、感情の問題だ。
解決するには彼女達がなんらかのブレイクスルーを経験するか、バルパの強さが上限に達し彼女達がやって来るのを待つ必要がある。
彼に出来るのは、前に進むことだけだ。
きっと彼女達のために立ち止まれば、今以上にその気持ちを煩わせることになるのだから。
「それではな、俺はとりあえず一度フィルスクの所へと行ってくる」
広めに取られているリビングを、バルパはあとにした。
そしてその発言通りに、フィルスクのいる鍛冶屋へと向かった。
「なるほど、まぁやってくれるってんなら否はねぇ。俺も貸せるだけの力を貸そうじゃねぇか」
一度確認を取りに戻り、そして承諾を得てきてくれたことを彼は喜んでくれた。
真竜とは並大抵のことで渡り合えるような存在ではない。
この生物界においては一部の例外を除いてほとんど渡り合うことのできる物のない、存在事態が規格外の怪物なのだから。
真竜とはドラゴンの中で最上位に存在する、文字通り竜種の頂点に存在している魔物である。
討伐クラスは測定不明、従って推奨冒険者ランクなどというものもまた存在しない。
彼らは亜竜、エレメントドラゴン、ネームドドラゴンなどと比べると極端に情報が少ない。生態系も戦い方も生息分布も、そのほとんどが謎に包まれている。
そんなある種のフォークロアの中に出てくるような存在が、突然このシャールの街へと現れたのだ。それも数週間前という、なんともタイムリーな時に。
真竜はこのドワーフ達に直接何かを求めることはなかった。
家畜や資材を奪ったりすることはあっても、家を壊したり街を滅ぼしたりといった壊滅的な被害を与えるようなことはないのだ。
だが人的な被害がなくとも、周囲の森の生き物を根こそぎ狩られたり戯れに物品を奪われたりしてはたまったものではない。
何よりも街の空気に蔓延しているのは目と鼻の先、エスト・エスト・エストと呼ばれている山の頂上に真竜が住んでいるということに対する心理的な圧迫感だった。
ドワーフには信仰の強い者も多い、彼らの中には生け贄を出して許しを乞おうとするものや供物を捧げて請願を行おうとするものもいた。
今はまだそれほどの時間が経過していないがために、実際にそんな行動に出る者はいない。
だが現在大丈夫であったとしても、将来に至るまで問題がないかと問われればそんなことはわからない。
フィルスクにとって、そしてドワーフ達の中でもまともな思考を持つ者達にとって、真竜の存在は悩みの種であった。
それをなんとかできる可能性を持つ存在が現れたのだから、彼としても頼みたいという気持ちもある。
ただその者は、同胞たるドワーフの許嫁なのである。故に彼の気持ちがないがしろにされるようなことがあってはならない。
だからこそ彼はこう問うた。
「それでいいのか? お前と……その連れ達は」
フィルスクの疑念を聞き、バルパはフッと小さく笑う。
「そんなにヤワではないさ。俺も……あいつらもな」
彼は知っているのだ。
自分と一緒に濃密な時間を過ごしてきた彼女達が、簡単に折れぬだけの心の強さを持ち合わせていることを。
だからこそ……と無限収納を机の上に置き、魔法の品を出す。
「やるぞ、もたもたしている暇はないからな」
二人は互いの目的は違えど、その標的は同じである。
彼らは真竜を倒すために、無限収納の中身をありったけ調べていくことにした。




